16.新たなる悩み
次の休日、ブライアン様は約束通り我が家を訪れてくださった。普段は領地で勉強している弟二人も、王都の屋敷に来てくれている。
「ブライアン様、こちらは長男のエイダン、そして次男のディランですわ」
「ブライアン・ゴードンと申します。どうぞ宜しく」
「「こちらこそ宜しくお願いします!」」
予想通り、弟二人はすぐにブライアン様に懐いて、折角だから騎士団長直々に剣を教えて欲しいと言い始めた。ご迷惑にならないかと戸惑う私を余所に、ブライアン様は快く承諾してくださり、三人は今、庭に出て稽古をしている。
「えいっ!」
「なかなか筋が良いな。もう少し脇を締めるともっと良くなるぞ」
「やあっ!」
「おっと、足元がふらついてきたな。そろそろ疲れてきたか?」
「ま、まだです!」
二人同時に相手をしているブライアン様が格好良過ぎて仕方がなくて、視線が釘付けになってしまう。今は上着を脱いでシャツ一枚で腕まくりまでされているので、鍛え上げられた筋肉が過去最高レベルで良く見えるので尚更だ。弟達よグッジョブである。天国はここにあったのか。
やがて弟二人の息が上がり、稽古はお開きになった。クタクタで肩で息をしている弟達に対し、息一つ乱れていないブライアン様は流石としか言いようがない。
「ブライアン様、ありがとうございました。お疲れではありませんか?」
冷水に浸して絞ったタオルを手渡すと、ブライアン様は気持ち良さそうに額や首筋の汗を拭われた。
「俺は普段からもっと大人数の部下達を相手にしているので、これくらい平気ですよ」
「さ、流石は騎士団長ですね……」
「僕はもうダメです……」
「貴方達はもっと身体を鍛えるべきね」
ぐったりしながら弱音を吐く弟達に苦笑する。そもそも二人共細身の体型なのだ。もっと筋力を付けるのが先だろう。ブライアン様のように、筋骨隆々になれとまでは言わないが。
用意させていた冷たい飲み物をお出しすると、三人共勢い良く飲み干していた。
「ブライアン様、ありがとうございました。また稽古していただけますか?」
「僕、それまでにもっと身体を鍛えておきますから!」
「勿論だ。君達なら何時でも歓迎するよ」
「「やったー!」」
喜んではしゃいでいる弟達が可愛くて、私は目を細めた。
「ブライアン様、私からもお礼を申し上げますわ。弟達の相手をしてくださって、ありがとうございます」
「とんでもない。俺も身体を動かせて楽しかったです」
弟達を見遣るブライアン様の視線が柔らかくて、私は思わず見惚れてしまう。
「ブライアン様は、将来子供とよく遊んでくださる、良いお父様になりそうですわね」
「それを言うなら、弟君達の面倒見の良いアリシア様こそ、良い母君になられるかと」
そう口にした後で、私達は言葉の意味に気付き、お互いに顔を赤らめた。
(やだ、ブライアン様がお父様になられるって事は、つまり私とブライアン様の子供ができるという訳で……)
「そ……その前に、ブライアン様の良き妻になれるように、頑張りますわ」
「お、俺の方こそ、アリシア嬢の良き夫になれるように頑張ります」
照れ隠しで俯いていると、ブライアン様の手が伸びてきて、私の手をそっと掴んだ。その手がそのまま、ブライアン様の胸筋に導かれる。
「取り敢えず、アリシア嬢の目が余所の男に向かないよう、この身体をしっかりと鍛え続けますよ」
「!?」
私の心臓が悲鳴を上げた。いや咄嗟にもう片方の手で口元を押さえていなければ、私の口からも悲鳴が上がっていた。
(ブライアン様が、私の為に、身体を鍛えてくださるですって!?)
そんな夢のような話があって良いのだろうか。どんな美辞麗句も敵わない、最高の殺し文句だ。手からシャツ越しに伝わってくる分厚くて硬い胸筋の感触も相まって、私は忽ちブライアン様に惚れ直してしまった。
「そ、そんな事をなさらなくても、私がブライアン様以外の殿方の方を向く事などありませんわ」
顔を真っ赤にしながら告げると、ブライアン様は嬉しそうに微笑まれた。
「そうかも知れませんが、俺はもうアリシア嬢を手放す気など更々ありませんから。アリシア嬢を繋ぎ止めておく為ならば、使えるものは何だって使うつもりです」
そう言うと、ブライアン様は身を屈めて、私の耳元で囁かれた。
「アリシア嬢は俺の筋肉がお好きなのですよね? 六つに割れた腹筋に興味はありませんか?」
(何それ見たい!!)
心からの叫びが喉元まで出掛かったが、寸での所で押し止める。
ちょっと待て私、それはいくら何でも貴族令嬢としてはしたないのではなかろうか。
だが視線は正直にブライアン様のお腹に吸い寄せられてしまう。勿論見たいし欲を言うと触ってみたいついでに撫で回したい!
「俺と結婚してくださったら、いくらでもお見せしますし触り放題ですよ」
(何それ素敵!!)
その言葉に止めを刺された私の血液は、遂に暴発してしまった。
……有り体に言うと、鼻の奥にとろりと嫌な感触がしたのだ。
「ブ、ブライアン様、私ちょっと失礼しますわ!」
咄嗟に私は両手で鼻から下を覆い、ブライアン様に背を向けて逃亡した。家の中に入り、近くの客室に駆け込む。幸い鼻血はベッドで仰向けになっていればすぐ止まったし、ちゃんと手で隠せていたから誰にも見られていないと思うけれども。
(こ、この先、私、大丈夫かしら……)
自信と色気に満ちたブライアン様の妖艶な微笑みに、魅力的過ぎる筋肉の誘惑。今まで屈強な筋肉を持つ男性とは縁が無さ過ぎて、遠くから服の下の筋肉を想像しながら眺めたり、ダンス等でほんの少し触れたりするだけで満足してきた私にとって、ブライアン様の本気の口説き文句はレベルが違い過ぎた。もしブライアン様と結婚したら……と想像しただけで、再び鼻の奥に液体を感じてしまった私は慌てて鼻を摘まみ、この現象に耐性を付けるには一体どうしたら良いのだろうと、耳まで真っ赤にしたままベッドの上で悶えるのだった。
お読みくださり、ありがとうございました。