押し掛けマスクガール
十月下旬、日曜日。 快晴。
珍しく今日はまだ親友の空は訪れていない。
いつもなら朝の一〇時頃には勝手に上がり込んで来る頃なのだが、何を考えているのか、今日はまだやってこない。
別に大地は寂しいとは思っていなかった。
毎週、毎週勝手に上がり込んでは世間話や理解出来ない言動を好き勝手に吐き散らかしては帰っていく。
たまにはこう言った一人の時間が大地にとってはとても有り難いことであった。
さあ、今日は思い切り一人でハイになってやるぜ!
一人心の中でテンションを上げたその時、家の呼び鈴が鳴った。
その瞬間、空の顔が思い浮かんだのだが今までの彼の行動を振り返るとわざわざ呼び鈴を鳴らして畏まった感じで訪れることはまず有り得ない。
では、いったい誰なのだろうか?
自分の知り合いを思い出して来客を予想する。
いや、もしかしたら母の客なのかもしれない。 きっとそうだろう。
そう思って大地は自分の部屋にある椅子に座ろうとした時、一階から自分を呼ぶ母の声が耳に入ってきた。
まさかと思い、大地は嫌な予感を覚えるも重い足取りで玄関へと向かった。
その途中、すれ違う母がほくそ笑みながら「アナタも隅に置けないわね?」と言って横を通り過ぎて行った。
どう言うことだ?
大地はその言葉を理解出来ないまま玄関の扉を開いた。
「ハロー、大地」
そこにはいつぞやの仮面少女、レベッカ・ブラウニーが白いワンピース姿で手を振っていた。
まさか、再び彼女と出会う事になるとは……。
「何しに来た?」
大地の問いにレベッカは「以前助けてくれた借りを返しに来たのよ」と腕を組んで胸を張った。
「別に返さなくても良いのだが?」
「それだとミーのプライドが許さないわ」
彼女の言葉に「面倒臭い性格をしているな」と大地は心で思った。
しかし、理由はどうあれ、折角自分の為にわざわざ足を運んでくれたのだ。 ここで「別に良いよ」と言って返すのもどうかと大地は感じた。
考えて待たせるのも癪なので、「どうぞ」とレベッカを家に上がらせた。
自分の部屋に移動し、床に敷いている座布団に彼女に座らせ、それに向かい合うようにもう一枚の座布団に大地が座る。
「そう言えば、よくここが俺の家だと解ったな?」
開口一番に、疑問に思った事を述べると彼女に「空から教えて貰ったのよ」と返された。
「空と知り合いなのか?」と少し驚愕しながら大地が聴くと「彼とはよくホームパーティで会うのよ」とレベッカはさも当たり前の様に返した。
ますます大地の中で親友の謎が深まる。
もしかしたら彼を知らない人間なんていないのではないのか?
そんな事を考えていると不意にレベッカから「大地は何をして貰いたい?」と聴かれた。
「考えてないのか?」と大地が苦い笑みを浮かべると「余り男性とは関わらないからね」とレベッカは言った。
何をしてもらうか大地は思考を巡らせると不意に彼女の特撮ヒーローの仮面が目に入った。
そう言えば、彼女の素顔を見た事が無い。
どんな顔をしているのだろうかと気になった大地は「仮面を……」と口にした瞬間に「断る」とレベッカに一刀両断された。
ですよね、と思いつつも大地は「何故、ヒーローの仮面をつけているんだ?」と聴いてみると「それは……」と彼女の雰囲気がどこか重たいものへと変わった。
それにより、マズい事を聞いてしまったのではと感じた大地は「すまない、気にしないでくれ」と口にすると彼女に「良いの、言わせてちょうだい」と返された。
「ミーは子供の頃、よく男の子たちにイジメられていたの。 悔しさで泣いていた頃、パピーに見せて貰ったジャパニーズヒーローのビデオがきっかけだったの。 『いつかこんな弱気人を助ける強い(ストロング)なヒーローになりたい』って」
そうか、だから仮面を被っているのだな……。
彼女の被っている仮面の秘めたる思いに、大地は少し心を締め付けられる様な感覚を覚えた。
「いつかその仮面を自ら外せる時が来ると良いな?」と言う彼の言葉にレベッカは「そうだね」と微かに笑うのだった。
それから、大地は以前の借りを返してもらうと言う事でレベッカに今日一日、母の家事の手伝いをしてもらった。
午後一七時を回り、大地はレベッカを玄関まで送る。
「本当に送らなくて良いのか?」
「イエス! 住まいはこの近辺だから時間は掛からないよ」
彼女はそう言って「大地」と彼の名前を呼び、目を合わせる。
「今度は休み時間の時に遊びに来るね」
その言葉に大地は「ああ、良いぞ。 きっと他の奴らも喜ぶ」と口元を横に広げた。
望み通りの答えが返ってきたことでどこか満足した彼女は「シーユー!」と手を振り帰路へと着く。
明日からまた騒がしくなるな、と大地はレベッカの後ろ姿を見て微笑を浮かべるのだった。




