02「ハンバーグVS醤油ラーメン」
「あれ?宇佐美君と都弥子のリング、デザイン違くない?」
昼休み、同じ学科のメンバーでご飯を食べていたら、向かいに座る彩乃がそう言った。
大学に入ってから、何度この質問をされた事か。さすがにうんざりなんですけど。
「何で、凜ちゃんとペアリングつけなきゃいけないの」
「え、都弥子達付き合ってるんじゃないの?」
「やめてよ、彩乃。だぁれが好き好んでこんな成績不振男と」
結局、今朝の中国語の課題は私がほとんど解いてやった。
だって凛ちゃんてば、「コイツ講義で何を聴いているんだ」と激しく疑問が沸き起こる勢いで、理解度が低い。発音も悪い。朝からぐったりだ。
ハンバーグをつつきながら思わず口走ると、隣りでラーメンを啜っていた凜ちゃんが応戦してくる。
「だぁれが、こんな頭ガチガチ時代錯誤女と」
口調まで真似しやがって腹立つなぁ。
「時代錯誤って、何よ」
「結婚するまで処女貫くんだろ。時代錯誤じゃねぇか、痛ぇっ!」
横に置いてあったファイルを、ヤツの頭目掛けて思い切り振り下ろす。結構派手な音がしたけど、食堂のざわめきに吸い込まれてしまった。ラッキー。
ただ、私達のテーブル周辺の視線はがっちりゲット。凛ちゃんが、暴露した言葉も手伝って。
男子も女子もギョッとして、振り返ってくる。
「馬っ鹿じゃないの! そんな事言うなんて信じられない! 最っ低っ!」
「お前が自分で言ったんじゃねぇか!」
「痴話喧嘩はよそでやれー」
茶茶を入れてきたのは黛雅紀君。男子が少ない我が学科での貴重なイケメン。
豪快にラーメンにがっつく凜ちゃんの向かいで、優雅にサラダを召し上がっていらっしゃる。
「痴話喧嘩じゃない!」
「痴話喧嘩じゃねぇ!」
呼吸ぴったり。こんなんだから周りに勘違いされるんだよね。でも別に意図して合わせてるわけじゃないから、どうしようもない。
隣り同士睨み合って、私達は互いに外方を向く。そんな素振りもそっくりで、困るな、本当に。
「二人がしてるのって、両方とも“hug”のリングじゃない? ショップで見た事ある」
「正解。彩乃さんすごいな、よく覚えてるね」
凜ちゃんはすかさず答えたけど、ブランドの名前なんぞいちいち覚えていない私は、リングを外して確認する羽目になった。
お、ご名答。二人分のイニシャルの横に“hug”と彫ってある。
「彩乃当たり」
「都弥子、わざわざ見なきゃわかんないの?」
「ブランドなんて、気にしてないもん」
「出たよ、笹間の男前発言」
またイケメンが茶茶を入れてくる。
人をおちょくるのが好きなあたり、凜ちゃんと気が合うのはよくわかる。
「笹間ってさ、見た目ちっちゃくて華奢なのに、中身男っぽいよな」
これまた、耳にタコができる位聞かされた御意見。
タコのついでに、イカまでできそう――って違うか。
年の近い兄がいるせいか、私は自他共に認める男女だ。
女子としてどうかと思うが、すでに開き直りの域に入ってきている。つまり、今更変えようとしても、すでに時遅しってコト。
今はだいぶ落ち着いてきたけれど、五年も逆上ればたちまち別人になる。
髪型ショートだったし、喋り方チンピラ並みだし、眼光鋭過ぎだし。
毎日のように誰かからケンカを吹っ掛けられては、叩きのめしていた。武道の心得なんぞは全くないが、何故かほぼ無敗。
そのせいで、男に間違えられた回数は数知れず。
現に、中学時代の写真を彩乃達に見せたら「都弥子どこにいるの?」と聞かれてしまった。一番大きく写ってたのに。
今からすれば、そんな過去の自分を有り得ないと思う。けど、過去の自分が今を見たら、ゲロ吐くぐらいの勢いで気持ち悪がってくれるだろう。
何せ今日の私は、白地にピンクの小花が散るワンピに、パステルグリーンのカーディガン。鎖骨の辺りまで伸びた髪には、お花モチーフのピンが留まっている。
どこからどう見ても、華の女子大生ルック(?)。スカートなんて、制服でしか着なかったあの頃の私から、驚くべき変貌を遂げたものだ。
劇的ビフォーアフター。
「人は見た目に因らないって事だよ、黛君」
「詐欺だよな」
「凜一、黙れ」
穏やかになったからと言って、昔の習慣というかそういうモノは得てして抜けがたいわけで。
未だに睨みを利かせれば眼光は鋭い。その威力ときたら大抵の女子は怯える。
時々男子も怯える。
「おぉ怖っ」
大袈裟に肩をすくめて、凜ちゃんは音高く醤油スープを啜った。
この男は、まったくもって食事のマナーがなってない。どういう躾をされてきたんだか。
男みたいに大雑把で豪快だけど、変な所で繊細っつーか小うるさいワタクシ。
両極端。足して二で割ったらちょうど良いのに。
ま、人間そんな都合良くできてないよね。
御愛嬌、御愛嬌。
大学の食堂って、時としてものすごい会話がなされてたり、妙な場面に遭遇したりってコトありますよね(^_^;)何て言うか、ある意味カオス。
私が遭遇した中での一番は「食堂の周りにある池(水路)の中を、ズボンの裾を捲り上げ、素足で徘徊する男子」。
ちなみに、季節は真冬でした。思わず、ご飯を噴き出しそうになった(・_・;)
……彼は何がしたかったんだろうか。罰ゲームにしては、お仲間らしき人は見当たらなかったし……。
かなり謎です。