安住桜 3-5
倉田が姿を現したのは昼近くになってからだった。
「何か飲み物でももらえないか?」
そう言ってソファに座る倉田の顔はいつもよりも疲れているように見えた。タフで疲れた顔など滅多に見せない倉田には珍しいことだ。
「烏龍茶でいいですか?」
「うん、ビールが一番いいんだが、さすがにこれから捜査会議があるんでな」
浅川はキッチンから烏龍茶のペットボトルとコップを持ってくると、テーブルの上に置いた。倉田は自分でコップに烏龍茶を注ぐと一息に飲み干した。
「まったくまいったよ……当分の間、焼肉は食えねえな。おまえも、今回は第一発見者にならなくて良かったな」
「そんなに酷かったんですか?」
「ああ……ほとんど真っ黒焦げだ。腕が一本綺麗に残っていたのが奇跡だな。おそらく運んでる途中で落としたことに気づかなかったんだろう」
そう言って倉田は顔をしかめた。
「その後わかったことはないんですか?」
「ああ」
倉田は仏頂面のまま答えた。「未だに門脇妙子と藤枝美月との繋がりもわからんままさ」
浅川は杉浦と会ったことを倉田に話すつもりはなかった。おそらく浅川が杉浦に会ったことを知れば、倉田は今後警察の情報をまともに流してくれなくなるかもしれない。それに、まだそれが事件の核心である確証はどこにもない。
「被害者の二人って身体的にずいぶん似ていると思いませんか?」
「身体的?」
倉田はお代りをコップに注ぎならが聞き返した。
「ええ、年齢はもちろん、身長や血液型まで似ていると思いませんか?」
浅川の言葉に倉田も手帳を取り出して、そこに書かれている被害者の特徴をじっと見つめる。
「だが、同じような体型の女性は他にも山ほどいるだろ」
「これが今、行方不明になっている女性です」
浅川は今朝、安住早苗が置いていった写真と、安住桜の身体の特徴を書いたメモを差し出した。
「似てると思いませんか?」
「……確かに、どっちかというと藤枝美月のほうに似ている感じがするな。だが、身体的な特徴が似ているとして、それがどんな意味になるんだ?」
「わかりません」
浅川はあっさりと答えた。
「おい、それじゃ意味ないだろ」
「ですが、その安住桜が3人目の被害者である可能性はあると言えると思います」
「うーん……」
倉田は腕を組んで唸った。「それにしてもこの女性は? おまえ、今度は人捜しのバイトでも始めたのか?」
「その安住桜の妹が僕の教え子なんですよ」
「へえ、それでおまえを頼ってきたのか? ずいぶん生徒に慕われていたんじゃないか」
「違いますよ。僕と倉田さんが会ってるところを見て、警察に調べてくれるよう頼んでくれって言ってきたんですよ」
「なるほどな」
「調べてみてもらえませんか?」
「わかった。あとでアパートのほうに行ってみよう」
そう言うと倉田は立ち上がった。
「もう行くんですか?」
「言ったろ。捜査会議があるんだよ。門脇妙子が殺され、藤枝美月が死体で見つかった今、マスコミが大騒ぎを始めるのはわかりきってるからな。こんな事件になるとマスコミはやけに喜びやがる」
「え? もう鑑定の結果は出たんですか? 死体は藤枝美月だったんですか?」
「見つかった左腕の手首のところに切り傷があったんだ。藤枝美月は中学の時に一度自殺未遂を起こしているらしいな」
「そのことなら僕も知ってましたよ」
「何ぃ? だったらなぜ早くそれを言わないんだ?」
むっとしたように倉田が声をあげた。
「僕が言わなくても知っていると思ってましたから」
浅川は首を竦めた。「一応、世間的には事故ということにしていたみたいですが、その傷が原因で左腕はあまり自由には動かなかったみたいですね」
「それにしてもおまえ、誰からその話を?」
まるで咎めるような視線を浅川に向ける。
「藤枝美月本人からですよ。バカなことをしたと悔やんでいましたよ」
「そんな告白までされるなんて、ずいぶん慕われていたんだな」
「ただの気まぐれでしょう。秘密にしていると、誰かに話したくなるものですよ」
「そんなものかね」
「それにしても皮肉なものですね。その傷が彼女である証拠になるなんて」
「若いときはむやみに死にたがる。一過性の病気みたいなもんなんだろうな」
倉田は吐き捨てるように言った。
「倉田さんにもそんな時期が?」
「まさか、俺のモットーは『死んで花見が咲くものか』だからな」
「倉田さんらしいですね」
「鑑定も急いでいるが、おそらくあれは藤枝美月のものに間違いないだろう」
そう言って倉田は背を向けた。




