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実力S級の俺、配信切り忘れで「虚無顔でボスを瞬殺する姿」が全国放送されてた件。今さら「ただの荷物持ち」とは言えない 〜定時で帰りたいので、追放してくれてありがとう〜  作者: U3
第2章:七重奏のヒロイン・カオス編

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第23話 コンビニの守護天使

 月曜日の夜。

 しずかへのカレー振る舞いから一夜明け、仕事を終えてアパート『ひまわり荘』の前まで戻ってきた俺、鈴木悠作は、深いため息をついた。


 精神的な疲れがどっと出ている。

 早く部屋に入って、ポチの顔を見て癒やされたい。そして泥のように眠りたい。

 だが、俺の安息の地は、またしても占拠されていた。


「あ! 帰ってきた! 師匠〜!」


 アパートの階段に座り込んでいた派手な影が、バネのように飛び起きて駆け寄ってくる。

 ギャル探索者、山本ゆき子だ。

 露出度の高いストリートファッションに、ジャラジャラとしたアクセサリー。

 夜の住宅街にはあまりに不釣り合いな極彩色だ。


「……ゆき子か。何してるんだ、こんなところで」

「何してるじゃないっしょ! 待ち伏せだよ、待ち伏せ!」


 ゆき子は頬を膨らませ、俺の腕に抱きついた。


「昨日はしずかパイセンに先越されたし、その前はメガネちゃんが張り付いてたし! アタシのターンが全然ないじゃん!」

「ターン制だったのか……」

「そうだよ! だから今日はアタシの番! これから夜のデート行くよ! 拒否権ナシ!」


 ゆき子が強引に俺の腕を引く。

 その力はB級探索者らしく、万力のように強い。


「おい待て、俺は疲れてるんだ。明日にしてくれ」

「ダメ! 今日のモヤモヤは今日のうちに晴らすの! ほら行くよ!」

「……ポチの飯はどうするんだ」

「あー、それなら大丈夫。さっきすずパイセンが食材持ってきてたから、『師匠はアタシが連れ出すんで、ポチの世話よろしくっす!』って頼んどいた!」


 いつの間にそんな連携が取れているんだ。

 俺は抵抗を試みたが、ゆき子の熱量に押し切られ、夜の街へと連れ出されることになった。


 連れてこられたのは、隣町の繁華街だった。

 ネオンサインが煌めき、若者たちが溢れる夜の街。

 普段の俺なら絶対に近づかないエリアだ。


「いぇーい! テンション上げてこー!」

「……帰りたい」

「ダメだってば! ほら、まずはあそこ!」


 ゆき子に引きずり込まれたのは、爆音が鳴り響くゲームセンターだった。

 UFOキャッチャー、格闘ゲーム、レースゲーム。

 極彩色と電子音の洪水に、俺はめまいを覚える。


「師匠、これやろ! ダンスゲー!」


 彼女が選んだのは、画面の指示に合わせてステップを踏むリズムゲームだ。

 ゆき子は上着を脱ぎ捨て、本気モードのタンクトップ姿になった。

 コインを投入する。


「見ててよ師匠! アタシのグルーヴ!」


 曲が始まる。

 アップテンポなユーロビート。

 ゆき子の足が動く。

 タタッ、タタンッ、ターン!

 画面の矢印など見ていないかのように、彼女は自由奔放に、しかし正確にパネルを踏み抜いていく。

 その動きは、ゲームというよりは舞踏だった。

 長い手足がしなり、カーリーヘアが踊る。

 周囲の客たちが足を止め、歓声を上げ始める。


「すごい……」

「プロか?」

「あの動き、探索者の足捌きじゃね?」


 ギャラリーが集まってくる。

 ゆき子は注目を浴びてさらに輝きを増し、最後は華麗なスピンを決めてフィニッシュした。

 画面には『PERFECT』の文字。


「どや! 師匠、どうよ!」

「……ああ。悪くない」


 俺は素直に認めた。

 彼女の動きには、無駄がない。

 一見派手に見えるが、重心は常に安定しており、次の動作への予備動作が極限まで省略されている。

 あれが、彼女の言う「リズム」の本質なのだろう。


「へへっ、師匠に褒められた! 今日はこれだけでご飯三杯いけるわー!」


 ゆき子は汗を拭いながら、満面の笑みを見せた。


「次はあれ! プリクラ撮ろ!」

「……それは勘弁してくれ」

「ダメ! 証拠残さないと!」


 結局、狭いボックスに押し込まれ、謎のポーズを取らされ、目が異様に大きく加工されたシールを撮る羽目になった。

 その後も、クレープを食べさせられたり、服屋に連れ回されたりと、俺は完全に彼女のペースに巻き込まれた。


 日付が変わる頃。

 俺たちは少し離れた公園のベンチに座っていた。

 遊び疲れたゆき子は、缶チューハイを片手に、夜空を見上げている。


「……あー、楽しかった」

「俺は疲れたよ」

「またまたー。師匠も結構ノリノリだったじゃん。クレープ食べる時、鼻にクリームつけてたし」

「うるさい」


 俺は缶コーヒーを啜った。

 確かに、悪くない時間だった。

 ダンジョンでの緊張感も、借金のプレッシャーも、彼女の底抜けの明るさが吹き飛ばしてくれた気がする。


「ねえ師匠」


 ゆき子が少し真面目な声で言った。


「アタシさ、探索者やってるけど、本当はダンスだけで食っていきたかったんだよね」

「……そうなのか?」

「うん。でも、才能ないって言われてさ。悔しくて、見返してやりたくて……気づいたらダンジョンでモンスター相手に踊ってた」


 彼女は自嘲気味に笑う。


「邪道だって言われるよ。チャラチャラしてるって。……でも、アタシはこれが一番しっくりくるの。リズムに乗ってると、無敵になれる気がするから」

「……いいんじゃないか」


 俺は言った。


「戦い方に正解なんてない。生き残った奴が強いんだ。お前の動きは、理に適ってるよ」

「……!」


 ゆき子が目を見開く。


「重心移動も、脱力も、俺が見てきた中じゃ上位に入る。……自信持っていいレベルだ」

「……師匠」


 彼女の目が潤む。

 そして、ガバッと俺に抱きついてきた。


「うわぁぁぁん! 師匠大好きー! 一生ついてくー!」

「おい、酒臭い! 離れろ!」

「やだ! 今日は帰りたくない! 師匠ん家泊まる!」

「却下だ。ポチが待ってる」


 俺は泥酔しかけたゆき子を引き剥がし、タクシーを拾って彼女を押し込んだ。


「じゃあな。また明日」

「むぅ……絶対またデートしてよね! 約束だよ!」


 タクシーが走り去る。

 俺は静かになった夜道を、一人歩き出した。

 疲れたが、心地よい疲れだ。

 だが、俺はこの時、自分の身に迫る「本物の危機」に気づいていなかった。


★★★★★★★★★★★


 深夜2時。

 悠作が帰宅し、部屋の明かりが消えてから数十分後。

 『ひまわり荘』の周辺は、異様な殺気に包まれていた。


「……ここか。ターゲットの住処は」

「ああ。情報の通りだ。警備はザルだな」


 闇に紛れて現れたのは、全身黒ずくめの男たち。

 その数、およそ20人。

 彼らは海外の犯罪組織『ブラック・ハウンド』の構成員だ。

 ネットで話題になった「S級の実力を持つF級探索者」である悠作を拉致し、自国の兵器として洗脳・利用するために送り込まれたプロフェッショナル集団である。


「カイトとかいう馬鹿が騒ぎを起こしてくれたおかげで、住所の特定は容易だったな」

「中には女や魔獣もいるようだが、構わん。全員処理しろ。ターゲットは鈴木悠作のみだ」


 リーダー格の男がハンドサインを送る。

 音もなく散開し、アパートを包囲していく男たち。

 手には消音器付きの銃器や、麻痺ガス弾が握られている。

 彼らは熟練の手際で、外階段や排水管を登り始めた。


 悠作は気づいていない。

 先ほどまでのデートと、日頃の激務で熟睡している。

 絶体絶命の危機。


 ――しかし。


 彼らは知らなかった。

 このアパートが、ある一人の「守護天使」の監視下にあることを。


★★★★★★★★★★★


 アパートから1キロメートル離れた、高層マンションの屋上。

 夜風が冷たく吹き抜ける中、スコープ越しの赤い瞳が光った。


「……害虫が、湧いていますね」


 山口純子は、愛用の対物魔導ライフル『ブラック・ウィドウ』を構え、冷徹に呟いた。

 彼女は今夜、シフトが入っていない。

 悠作の動画が拡散されて以来、彼の身辺に危険が及ぶことを予期し、こうして毎晩のように自主的な警備を行っていたのだ。


「武装した集団……20名。殺気からしてプロですね。カイトたちのような雑魚とは違います」


 純子の指が、トリガーにかかる。

 彼女の脳内で、風速、湿度、重力、そして標的の動きが瞬時に計算される。


「でも、関係ありません。悠作さんの安眠を妨げる者は、すべて駆除対象です」


 ヒュッ。


 サイレンサーによって抑制された、わずかな破裂音。

 次の瞬間、アパートの屋根に足をかけた男の肩が弾け飛んだ。


「グッ……!?」


 男が声もなく落下する。

 仲間たちが異変に気づく前に、第二射、第三射が放たれる。


 ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ。


 正確無比。神業としか言いようのない狙撃。

 純子の弾丸は、殺さない程度に、しかし二度と戦闘不能になる箇所をピンポイントで貫いていく。


「な、なんだ!? どこから撃ってきやがる!」

「スナイパーだ! 遮蔽物を探せ!」


 『ブラック・ハウンド』の構成員たちがパニックに陥る。


 彼らはプロだ。だが、1キロ先から暗視スコープなしで正確に急所を狙ってくるスナイパーの存在など、想定外だった。


「ひ、退却だ! 状況が不利すぎる!」


 リーダーが叫ぶ。

 だが、純子は逃がさない。


「逃がしませんよ。……悠作さんの情報を持ち帰られては困りますから」


 彼女は弾倉を交換した。

 装填するのは、特殊弾頭『メモリー・イレイザー』。

 物理的なダメージと共に、直近数時間の記憶を混濁させる魔導弾だ。


 パンッ!


 リーダーの足元に着弾し、魔法陣が展開される。

 紫色の煙が立ち上り、男たちの意識を刈り取っていく。


「……さようなら、害虫さんたち」


 数分後。

 アパートの周囲には、気絶した黒服の男たちが転がっているだけだった。

 翌朝、彼らは「なぜここにいるのか」も思い出せないまま、警察に確保されることになるだろう。


 純子はスコープから目を離し、ふぅと息を吐いた。

 冷徹なスナイパーの顔が、恋する乙女の顔に戻る。


「悠作さんの寝顔……今日も素敵でした♡」


 彼女はスコープ越しに、窓の隙間から見える悠作の寝顔を確認し、満足げに微笑んだ。


「悠作さんの邪魔をする害虫は、すべて私が駆除しますからね。……安心して眠ってください」


 彼女はライフルをケースにしまい、闇に溶けるように姿を消した。

 誰にも知られることのない、孤独な守護天使の仕事だった。


★★★★★★★★★★★


 翌朝、火曜日。

 悠作はいつものように、重たい体を起こして出勤の準備をした。


「……ん? なんか外が騒がしいな」


 ゴミ出しのために外に出ると、パトカーが数台止まっていた。

 近所のおばちゃんたちが噂話をしている。


「集団で酔っ払って寝てたらしいわよ」

「物騒ねぇ」


「……東京も治安が悪くなったもんだな」


 悠作はあくびをしながら、他人事のように通り過ぎた。

 自分の命が昨晩救われたことなど、知る由もない。


 駅に向かう途中、いつものコンビニ『ダンジョンマート』に立ち寄る。

 朝食のパンとコーヒーを買うためだ。


「いらっしゃいませー♡」


 レジには、いつもの看板娘、山口純子が立っていた。

 朝日に照らされた彼女の笑顔は、昨夜の冷徹さなど微塵も感じさせない、天使のような輝きを放っている。


「あ、悠作さん! おはようございます!」

「おう、おはよう純子ちゃん。今日も元気だな」

「はいっ! ……悠作さん、昨日はよく眠れましたか?」


 純子が小首をかしげて聞いてくる。

 その瞳には、少しだけ悪戯っぽい光が含まれていた。

 俺は昨夜のゆき子との騒がしい時間を思い出した。


「ん? ああ、おかげさまで爆睡だったよ。ちょっと遊びすぎて疲れが残ってるけどな」

「ふふっ、それは良かったです! 睡眠は大事ですからね♡」


 純子は嬉しそうに商品を袋に詰め、サービスだと言ってミントガムを一つ入れてくれた。


「これ、眠気覚ましにどうぞ。……今日も一日、私が応援してますからね!」

「ありがとうな。純子ちゃんも頑張れよ」


 悠作は手を振って店を出た。

 背中で「いってらっしゃーい!」という明るい声が響く。


 平和な朝。

 美味しいコーヒーと、可愛い店員の笑顔。

 悠作は伸びをしながら、今日から始まるS級昇格後の手続きに思いを馳せた。


「……まあ、なんとかなるか」


 彼がそう思えるのは、見えないところで彼を支え、守っている少女たちがいるからこそだ。

 だが、その事実に彼が気づくのは、まだずっと先の話である。

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