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フェアリー・ヴェール 〜地下で歌う青年と青年将校の物語〜  作者: 橘 いゆ璃


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8/9

8 救われたって思ってる

※ 多様性がまだまだな感じの時代設定です。


今日は休日だが、待機の日。

緊急収集があった場合に連絡が取れる範囲にいなければならない。


連絡のつく行き先であれば、実家だとか恋人の家に行く隊員もいる。


だがアンデの場合、ヴァイラの電話番号を知らせるわけにはいかなかった。


駆け出しとはいえアーティストと一般人が会うのは、周囲からすれば不自然。


同性の関係というのは文化的にも秘密裏に行われてきたことで、もし露呈すれば後ろ指を指されるのが世の常。

特に軍では禁止というのが暗黙のルールである。

発覚すれば、規律の乱れを理由に除隊処分にもなり得ることだ。


アンデは今のところ、他人のそういった状況に出会ったことはない。

自分がそうなってしまったことを後悔してはいないが、一方でヴァイラとの関係を考えあぐねていた。



どうしようもなく、惹かれている。


妖精の輝きをときどき見守るくらいで、と思っていたはずが、自分の元で大事に見守りたい、といつの間にか思うようになってしまっている。


その度に、ヴァイラは一人で立つれっきとしたアーティストだ、と思い直すのだが。


ヴァイラに甘えられると、庇護したい思いに強く駆られる。


俺がいないとこいつは枯れてしまう、と錯覚してしまうのだ。


ただ、軍を辞める心づもりはない、少なくとも今すぐは。

軍職は自分に合っていると思っているし、安定して働けるというのは何よりも大事だ。

帰りを待つ者もいないから、仮に有事で散っても国のためになりこそすれ、困る者はいない。


ヴァイラだって遊びの延長くらいだろう。

他にも出入りしている男がいそうだし、自分は会える時間が限られているし、それは踏み込むべきところではない。


それでも、ヴァイラが頼ってくれる気持ちは本物だと思っている。

頼ってくれたときには、本気で応えればいい。


割り切りを胸に、待機中のアンデは軍の施設でトレーニングを開始した。



最近、ヴァイラのライブには後輩ミルジェがついてくる。

ついてくるというより、アンデが足を運べばミルジェがもう客席にいる。

アンデはそっとカウンター席から観ているのだが、何分大柄で目立つので、すぐミルジェに気づかれてしまうのだ。


何も知らないミルジェは、ライブが終わると一緒に帰りましょうとアンデのところにやってくる。


途中まで送るにしても、ヴァイラを待たせておくと多分、面白くないだろう。


いろいろ考えて、一人で行動したいときに最適の言い訳を思いついた。


「寄るところがあるから、先帰れ」

「あ……そういうことっすか、じゃあ、お先です」


男所帯の暗黙の了解。

夜の店に行くという意味合いである。

しかも、これでアンデがストレートだと思われることになるから、好都合。

あっさり引いてくれたミルジェを出口まで送り、カウンターに戻ってヴァイラを待った。


「あの子、通ってくれてるね」


ヴァイラも、何度かライブ後にミルジェと話している。


「食堂で会ったらおまえの話で持ちきりだ」

「そりゃあありがたいや。でも今日は早く帰ってくれたんだね」

「寄るところがあると言えば察するもんだ」

「なに?寄るところって」

「そういう店だよ、男が行く」


ヴァイラは、面白くなさそうな顔をする。


「……軍って、男同士はダメって言ってたよね」

「そうだ」

「でも絶対ほかにもいると思うんだよ。そういう声が上げれるようになったらいいのに」

「何言ってんだ。そいつに好かれてるかもしれないなんて心配することになったら、最悪任務に差し支える可能性があるだろ。

芸能界だってそうだろ、スキャンダル一つで表に出てこれなくなる。おまえもその点慎重にしろよ」

「それを変えるのがアーティストじゃん。

世間の常識を壊していくのにうってつけの仕事だ。地下ではもうだいぶ許容されてるよ」

「おまえ、表明してるのか」

「周囲にはね」

「ヴァイラ」


思わず、強い口調になった。

ヴァイラが地下の範囲であっても表明しているとなると、自分もその相手だと認識される可能性が出てきて。

どこからか軍の知るところとなる、それはアンデの身分を脅かすこと。


「誰かに、俺が軍人でおまえの相手だって言ったか」

「直接は言ってないけど……怒ってるの?」

「軍に知れたらクビになるかもしれないんだ。少なくとも軍の関係者とは言わないでおいてくれ」

「そっか。でももしそうなったら、堂々と関係表に出せるじゃん。おれのボディガードになってよ、それで生活は保証するから、おれ、それまでにビッグに――」

「ヴァイラ」


アンデの凄みに、ヴァイラが言葉を切る。


「おまえ、もしおまえが夢破れたとき、俺が養うから気にするなって言ったら、おまえは納得するのか」


ヴァイラが、はっとしたように胸に手を当てる。


「……そっか。ごめん」

「分かってくれたなら、いい」


そうなったら仕事を変えればいいというものではない。

アンデは軍職に誇りを持ってやってきたし、ヴァイラだってもちろんそう。

どちらかが相手を養えば済む話ではない。


「……もし、おれがビッグになっても。多分そういうとこ貫くから、アンデってかっこいいんだよね」

「……そう思ってくれるなら、光栄だ」

「でもボディガードで雇いたいのは本音。ずっと一緒にいれるし、ごはんも作ってもらえるし、もちろん給料はずむよ」

「ありがたいが、引退後の話だな」

「アンデの席、空けとくから」

「その前に、名を上げることを考えろ」

「それがさ」


ヴァイラの声が、急に明るくなった。


「おれ、先輩バンドの前座で国内ツアー回ることになった」


音楽界の事情に疎いアンデでも、それが今までより重要な仕事であることは分かる。


「ツアー……出世だな」

「そうなの!声かかって。ツアーなんて初めて!やばいよおれ」

「ならちゃんと体力つけろ」

「……だよね」

「ちゃんと食って、ちゃんと寝ろ。

仕事をするには体が資本だぞ」

「今日のごはん何?」

「……おまえは」


アンデは、笑いを堪えきれない。


✶⋆∘༓∘⋆✶


「アンデはさ」

「ん」

「なんで、軍隊に入ったの」


アンデの腕を枕にしたヴァイラが、尋ねる。


「……カネだ」

「うそ」

「嘘じゃない」

「カネ使わないじゃん」

「食いっぱぐれないってことだ」

「おれ無理だなぁ」

「だろうな」

「ひど」


おどけたように笑うヴァイラの髪に、キスを落とす。


「……俺はデカくて頑丈なのが取り柄だし、身寄りもいない。

万が一があっても生活は死ぬまで保証してもらえるからな」


背中を預ける同僚たちには、軽く話したこともあること。

軍にはそういった、普通の家庭で育っていない者も案外いるものだ。


「アンデは……一人だったの」

「俺は施設で育ってる。別に珍しいことじゃない」

「そっか」


ヴァイラが、きゅっと抱きついてくる。

その細い肩を、そっと抱き寄せた。


「おればっかり、孤独だって思ってた。

でもアンデに比べたら、全然」

「おまえ、家族は」

「地元にいるよ。スターになるってイキってこっちに出てきたけどさ。

めっちゃ反対されて、ほぼ家出。

都会に来たはいいけど、ずっとうまく行かなくてさ。

……でも、全部自分のせいだよな」


「それだって、別に珍しくないだろ。

現に今、認められてきてる」

「うん。でもそれまで、ほんとにやさぐれてた。

……なんか、アンデがいなかったら、おれもっと落ちぶれてた気がするんだよね」

「そこまで卑下するな。

俺と会ったときにはもう、俺の同僚が知ってるくらいには実を結んでただろ」


「ううん。

……正直、あの頃、限界感じつつあったんだ。


次のレコード出せる資金も厳しくてさ。

実入りも少なくて、生活もギリギリで。


……いっそパトロン作って体売ろうかなって思ってた頃。そういう誘いもあったし。


あの日さ。

アンデが初めて来てくれたとき。

あのとき、朝ごはん作ってくれたじゃん。


あれがなかったら、おれ。


多分、自分を売ってたと思う。


今みたいなチャンスも、舞い込んでこなかったと思う。


でも……

アンデに比べたら、全然大した悩みじゃないんだよな。

自分ばっかり苦しいって、おれだけチャンスが来ないって思ってた。

けどそうじゃない、ただのおれの甘えなんだなって。


おれ、アンデに、救われたって思ってるよ」


ヴァイラの、心の内の告白。

聞けたことが嬉しくて、二度三度と髪や額に口づけた。


そんなことを言われたら、また守りたくなる。

この腕に閉じ込めて。


「おれ、重い?」

「軽い」

「体重じゃないよ」

「分かってる。全然、軽い」

「……まあ、軍人にとっちゃ軽いか」

「重い軽いじゃない。

……おまえの話が聞けて、嬉しかった」

「え、ちょ……そう来る」


アンデは少し間を置いて――


「俺は、いつからか、感情があまりないように思ってた。

仕事にも好都合だったし、困ってるわけじゃなかった、ただどこか機械のように動いてる人生だって感じてた。

でも、おまえの声はそこを超えてきた。

感動って感覚を、多分人生初めてくらいに知った」


「たしかに。表情動かなかったよね」


「――おまえに会えて、よかったと思ってる」


「もー、アンデ。嬉しい」


ヴァイラが顔を起こして、アンデにキスを繰り返す。


「もう一回、やろ」

「大丈夫か、ライブの後なのに」

「余裕でいける」



ヴァイラを下にして、深く口付け、再び体を重ねる。

感じてくれているヴァイラは、ステージとはまた違った美しさがあって。

またも妖精の魔法に、囚われているかのよう。


「――ほんとだよ、アンデにボディガードになってほしいって」


事後のまどろみの中、ヴァイラがかすれた声で呟いた。


「万が一のとき、行ってほしくないもん。

もしそんなことになったら……絶対生きた心地しない。

国よりおれのこと守ってほしいよ」


「そういうことになる前に、ビッグになるんだな。

俺は高いぞ」


冗談めかして、ヴァイラに返す。


「なってやる。アンデを買えるくらい」

「はは」


アンデに抱きついたまま、ヴァイラがふと、言葉をこぼした。


「――アンデ、万が一のとき考えたら、怖くならない」


それは多分、隊員が皆密かに思うこと。

様々な想定訓練をして、様々な経験談を聞いてきて。


「そのときにならなきゃ、分からん」


それなりにきつい現場を体験したことも、ある。

幸い今までは、記憶に苦しめられたことはなかった。


死ぬことは正直、そんなに恐れたことがない。

ただ、


「人を殺した後に生き続ける人生は、怖いかもしれんな」


「万が一そうなったら――おれが引き上げる」


「そうか。

おまえの声なら、なんとかなるかもしれん」

「ていうか、そんな事態望んでないよ」

「人間の運命なんて、簡単に翻弄される」

「なら、いい方にも転ぶってことじゃん」


ヴァイラの微笑みは、どこか不敵だった。




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