ラストスパート
「ダメだ、無理するな! 棄権しよう!」
「嫌だ……! ここまで来て棄権なんて絶対嫌だ!」
悔しそうに唇を噛みしめるコールドンの強い瞳を見て、俺は腹をくくった。
「わかった! じゃあ俺にしっかり掴まって、全体重を預けろ! 絶対に手を離すなよ!」
「え……? う、うん!」
コールドンが俺の首にギュッと腕をまわした瞬間、俺は残された全身の力を足に込め、猛然と地面を蹴り飛ばした。一人分の体重を抱えながらも、バネのような脚力で次々と前の走者を抜き去っていく。そして目の前に現れたのは、コースを塞ぐ巨大な水たまりの泥ゾーンだった。
「うおおおぉぉぉーーーっ!!」
俺は水たまりの手前で限界まで加速すると、地面が割れんばかりの力で踏み切った。
ふわり――。 身体が宙に浮き上がり、風を切る。俺たちは二人分の重さを感じさせない圧倒的な放物線を描き、巨大な水たまりを丸ごと飛び越えて、向こう岸の乾いたトラックへザザーッと力強く着地した。
「走り幅跳び、大・成・功――っ!」
「……っ!?」
「このまま一気にゴールまで突っ走るぞーっ!」
呆然とする観客席。トラックを走る生徒たちも思わず足を止めて目を奪われた。
「すごいな……! いま、二人で10メートル近く飛んだんじゃないか!?」
感心して見上げるダニエルに、ダヴェンポートが低い声で突っ込む。
「人のジャンプに見とれている場合か。おい、もうすぐ水たまりだぞ」
「やれやれ……靴と服が濡れてしまうではないか……」
「まったく、文句が多いのはお互い様だな!」
――そして。
「いっけえぇぇーーっ!!」
俺たちは最後の力を振り絞り、一番にゴールテープへと飛び込んだ。
『ゴールインーーーっ!! 1着は奇跡の超大ジャンプを見せました、コールポート&コールドンペア!! 2着はスウォンジー&グラモーガンペアです!!』
放送席からコーリー先生とニューホール先生の興奮冷めやらぬ叫び声が響き渡る。
ゴールラインを越えると同時に、俺はすぐに足の紐をほどき、立ち上がれないコールドンをサッと背中に背負い上げた。
「ちょっ、コールポート!? 自分で歩けるから降ろしてよ……!」
顔を真っ赤にして暴れるコールドンを無視して、俺は救護テントへ向かって全力で走った。
「ボウ先生! コールドンの足を見てやってください!」
「おお、どうした!?」
駆け寄ってきたボウ先生が、コールドンをベンチに座らせて手早く足首を診察する。赤く腫れ上がった足首を優しく触り、いくつかの角度に曲げた後、先生はホッとしたように息を吐いた。
「ふむ……骨にヒビは入っていないようだね。激しく捻挫して腫れているだけだから、しっかり冷やして安静にしていれば大丈夫だ」
「よかったぁ……!」
俺は膝から崩れ落ちるようにその場にへたり込んだ。 コールドンは冷たい桶の水に足を浸し、ふぅっと息をついた。冷気のおかげで痛みが和らいでいくにつれ、足の赤みも徐々に引いていく。
気が抜けたのと、全力を出し切った疲労から、俺はいつの間にか救護テントの横の芝生でぐっすり眠り込んでしまっていたらしい。
「――ポート。……コールポート、お昼ご飯だよ」
誰かが優しく呼ぶ声と、香ばしいパンの匂いでパチッと目が覚めた。
「ん……? お昼ご飯……?」
「あ、やっと起きた」
目の前でコールドンが可笑しそうに笑っていた。見回すと、そこにはローズ寮の仲間たちが勢揃いしていた。
「コールポートさん、サンドイッチを持って来たので、一緒に食べませんか?」
シェリーが大きなピクニックバスケットを抱えて微笑んでいる。
「うわあ、ありがとうシェリー! 腹減って死にそうだったんだ!」
俺は飛び起きて、手渡された厚切りハムのサンドイッチを受け取った。
「ふふ、君が寝ている間、みんなで『コールポートのあのジャンプは凄かった』って口々に褒めてたんだよ? なのに本人は爆睡だなんて」
「えっ!? マジで!? じゃあもう一回褒めてくれよ!」
「絶対、嫌だね」
コールドンが横を向くと、みんなからドッと温かい笑いが起こった。
みんなで賑やかにサンドイッチを頬張っていると、向こうからスウォンジーが歩み寄ってきた。
「コールドン、足の調子はどうだ?」
「うん、もうすっかり大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「そうか、よかった。……それにしてもコールポート、さっきの二人三脚での跳躍、本当に凄かったな。完敗だ!」
「へへ……スウォンジーたちもめちゃくちゃ速くて焦ったぜ」
スウォンジーは眩しそうに俺を見つめ、静かに口を開いた。
「俺たちは昔からの縁があるし……お前となら、何か大きなことができるような気がするんだ。なあコールポート、これからは寮の垣根を超えて、もっと協力し合わないか?」
「え……?」
コールドンたちがハッと息を呑み、俺の顔を見つめた。俺は手に持っていたサンドイッチを置き、真っ直ぐにスウォンジーの目を見返した。
「スウォンジー、ありがとう。……実は俺、閉業してしまった俺たちの窯を全部復活させるのが目標なんだ。ローズ寮とリーキ寮だけじゃなくて、シスル寮もシャムロック寮も……一丸となって何かできないかなって」
「……俺たちの窯を、一丸となって復活させる、か。ハハッ、相変わらずでかい夢を語るな」
スウォンジーは一瞬呆れたように天を仰いだが、すぐに力強い笑みを浮かべて俺の手を握った。
「……そうだな。難しいだろうけど……やってみる価値はありそうだ!」
にぎやかなランチタイムが終わり、全校生徒が再び中央広場に集まった。 特設ステージの上には、コーリー校長とニューホール先生がマイクを手に立っている。
『それでは、第一回スポーツ・デイの最終結果を発表いたします!団体総合優勝は、イングリッシュ・ローズ寮!』
わあっと歓声が上がり、他寮からも拍手が起こった。
『個人総合優勝は――ウェルシュ・リーキ寮のスウォンジー!』
大歓声を受けて、スウォンジーが堂々と手を挙げる。
『仮装障害物競走における特別審査員賞は……ローズ寮、コールドン!』
アナウンスを受けて、コーリー校長がマイクを引き継いだ。
「おめでとう、ローズ寮のみんな!スウォンジー!そしてコールドン、見事に『アリス』の愛らしい衣装を着こなしておったぞ!さて、結果の如何に関わらず、全ての競技において皆が大健闘を見せてくれた。わしは今日、ここにいる全員を心から誇りに思う!」
校庭全体を揺るがすような拍手と喝采が湧き起こった。仲間たちから肩を叩かれ、コールドンだけが「うぐぐ……」と顔を赤くして苦笑いを浮かべていた。




