第弐壱話 『放課後 大奇襲』
全ての授業が終わり、学校から出んと正義、彗、翔真が校門へと向かっていた。
「なんかここ一週間任務がなくて暇だねえ! もうすぐ戦争が始まるかもっていうのに」
後ろで手を組みながら話す彗。
「いや、魔界では着々と戦争への準備が始まっているらしいィ。姉貴がくそ忙しいって愚痴こぼしてやがったァ」
「ま! 俺っちたちは準備しなくていいから関係ないけどね!」
上機嫌な慧に正義は共感しつつ笑顔で続く。
「でもその分俺たちは訓練できるんだ。今日もいっしょにやりたいんだけどいいかな? 彗」
「いいよ」
二人の会話を聞いた翔真はタイミングを見て正義に質問する。ふたりはもう友達以上の関係となり、彼らの会話は初対面と比べてよりフランクとなった。
「そうだなァ、昨日今日嬉しそうだがなんかあったかァ?」
正義は笑って返す。
「まあね、訓練の成果が出てきて、ようやく弾丸名と『意志』が頭の中でつながってきたんだ」
「あァ、例のやつかァ」
「例のヤツ」。それこそ正義が悩んでいたことだ。彼の練習には二人も付き合っており、詳細も聞いている。
「そうそう! ちょっと前は弾丸名だけ叫んでその弾はどっか行っちゃってたんだよね」
「たぶん戦争が始まるころには使えるようにはなると思うよ」
三人が校門を出たとたん、隣から正義を呼ぶ声。
「晴宮正義!」
自分の名前を呼ばれた正義は横を向くとそこには、赤髪でツインテールをした美少女、緋奈が腕を組みながら仁王立ちしていた。怒りや憎悪ではない、何か言いたげだがそれを隠すような顔で正義を睨んでいる。
お互いに無言。
だが緋奈が最初に切り出す。
「あ…………い、今から付き合いなさい!」
「……」
付き合う、という言葉はいわゆる男女の交際ではなく、行動を共にするという意味であることだと正義は察してしまう。というか、今の正義にとって「付き合う」は「お前を殺す」と同義なのだ。燐に「付き合う」と言われた後には首を斬られ、仄に「付き合え」と言われた後には燃やされる。
だから正義は断りたかったがもし断ればなにされるかわからない。自分は彼女にとっての祖父の敵、そしてただでさえ最近正義はよくわからない感情を向けられているというのに。
魔将との一戦の後、ちょくちょくチラリと目を向けられるのだ。授業中、廊下ですれ違ったとき、寮で暮らしているとき。何か言いたげな表情をするがその都度何も言わない。その真意を確かめるためにも承諾。
「……わかったよ」
緋奈のもとへ行く前、慧と翔真に振り返る。
「ごめん、今日の訓練は無理かも」
「しかたないさ、デート頑張れよ」
「こんな死にに行く気持ちで向かうデートがあるか」
「骨は拾ってやるぜェ」
「頼んだ」
冗談を言う正義をからかいながら見送る二人。
正義も戦場へと赴くような覚悟を決めた。
***
更衣室のカーテンが開く。
緋奈は学生服ではなく、深紅のワンピースを試着している。髪と眼が赤の彼女がそのワンピースを着ているのだ。まさに「紅」を纏っていると言っても過言では無い。彼女の美貌も相まって店内の人の中は緋奈に目を奪われている者もいる。
「どう?」
「イイトオモイマス」
少し顔を赤らめながら服の感想を聞く緋奈に感情を動かすことなく棒読みで返す正義。
現在正義たちは洋服屋に来ている。というよりも彼女に無理やり連れてこられたのだが。
今は緋奈の服の感想を求められているも正義はこの場を如何に穏便に済ませられるかしか考えていない。正義の単一的な感想に緋奈は不満顔だ。
「さっきからそれしか言わないわね。もっとこうないの?」
「そう言われましても」
話が続かない。だが緋奈はまるで煽るように正義へ言い放つ。
「じゃああんたが選んでみなさい!」
「は?」
正義は心の中でキレる。決して外に出てはいけない叫び。多少の戸惑いと怒りが口から洩れてしまう。
(何言ってんだこの人)
緋奈はそんな気持ちお構い無し。煽情的な目線を正義へ向ける。
「期待してるわよ」
そういって彼女は更衣室のカーテンを閉めた。
誰にも聞こえない声でつぶやく。
「まずい……」
と正義が呟いた理由は何も女性の服を選ぶのが初めてだということだけでは無い。
正義には壊滅的に服を選ぶセンスがないのだ。
『そんな服で外に出ないで。私が恥ずかしいから』
五年前、自分が選んだ服を妹にみせた時に言われた一言。
嫌味なのではなく、普通にドンびいていることは正義も理解した。それ以来、私服は妹が決めてくれる。だが今、その頼みの綱である妹はいない。
正義が選んだゴミみたいな服を渡すか、なにも渡さないか。
(二つに一つ、いずれにせよ地獄……)
ここで突っ立っていてもだめなのは正義もわかっている。
試着室前で思考を巡らせる正義に突然アイデアが湧く。目の前の難しい問題の解への道筋が急に見えるように。
「これしかないか」
他に選択肢のなかった正義はこの「解」を選ばない手はなかった。正義は振り向き、広い店内を見渡す。
その人物はすぐに見つかり、近づいて話しかける。
「すぃません、女性に普通に似合う服ってありませんか?」
店員に聞く!
それが正義の出した結論!
無難かつ、決してはずれは引かない選択。プライドもなにもかも投げ出し、正義は店員に選んでもらうことにしたのだ。ここで正義は勝ちを確信する。何とか穏便に済ませられるという安心が正義の心を満たした。
……が、
シャー、と試着室のカーテンが開き、学生服に着替えなおした緋奈が出てくる。試着した服を店員に返し、こちらにずんずんと近づいてきた。本当に呆れてなにもいえないような顔で。
「……次行くわよ」
「ハイ」
どうやら選択肢を間違えたことを正義は察する。
***
二人はコーヒーショップにやってきた。
全国に展開している有名なコーヒーメーカーで、特に女子高生に人気なお店。だがそういったことにゆかりのない正義は、女子高生が写真を撮るだけに通うたっかいコーヒー屋、というひねくれた考えを持ってしまっているが。
人の列を並んでようやくレジにつき、店員が差し出してきたメニューを見るとそこには二十文字以上の名前のコーヒーがずらりと書いてある。そのどれもが800円以上。中には1000円を超えるものもあり、確かにおいしそうではあるが買うかと言われれば否と答えてしまう。
(緋奈さん、やっぱりこういうの買うんだな)
そんな他人事のように緋奈が何を選ぶか待っていると彼女からひと言。
「好きなものを選びなさい。なんでもいいわよ」
正義に動揺が走る。
『うん、女子の「何でも」は何でもじゃないのさ』
かつて涼也に言われた言葉が正義の脳裏をよぎる。涼也はイケメンだからおそらく女性関係にも詳しいのだろう。この言葉を信じて正義はこう思う。
(これは、試されている!)
ここで何を頼むかによって緋奈からの印象がすべて決まると言っても過言ではない。そう思った正義は慎重に決めることにした。
(1000円以上のものを頼むのは論外だということは俺にもわかる。問題は何円以上から許されないか。600円か、キリのいい500円か、ああわからない!)
「お客様?」
店員からの催促も重なり、正義の脳は必死に答えを探し求める。
が、正義は大事なことを思い出した。
(そうか! 大切なのは値段じゃない、彼女を怒らせないことだ! そのためには……)
決心した正義に迷いはなかった。まっすぐに店員と目を合わせ、自信をもって商品を決める。
「この店で一番安いので」
1000円以上の商品を選べば彼女は機嫌を損ねる、ならばその逆、安いものを選べばよい。正義はそう判断し、店員に頼む。
「は、はあ、クッキーが1枚50円ですが……」
「じゃあそれで!」
クッキー1枚の値段もいささかどうかとは思ったが関係ない。大事なのはここで緋奈の怒りを買わないこと。これでなんとかこの場を切り抜けたと正義が安堵したのもつかの間、緋奈からひと言。
「はぁ?」
服屋の時よりも数段の怒りと驚きを含んだ険しい顔。
少なくともこの場の緋奈にとっての正解ではなかったらしい。
「……やっぱりなしで」
そんな感情を向けられて正義は咄嗟に商品をキャンセルするしかなく、結局緋奈だけ800円のスムージーを買って店を出るのだった。
***
「どうすればよかったんだ……」
トイレの鏡に映る自分へ向かって問いかける正義。
ここ如く選択肢を外し、及第点どころか0点をたたき出す始末。店を出た正義はあまりの気まずさにこのトイレへ逃げ込んだ。だが今緋奈を待たせており、こんなところでうだうだ言ってもしょうがないことは正義も自覚している。
覚悟をきめてトイレを後にし、壁にもたれかかっている緋奈を見つけたが、彼女は一人ではなかった。
「お嬢ちゃん、どこ行くの? 一緒にお茶しない?」
「……うるさいわね」
「おっと、冷たいなぁ。まあまあ、ちょっとだけ付き合ってくれよ?」
そう言いながら、男たちは緋奈の進行方向をふさぐ。
彼女は3人のチンピラに絡まれていたのだ。チンピラは20代前半ぐらい。ピアスをつけている者や髪を派手に染めている者。緋奈に話しかけたのはおそらく彼女が陌暉耶高等学園というお金持ち学校の生徒だからだろう。
当の彼女は別にいやがる様子はなくただうっとおしいと思っている様子だが、チンピラどもは引き下がらない。
それどころか距離を詰めている様子。
「うちの親がさあ結構お金持ちでね、一緒に来てくれれば……」
「おい」
正義の判断は早かった。
チンピラの後ろに立ち、うちの一人の肩に手を掛ける。
正義が助けてくれるとは思わず、緋奈も驚いている様子。
服屋とコーヒーショップでの選択は間違いだったかもしれない。けれど今、緋奈が困っていると正義が思ったならば、勇者として、己に抱いた義務に背かないためにも助けるという選択肢を取る。これは緋奈にとっての正解ではなく、正義にとっての正解なのだ。
「なんだよてめえ」
「やめないか」
「は? てめえ何様だよ? この子のなんだよ?」
(緋奈さんの……なに……か)
その答えを正義は考えようとしたが、その前に答えは見つかった。おそらく、勇者として2週間過ごす中でもうそういう結論になってしまうのだろう。
それは、他の7人と同じ、
「俺は……緋奈さんの『仲間』だ」
「はあ?」
チンピラは受け入れられないという顔だが正義はその答えに決して間違っていないという自信を持っていた。
『晴宮正義の意志により、八坂緋奈を【仲間】と認識しました。彼女には勇者の権利が適応されます』
アナウンスが流れてくるが今の正義は気にしない。
「イラつくなあお前……」
チンピラは明らかに正義に敵意を向ける。が、されども一市民の敵意など死線をくぐってきた正義にとってなんてことはなく、毅然とした態度のままだ。
「緋奈さん嫌がってると思うんだけど」
「……」
緋奈は依然としてぶっきら坊な顔。
「で、早くこの手どけてくれよ? 言っとくけど、俺ケンカも強いぜ」
手を払いのけ、正義へ体を向けて手の骨を鳴らすチンピラ。他の人も正義を横に立ち、正義を囲う。
「おれの機嫌を損ねた罰だ。今謝るなら半殺しにはしないでやる」
自信満々で、まるで正義を下に見るような態度。
一方、正義はいたって冷静だった。
(どうしよう、不味いことになっちゃったなあ。ここで騒ぎなんて起こしたくないし)
チンピラが提示した謝罪か半殺しかの二択の想定は一切せず、ただこの状況をどう切り抜けるかのみ。この一ヶ月の間のことに比べればまったく怖くもない。
緋奈さんと一緒にこの場を抜け出そうかと思ったその時、
「てめえ、だまって……んら…………ね」
「ああ……なんら……」
三人の足取りが悪くなる。頭を揺らし、呂律が回らなくなっていった。明らかに様子がおかしい。
そんな彼らを横目に、緋奈が正義に言い放つ。
「行くわよ」
「あ、はい」
***
「さっきの人たち大丈夫かなあ」
歩きながら後目で彼らを心配する正義。
「多分大丈夫じゃない?ただの貧血だし」
「なんで知ってる、んですか?」
「あたしが血を吸ったから」
そういって彼女は人差し指を見せる。そこには赤い液体がインクの染みのように付いていた。液体はどんどんと爪の間に吸い込まれていく。
「……血ってそうやって吸うんだ。てっきり口で吸うのかと」
「血を吸うだけなら指、というか手でできるのよ。口で吸うのは……特別なときだけ」
「そうなのか」
ようやくらしい会話ができたなと正義が思ったのもつかの間、彼女が怒るように愚痴をこぼす。
「あり……あんたねえ!アタシがナンパされたとき、ちょっと傍観してたでしょ!」
「う……」
図星である。
彼女のナンパに少し静観していたことは否定できない。
「次からはアタシを助けるか迷うくらいならさっさと来なさいよね!」
「わかったよ……」
緋奈は歩く速度を速め、正義の前へと出る。
まるで顔を見られないように。
「………………ありがと」
呟くような小さい声。
「ん?」
緋奈は振り返り、正義へと指をさす。その顔は初めて会った時の恥じらい顔だ。
「さっき助けてくれたぶん! それと……一週間前助けてくれたぶん!」
そう言って緋奈は走り去っていった。
そうして正義は一人取り残される。だが正義は彼女の一言からとある事実を考察。
(もしかして、緋奈さんお礼を言いたかっただけなんじゃないか?)
服はわからないが、コーヒーショップに行ったのも自分にお礼をするためか。
それでも考察は考察。真実はわからない。
ここにいても仕方がないため、帰ろうとしたとき通信指輪に連絡が来る。
確認すると近藤からだった。
『時間があるときでいいから少し話したい。もうすぐ始まる戦争に関してだ』
第弐壱話を読んでくださりありがとうございます!
緋奈ちゃんの実家は妖魔四大貴族もそうですが一家全体が○○を経営していて緋奈ちゃんの家族も●●に就いているのでチンピラよりも何倍もお金持ってます。
感想、レビュー、ブクマ、評価、待っています!!