EP58 巣立ちと帰巣本能
一歩進んで二歩下がって滑って転ぶ
銀河旅団は暗礁宙域へと到着し、次々に朽ち果てたコロニーから飛び出していく小型戦闘機を鹵獲していた。
「入れ食いだな!最新型なんだって?」
マギアシリーズの張った魔力の網に次々と掛かり、ブースターを切り離す事無く各戦艦の中へと格納されていく戦闘機。
雨宮達が到着するより前から多くの戦闘機が飛び去っていくのを見ていたが、それらに見つかる事無く銀河旅団はクロスチャーチルの本拠地と思われる、掃き溜めへと到着していた。
勢いよく飛び出し、意気揚々としていたクロスチャーチルの戦士達は気付く間もなく捕獲され、理解が追いつく間もなくコックピットから引き摺り出され、次々と新たに新設された牢屋の中へと放り込まれていく。
「いつも思うがスキルって言うのはすごいもんだな。船団丸ごと隠すってさ。」
「眷属ならではなんだけどねぇ、エネルギー的な意味で。」
普通の人間が使うスキルというのは無限に使えるようなものでは無い。体内に保有する魔力を徐々に使うパッシブもそうだが、自分で使用量を定めて決まった分だけ消費するアクティブ、今回使われているこのスキルはパッシブに当たるが、範囲を指定する事でその適用範囲を拡大する事が出来る様に訓練していたのだとか。
「・・・確かに。蓄積されているエネルギーが徐々に減っているが気にする程ではないし・・・寧ろ入ってくる量の方が多いから減りはしてない・・・な。」
「それもどうかとおもぅんだけどねぇ?」
「銀ちゃんの言うエネルギーって私達が知ってる生命エネルギーの事・・・じゃないよね?」
「俺も最初は同じものだと思っていたんだがなぁ。」
(此方に転生して初めの頃は俺もそう言うものだと思っていたが、自分自身の解析を続けていく課程で、違う事が判明したんだよな・・・。)
「Δエナジー・・・でしたっけ?」
「そうだ。生命エネルギーって言うのは・・・これも又ややこしい話だが、自身の体力とか生きる意志とか、肉体の耐久力だったりとかを維持したりする動力になるものなんだが、これが少なくなると肉体の機能が低下したり欠損する事もあるし、若干だが心の動きにも影響するだろうな。」
「で、そうだな・・・。」
俺は周囲を確認し、信用に足る味方達を眺める。
(・・・問題ないか。)
「問題ないかね?」
雨宮がロペへと確認するが、ロペは困ったような顔をしただけで軽く頷いた。
(アレは多分殆ど思い出してないな。まぁ俺が話す事でその切っ掛けになればそれでいいか。)
「Δエナジーってのは世界のリソースを内部情報としてデータベースから・・・。」
「銀ちゃんむずかしーよ?」
「んんっ?そうか・・・。」
「えっとな・・・。」
雨宮はマナとΔエナジーそしてエーテルサーキットの話をかいつまんで話した後、再びΔエナジーの詳細へと話を戻した。
「Δエナジーってのは、この世界全てのバランスを保つ為に必要な制御プログラムみたいな物だ。」
「「「「「「「「「「・・・・・・。」」」」」」」」」」
全員理解力のある者達で良い事は良いのだが、髪を逆立て何でそんな話をし出したとそれぞれが悪寒を感じつつも耳を傾ける。
「Δエナジーは別名観測力とも言うもので、認識すると言う事があって初めて発生する・・・・所謂万能エネルギーと言う奴だ。」
「そ・・・それっていつ、どうやって発生するのですか?」
雨宮の右後方、ブリッジの入り口から聞こえてきたのは、キャンディ・キャッシュマン。ロペの姉の一人だった。
彼女が入り口で聞き耳を立てていたのは知っていたが、関わってくる事も無いだろうと雨宮は放置していたが・・・。
「・・・いつでも・どこでも・ドナタデモ。」
「なんで途中から片言になったんだ雨宮、昭和の人間にしか判らないぞ。」
安定の突っ込み力新庄を取り敢えずスルーした面々は視線を雨宮へ戻す。
「取り敢えず座れよ。」
雨宮は今やマスコット専用シートとなって久しい補助シートを出現させ、キャンディを座らせる。
「ふぅ、あんまり時間をとっている場合じゃ無いとは思うんだが、まぁ皆上手くやってくれると信じて話をするか。」
雨宮は今迄の飄々とした空気を煩わしそうに取り払い、気怠そうなやる気の無い表情に戻り、深くシートの背もたれに背を預ける。
「これは何時でも発生するし、発生させられる。それに気付いたのはつい最近だ。」
雨宮は黒い靄を発生させ、辺り一面を覆い尽くす。
「・・・。」
(やはり誰にも見えないし感じもしないようだな。)
雨宮は掌を天井に向け、黒い靄を掌に集中させる。
「この掌の上に何かあると言えば何か判るか?」
この場にいる全員が視線を彷徨わせ、掌を含め周囲を確認するが、何も見当たらないと考えそれぞれが深く思考する。
「雨宮殿。私には何も見えませんが。」
レビルバンは副操縦士の為に後付けされたシートを離れ、雨宮の近くへとやってくる。
しかし近付き、その掌の上を魚眼で見つめて手を通過させてみても、其処に何かあると言う事は理解出来ないようだった。
その行動に続きキャッシュマン姉妹も雨宮の掌に近付き、ロペは臭いを嗅ぎ、キャンディは掌を触ってみる。
しかし其処に有る物に干渉する事は出来なかった。
「やっぱりそうか。」
(俺以外に干渉は不可能・・・と。)
しかし雨宮の頭の中には疑問が残る、以前これを使い刑務官を脅したり、美汐を躾したりした時は、触れる事が出来た。
(・・・。そうか。そういう事か、まぁ・・・そうか。)
雨宮の辿り着いた答えはあまりにも普通。少し考えれば判る事だった。
「これが存在する・・・と言う事か。」
(Δエナジーは・・・認識不可能つまり、皆の中には存在しないし出来ない、名前を知った所でそういう事では無い・・・と言う事だろうな。此方から触れられるのは俺がΔエナジーを変換する事が出来るからだろうな、エナジーそのものを認識する必要なんて無いんだ。)
「此処に何が・・・?」
「ふむふむ・・・塩味・・・。」
気が済むまでじっくりと見ていたキャッシュマン姉妹であったが、結局何も確認出来なかったのか、自分のシートへと戻っていった。
「Δエナジーとはエーテルサーキットを作る原料になるものだ。このΔエナジーを俺を通じて変換する事で、命の源になるエーテルサーキットを生み出す事が出来る。」
ロペはその言葉に何かの刺激を受け、深く思考の海へと沈んでしまう。
「そうか・・・それで・・・。」
雨宮は黒い靄・・・Δエナジーを自身の内へと引っ込めると、軽くため息をついた。
「・・・だが限界は存在する。この世界の許容量を超えるリソースを使用する事は出来ない。とは言え・・・。」
「この世界は広いから・・・。」
雨宮はロペが何かを思い出した事に気付き言葉を止める。
「広く作りすぎた・・・?」
(其処は善し悪しだな・・・。)
「其処は今は問題じゃ無いな。・・・まぁ俺の力はこの世界にいる限りほぼ無限に近い・・・とでも言っておくか。早々枯渇するような事は無い。つまり・・・。」
「やはり神ッッ!!!」
「「「「「「「「「!?!?」」」」」」」」」
ガッターンと自らのシートを後ろに倒し、勢いよく立ち上がったイファリスは、鼻息も荒く非常に興奮した状態で雨宮を熱く見つめ、上気し恍惚とした表情で胸の前で手を組み、くねくねと怪しい動きで悦に入る。
「私の目は間違っておりませんでした・・・オーゥマイゴッ・・・。ぷげ・・・。」
突如として大声を上げ立ち上がったイファリスはホムラの腰が入ったレバーブローによって沈み、旅立った。
(びっくりした・・・。時々・・・ああなるよなあいつは・・・?)
「ま・・まぁ色々出来る事もあるが、この世界はこの世界で色々と縛りがあるし、そのルールに触れてしまえば皆を巻き込む事になるだろうから、一応気を付けてはいる。」
((((((((((一応かよ・・・。))))))))))
「はいっ銀ちゃんはいっ!」
見事な双球をぷるっと弾ませたエリーはシートに座ったまま挙手し、雨宮に質問を投げかける。
「ナノマシンとの関係も聞きたい・・・の!」
(ナノマシンか・・・・。)
トンデモ話とも思える雨宮の話を聞きながらも、それが事実である事を前提で話を進めてくれるエリーは雨宮にとって貴重な存在と感じ取れる。
それはロペや他の者達も同じなのだが、彼女はその真偽を確認したいが為に捜査しつつも、それは飽く迄好奇心から来るものだと、雨宮に宣言していた。
その為雨宮からの監視を好意的に受け止め、時折雨宮からの視線を感じると虚空へ向かって手を振るなどの行動が目立ち、不思議ちゃんとしてのレベルがアップしている。
ロペとは違う側面で、彼女は雨宮に近付きつつあるようだ。
「ナノマシンで物を作ったり出来る事が不思議・・・、と言う事か?」
「それもあるけど・・・。」
エリーは自分の胸の前で手を組み、雨宮を見上げる。ここ最近の変化で非常に豊かに育った胸を押し上げ手考えるその表情には、若干の不安が見て取れる。
「私達の身体は、ナノマシン・・・なの?」
(まぁもっともな疑問だな。)
「人間かどうかと言う話だな。」
「・・・ぅん。」
雨宮は大きく息を吸い込み、シートに再び身体を預けて天を仰いだ。
「間違いなく人間だよ・・・但し普通とは大分違うがな・・・。」
「そうなの・・・?」
「確かに人間としてはおかしな所はいっぱいある、肉体で食料を完全にエネルギーに変換出来るとか、普通の人間に比べてあり得ない程身体能力が高いとか、死んでも大丈夫だとか、そう言うおかしな所は確かにあるが、人間って・・・どういう認識だ?」
「ほぇ?」
「俺は人間ってものの認識を、人と、それ以外全て存在との間の子であると認識している。」
「それって!」
「俺達機人種や、獣人、巨人、天使、エルフ、ドワーフ・・・そう言った者全てが人間だと、そういう事か?」
「そうだ、純粋な人種、それだって人と人との間の存在だ。だったら、全部人間で良いだろう。」
「・・・・そうだね、銀河きゅんの言うとおり、だね。」
「黒いのも白いのも黄色いのも全部一緒、別ける意味が無い。俺はそう思う。」
「・・・話がそれたな。誰から否定されたって人間である事は変わらん、俺がそう創った。そう造ったんだよ。」
雨宮は舟をこぎ、コンソールの上に足をのせるが、誤作動したりはしないようだ。
「そろそろ、自由にしてやっても良いかなぁ・・・。」
ーー銀河様!クロスチャーチルの戦闘機が途切れました!
「よし、突入部隊突入開始、口を開けたハッチからブチ込んでやれ。ティオレ、突入部隊の指揮は任せる。」
ーー~~~!了解っ!
ーーーーーーーーーー
マギア・ラピス 零番ハンガー
(あれ・・・?私何で今此処に・・・?)
ーライちゃん!出撃だって!
「えっ?えっ??」
ーライプリーどうした!?早く出撃しろ!!
ティオレの出撃合図がハンガーに響き渡る間も、各艦からマシンが続々と出撃し、零番ハンガー以外から尾を引く光がセントエルモの火のように目指すべき道を示している。
「ちょっと待ってください!私は戦闘員じゃ・・・。」
ーライちゃん行くよー?
「待ってピュリア・・・あっ!」
気が付いた時には既に遅く、いつの間にかピュリアのコックピットの中にいたライは、有無を言わさず出撃するピュリアを止める事も出来ず、折角こんな時の為に用意した自分の専用機をハンガーに置き去りにし、掃き溜めへと向かう事になった。
ーーーーーーーーーー
「・・・なんで私が・・・。」
ーだって一人で行くと危ないって皆が言うからー。
「他にもいっぱい居るでしょうに。」
ー皆ライちゃんに言いなさいって・・・。
半ば保護者のように扱われる事に軽く憤りを覚えつつも、しょうが無いと思う気持ちもあり、結局は折れて流れに甘んじて身を任せる。
「・・・到着まで十分と言ったところかしら。」
ーマーフィーは何でこんな事をしているんだろうねー?
「マーフィー?」
ーうん、ガフィア・マーフィー。私が知ってるマーフィーはテロなんて事出来るような人じゃ無かったんだけどなぁ。
「はぁ・・・本人に合ってみれば分かる事でしょう。・・・戦列に加わりますよ。指示通りに動いてみて。」
ーはーい。
ピュリアは先に出撃したラピス機動部隊に追いつくべく、ランドセル型推進装置の出力を上げ、小惑星に偽装されたクロスチャーチルの施設へと急いだ。
ーーーーーーーーーー
掃き溜め 教会ハンガー
ピュリアが飛び込んだクロスチャーチルのハンガーには、多くの銀河旅団クルーとクロスチャーチルの戦闘員と思われる者達が入り乱れ、既に戦闘が始まっている。
ーライちゃんこれどうしよう・・・?
「私あんな戦闘の最中に突入なんてしたくないですよ・・・。」
「的になっちゃうよ~。」
銃声や爆発音、あわや宇宙空間とハンガーを隔てる隔壁が壊れるのでは無いかと思える程の揺れ、眷属クルー達はまるで加減など必要ないかのような本気さを見せているが・・・。
ーーーーーーーーーー
ティオレ・アンク
前線指揮官として銃声の飛び交うハンガーへと降り立ったティオレは、思わぬ苦戦を強いられている現状に歯ぎしりをし、腰から下げたレーザーレイピアに手をかけ、周辺を警戒していた。
(これほどの実力があるとは思わなかったな・・・。)
現在最前線にて戦線を構築しているのは、六番艦及び五番艦の一般クルー達、銀河旅団全体の戦力から見ても下から一番目と二番目の戦力である。
しかし、彼ら、彼女等全員は銀河旅団最高の発明品の一つ、バトルドレスを身に纏っている。
ハッキリ言ってクロスチャーチルの戦闘員が使っている実弾兵器等当たっても無傷なのだが、今迄長く雨宮と共に居たヘルフレム出のクルーや、元猫団のクルー達と違い、何故か前に出て戦う者達が居ない。何時まで経っても遠距離からの銃撃戦が終わらない、終わらない上に魔法で打撃を与えようとする者達も出てこない。
ティオレは自身の判断が間違っていたかも知れないと考え、前線の部隊へと通信を試みる。
「前線のイド・ファイブ隊応答せよ。」
ーー此方イド・ファイブ!どうぞ!
「・・・今は一体何をやっている?」
ーーハッ!前線を構築し戦力の充実を・・・。
「馬鹿が!お前達は何の為に居ると思っているんだ!さっさと突入しないか!!」
ーーい・・いえしかし!我々だけでは・・・。
「バトルドレスを着ているお前達に通常兵器等効きはしない!殴って殺せ!」
ーーそんな事出来るわけ無いでしょう!?
(・・・駄目だ。上官の命令に背くとか意味が分からない。)
新しく銀河旅団のセレクションを受け、雨宮の言う上位の通過者達は、それこそ眷属達からも諸手を挙げて受け入れられる程の実力と、確かな経験、判断力が備わっている者達だった。しかし今此処に投入されている者達は、雨宮の基準からは完全に漏れ、問題こそ起こしていないものの、能力的には首を傾げる者達の集まりだが・・・。
「もう良い、下がれ。」
ーーはっ??
「イド・オーバス両部隊撤退せよ。時間の無駄だ、ジェド・フェトラ両部隊出撃、ジェドは前衛、フェトラは後衛にて補助援護の態勢で突入しろ!」
ーーな!ま
強制的にイドのクルーとの通信を切断したティオレは、今回の出来事を反省し、眷属クルーと一般クルーの混成である九番艦フェトラを出撃させる。
しかし、イド・オーバスの撤退は遅々として進まず、単体で出撃しあっという間に前線を掌握したジェドの眷属達と、眷属クルーに運ばれる一般クルーがワンセットになったフェトラの部隊が、風のように駆け抜けていく。
(これが普通なんだ・・・私達は。彼らは果たしてこれから化けるのか・・・?いや、まだまだ始まったばかりだ、これからがあるさ・・・。)
瓦礫の陰から前線を見渡していたティオレは、レイピアを腰へと戻し、飛ぶようについ先ほどまで前線だったハンガー内を駆け抜ける。
重い金属音を響かせバトルドレスの駆け抜けるその様は、イド・オーバスの一般クルーには全く視認出来ず、もたもたと自ら突入してきた船へと戻っていく。
それと入れ替わるようにハンガー内へとマシンが次々と進入し、突入した艦の護衛に付いた。
彼らの撤退していく様子をちらと顧み、ティオレはふと思う。
(まだセレクションの途中なのかも知れないな・・・。)
ーーーーーーーーーー
トゥンガ・ギータ
「・・・ハッ了解であります。」
水星軍機動巡回大隊所属のトゥンガは、全軍集結の指示を受け、ポセイドンコロニーへとやって来たものの、誤報である事が判明し、自らの巡回担当宙域へと帰路を進んでいた。
(はぁ・・・。今正にテロが始まろうとしている時に、強制召集なんて掛けやがってあの無能副司令・・・。)
「艦長、イオタ中将閣下より通信です。」
「な!何っ!!」
トゥンガは思ってもいないタイミングでの、憧れの上官からの通信に慌てて襟を正すと、モニターへと向き合う。
「お久しぶりですイオタ中将閣下!!」
ーーうむ、久しいなトゥンガ・・・中佐。
ゴンザレスは順当に昇進していれば今頃准将にでも成っていたであろう、トゥンガを見て過去の事件を思い出した。
しかし今はそう言う話をするべきでは無いと、改めて本題に入った。
ーークロスチャーチルについてだが・・・。
「ハッ!只今全速で該当宙域へと戻り戦闘に備え・・・。」
ーーまぁ待て、最後まで聞くんだ。
「ハッ・・・。」
ーー貴官は銀河旅団を知っているな?
「ハッ!存じております!」
ーーその銀河旅団が今、『掃き溜め』へと進み、クロスチャーチルの本拠地へと侵攻している。
「な!何ですと!?」
ーー貴官等だけでは恐らく駒を進める事は難しかっただろう事を考慮しての事だ、私からは情報を与えるだけ与えておいた。
「では彼らは・・・自身の判断でクロスチャーチルと交戦していると。」
ーーその通りだ。偶々利害が一致した事もあって話はあっさりと進んだ。我々も該当宙域へと向かい手を貸そうと思うのだが・・・どうかね?
(おいしいとこ取り・・・か?)
「ハッお供いたします!」
ーーうむ、では足並みが揃い次第ハイパードライブに入る、既に交戦は始まっている、我々が到着する頃には既に戦闘が終わっているかもしれんがな。
(まさか・・・。)
「了解しました!直ちに艦隊を指揮し合流します!」
ーーでは後ほどな。
(・・・これは・・・チャンスかもしれん。)
「全艦に通達第二種戦闘態勢へ移行、旗艦ジ・アースと合流後直ちにハイパードライブに入る!目標は『掃き溜め』クロスチャーチルを排除する!」
「「「「「「「「「「アイサーアッ!!」」」」」」」」」」
慌ただしく動き出すブリッジクルー達と対照的に、指示を出し終わったトゥンガはゆったりと自らのシートへと腰をかける。
(クロスチャーチルか・・・SWは出せんな。白兵部隊を増員しなくては・・・。)
ーーーーーーーーーー
ーーラーアミ・マトイヤルーー
捕縛され、後に雨宮に許されたラーアミは、古巣、水星軍機密諜報部隊本部でもある、宇宙戦艦ジ・アースへとやってきた。
「ラーアミ・マトイヤル中尉帰還しました。」
「入りたまえ。」
片眼を前髪で隠したラーアミは軽く敬礼をし、任務の進歩について報告する。彼女にとっては大きな出来事であった、しかし銀河旅団という組織を知ってしまった今となっては人が一人死んだ所で心が動くものでは無くなっている。その表情は動かない。
「銀河旅団内部への潜入は成功しました・・・。しかしダーハン・ラーハン曹長は死亡、イーゲル・クーゲル少尉は銀河旅団によって捕らえられ、行方知れずとなっています。」
「ふむ、まぁそんな物か。大方踏み込みすぎたか、接触の方法を間違えたのだろう。」
「は・・・後者かと。」
ラーアミは腰を折り、謝辞と共に当時の事を思い出し腕を抱いた。
認識すらする間もなく鋼鉄の扉ごと両断されたダーハン、当人達の姿が見えた時には既に額にレーザーポインターが当てられている。
死を認識したが、自分は女であると言う一点のみで生かされ、イーゲルは行方知れず。
「イーゲルは労働力に成るかとそう言われていましたが・・・っっ!!!!」
向かい合うゴンザレスとラーアミの二人が衝撃に目を見開くのと同時に、ラーアミの腹から片刃の大型ナイフの刃が飛び出した。
「う”っ・・・。」
致命傷とは程遠い生かす刺し方で、臓腑を神懸かり的な避け方をしたナイフは数センチ刃を覗かせ、その先端から僅かながら彼女の血液を床に向けて滴り落とす。
激しい痛みの為に一瞬意識が朦朧としたが、自らの肩に掛かる吐息に、全身の毛穴が開き限界までその目が見開かれる。
「あ・・・貴方は・・・。」
全く気配を感じず、腹を刺し貫かれた今でさえその存在が希薄に感じる程のステルス、ラーアミが知る中でそのようなことの出来る人間は二人しかいない。
「え・・エリナ・・・甲賀!」
エリナはラーアミの重要な臓器を傷つけないように、ゆっくりとそのナイフを動かし、傷口をこね回す。
エリナの上半身が密着し、耳たぶを噛まれているラーアミは徐々に下半身に力が入らなくなり、膝が笑い始める。
「言ったじゃ無い・・・。」
「う・・・ぅ・・・。」
ゆっくりと、しかし確かに押し込まれるナイフの痛みを感じ、何故痛覚が麻痺しないのかと言うことまで頭が回らなくなったラーアミから徐々に失われていく血液は、その長い足を伝い、床に小さな水たまりを作っていく。
「銀河様を裏切ったら・・・。」
大凡ナイフと呼ぶには長過ぎるその刀身が、突如グンと伸び、その正面にいたゴンザレスのもみあげを剃り落とした。
「超・・・殺すって。」
一気にナイフを抜き去り、床に倒れ伏すラーアミを一瞥するとエリナはゴンザレスに向き直る。
ラーアミは薄れゆく意識の中、対面していた中将とエリナが一二言交わすのを目にし、その意識を手放した。
ーーーーーーーーーー
「貴方は・・・敵?それとも?」
エリナはラーアミの血に濡れた刀身を拭うこともせず、そのまま流れるようにゴンザレスの喉元へと刃を這わせる。もはや大太刀と言っても過言では無い程の長さになったナイフは、ポタポタと座ったままのゴンザレスの膝に赤いシミを作り、静止画のように喉元にピタッと留まった刀身を見つめ冷や汗を流すゴンザレスを問い詰める。
一体どれほどの筋力があれば、あれほどの長さの刃をピクリともさせず、制止させることが可能なのかと、当て外れな事を思い考えるゴンザレスは、何とか冷静さを取り戻し、可能な限り穏便に済ませたいと願いを込めて、言葉を絞り出した。
「み・・味方だ・・・!」
もし仮にその立場が今と違う立場だった場合、彼にその言葉が絞り出せたであろうか、現在の地位と権力に感謝の念を抱かずにはいられないゴンザレスは、ゆっくりと短くなり、エリナの手元で濡れた刀身が一度分解され、再構成される様を目撃し僅かながら生きながらえたことを確信した。
「へ~ぇ。ならこいつは何なのかしら?」
大きく息を付く暇も無く射るような目でゴンザレスは再び緊張を取り戻し、頭をフル回転させる。
「彼女が此処へと戻った理由は分からない、彼女の任務は銀河旅団を外から監視することだけだった。」
「ふーん・・・。」
新品のようにキラキラと光沢を放つナイフを遊ばせながら、エリナは室内を物色し、言葉の続きを促す。
水星軍諜報部隊の本拠地と言うこともあり、多くの書類やデータチップの保管された棚が並び、秘書官のものと思われるデスクトップPCには電源は入っておらず、エリナはふっとそのPCに薄らと積もった埃を払うように、息を吹きかけた。
「私が銀河旅団の味方なのは間違いない。少なくとも水星軍諜報師団は雨宮殿の敵に回ることは無い。」
寧ろ家族総出で協力しているとすら言える状況も在って、ゴンザレスの言葉には力があり、淀みない。
「娘と母を抱えるそちらと事を構えるなどあり得ないのだよ、少なくとも私個人は・・・な。」
「そう。バーバラさんもイントたんも、銀河旅団の為によく尽くしてくれているわね。」
エリナは棚の一つから銀河旅団の資料を抜き出し、紙の媒体を確認していく。
「よく調べられている方よね。外からの情報にしては。」
エリナから発せられる吐き気を催す程の殺気が形を潜め、漸くゴンザレスは大きくため息をついた。
服の下にはじっとりと汗を掻き、可能であるならば今すぐにでも脱いでしまいたい衝動を抑え付け、改めて自己分析した現状をエリナに報告する。
「彼女は恐らく、銀河旅団と言うものをまだ良く理解していないのでは無いかと私は思う、泳がされている事位は気が付いて欲しかったが、其処はそちらの方が何枚も上手だったと言うことだろう。」
「それは当然よね、で、これからどうするのかしら?」
ゴンザレスは数瞬考えを巡らせた後、デスクに備え付けられている端末を操作し、一つのデータチップをエリナへと渡した。
「これは?」
「この艦のこれからの運航スケジュールと、クロスチャーチルに関するデータが入っている。」
エリナはそのデータチップを手に取り分解した。
「・・・。」
突如暴挙ともとれる行動に出たエリナを愕いた表情で見つめるゴンザレスは、その自分の考えが彼女達にとって意味の無いものであることを悟り、目頭に手を当て頭の中を整理する。
「データの転送は完了よ、貴方はもっとナノマシンと銀河旅団のことをよく知る必要がありそうね?」
「どうやらそのようだ。我々はこれからパトロール大隊と合流し『掃き溜め』へと向かうつもりだ。」
「成果を掠め取るつもり?」
「そんな事出来はしないだろう。私が憂慮しているのは、奴らが掃き溜めから外に散ってしまうことだ。大隊規模の艦隊があればその心配も限りなく少なくなる。」
「撃ち漏らすこと何て無いわ。」
「そうだとしても・・・だ。」
組織の面子だとかそういう事では無く、自身も情報を手に入れる、只それだけの為に一軍を動かす。ゴンザレスはそう言う人間だった。
「戦闘に参加する事など出来はしないだろう、だがそこに居る事で多少の意味はあると言う事だ。」
「まぁ参戦出来ればそれはそれでいい事だが。」と、これからの事について考えを巡らせるゴンザレスは、席を立ち床に転がるラーアミの首元に手を当て脈を測る。
「そんな事しても意味は無いわ。銀河様から無駄に殺す事の無いようにキツく言われているもの、失血性のショックで気を失っただけよ。」
「そうか・・・。」
「そもそも銀河旅団のクルーとして使う事が決まった彼女は、早々簡単に死んだりしないわ。」
「ふむ・・・。」
「で、なんだけど。」
ゴンザレスはラーアミの腹に手を当て、赤く濡れた血を拭い去るように手を動かしたエリナの手元を見て、驚きに染まる。
「彼女はこのまま水星軍に居ても良いのかしら?それともクビ?」
ラーアミの傷口は愚か、その出血によって作った衣服のシミでさえ消えて無くなった事に驚きを隠せないゴンザレスだったが、直ぐに平静を取り戻し彼女のこれからについて考える。
(ハッキリ言って此方に情報を流してもらえるならそれが一番なのだが・・・。)
「雨宮殿に伺いを立てるべきなのだろうが、此方としては彼女に銀河旅団とのパイプ役を担ってもらいたいと思っている。」
「うーん。」
エリナは雨宮の性格を思い返し、そんな事をする必要性があるかと考える、恐らく雨宮ならイントの父親である彼に対して必要な情報を与える事に躊躇いは無いだろう。そう思うのだが、繋がりを感じる明確な何かが有れば、その心中も穏やかだろう。
「ハッキリ言って必要ないとは思うのだけれど、それでいいんじゃ無いかしら?ただ・・・。」
「うむ、必要以上に此方の人員と接触させないようには配慮する・・・と言うより命じておけば彼女はきちんと行動するだろう。」
「ならそれで行きましょう、銀河様もそれでいいと仰っているわ。」
「成る程、ナノマシンによる超空間通信ですか。」
「よく分かるわね?」
「過去の資料にそう言った類いのモノがありましてな。」
「銀河様が欲しい時に出せるように準備しておいてくれる?」
「承知した、貴方はこれからどうなされますか?」
「そうね・・・帰るわ。ここには彼女を置いていくし、私が居る必要は無いもの。」
「彼女はこれからどういう扱いにしましょうか。」
「今迄通りで良いんじゃ無い?軍で仕事があれば押しつけても良いし、こっちで要る時は無理矢理にでも戻らせるし、ただ・・・。」
「はい。必ず全てそちらに報告させます。」
「それでいいと思うわ。じゃ。」
必要なやりとりを済ませた後、掻き消えるように消え去ったエリナを見送り、ゴンザレスはシートに崩れ落ちた。
「ふぅーーーーー。生きた心地がしなかったわ・・・。」
未だ目を覚ます事無く気を失ったままのラーアミをそのままに、水星軍諜報師団は『掃き溜め』へとその駒を進めていく。
エリナ・甲賀 ウルテマヒューマノイド(超人種) 七番艦マギア・ジェドイレーサーユニットNo2
アトレーティオ4襲撃の際にどさくさに紛れて艦内へと侵入しようとしたが失敗、ラピスに設置されている光学攻性防壁に寄って意識を失って居る間に捕縛され、雨宮によって再構成される。
地球がまだ生きていた頃から続く古流忍術の宗家に産まれ、免許皆伝の実力を持つ忍びとして裏社会を暗躍し、情報屋として生計を立ててきたが、その情報を仕入れる為にラピスへと潜入する事を試みたが前述の通り失敗、逆に知っている情報を全て吐き出す事になった。
ハイパーヒューマノイドの上位種であるウルテマヒューマノイドとしての実験の為に、再構成され存在情報の全てを雨宮に寄って保存される。
その後自由を失う事になる恐怖に負け、雨宮を攻撃しようとするもござるに寄って阻止され、眷属クルーによって再教育される。
ロペ曰く「ちゃんと餌を与えていればなつく。」
再教育が功を奏したのか以降雨宮に心酔する程の態度に切り替わる。
彼女自身は三食昼寝付きの職場で働く事に対して憧れを抱いていたようだが、現実は程遠くフリーランスの情報屋は実力と収入が釣り合う反面、時間が無く、目の回るような毎日に辟易していた。そんな日常を過ごす間に、自由に対する人一倍の憧れを抱くようになり、人生の目標が定まらなくなっていた。
そんな折りに銀河旅団によって捕らえられ、物の見方が百八十度変わるような体験をすることによって、考え方の根本が変化、雨宮について行くと面白そう。
そんな思いから元々人が好きな彼女は、雨宮に事ある毎に雨宮にちょっかいを出してははたき倒され、次第に心が近くなっていくことに気が付いた。
趣味はネットサーフィン、好きな食べ物は極厚ステーキ。
情報収集の合間に偶然発見した火星帝国のステーキ専門店にて、自らの食に関わる大発見をしてしまった彼女は、その店に通いたいが為に月から火星へと移住し、家を飛び出した。肉汁の滴る厚さ八センチもの天然牛の極厚ステーキ、一般庶民では年に一回口に入れる為に半年は絶食しなければならない程の超高価な贅沢品。
しかし彼女はその熱意と実力を持って月に一度は店に足を運び、その幸せを堪能していた。




