サムライボーイ
一月某日。 快晴。
大地は凄く困り果てていた。
彼の目前には剣道の胴着を来た一人の男子生徒が綺麗な土下座をしている。
そのせいで、クラス中の視線が大地に集まっている。
「大地殿」と少年は頭を上げ、言葉を続ける。
「拙者を、どうか貴方様の下臣にして下さい!」
「断る」と彼のお願いをバッサリ切り捨てる大地。
沈黙が走る。
暫くして「大地殿、拙者をどうか貴方様の下臣にして下さい!」と再び頭を下げる侍もどきに「人の話聴いてた!?」と大地はツッコんだ。
「そもそも何故、大地なんだ?」と空の質問に、少年は「それは、つい昨日の出来事がきかっかけだったのです……」と記憶を掘り起こし始めた。
放課後、自称侍、宮本一騎が帰路についている途中、ある集団が目に入った。
一人の気の弱そうな少年が、少数の不良に絡まれていた。
大方、気弱な少年から金を巻き上げる魂胆であろう。
一騎は生真面目で正義感の強い漢だ。 すぐに、その群へと駈け込み一人の不良の腕を掴み、投げ飛ばした。
投げ飛ばされた不良は腰から地面に着地し、「痛ぁっ!?」と悲痛の声を上げる。
「何だテメェは!?」
不良が声を荒げながら聞くと、宮本はキッ! と社会の吹き溜まりたちを睨みつけながら「貴様らの様な愚者に名乗る名など無い!」と発し、竹刀袋から一本、竹刀を抜いて構える。
「弱い者イジメは武士の恥! その性悪根性、叩き直してくれるわっ!」
でやぁっ! と一騎は不良たちに竹刀を振るう。
向かってくる敵の攻撃をかわして面! 胴! 籠手! と叩いて圧倒した。
一騎の力によって戦意を喪失し、不良たちは竹刀で打たれた所を抑えながら腰を下ろした。
フンッ! 一騎は竹刀を収めようとした時、「ちょっと、君!」と不意に声を掛けられた。
声の方へと視線を向けるとそこには警察官が犯人を見るような目で一騎を見ていた。
「おお! これはこれは警官殿。 見回りご苦労様です」
一騎が警察官に頭を下げると「ご苦労様じゃない。 君、今何をしたか解るかい?」と問いかけられた。
「何って、悪から弱き者を助けたまでです」と堂々と言い切る一騎に「その『弱き者』なんてどこにも見当たらないけど?」と意外な答えが警察官の口から返ってきた。
そんな馬鹿な、と一騎は先程、不良たちの方へと向くが、そこにはイジメられていた少年の姿は無かった。
あるのは自分が武力で抑えた不良たちだけ。
一騎は頭から血の気が引く感覚を覚えた。
心なしか、頬には一粒の冷たい汗が伝った。
不良たちはこれを好機と見たのか、「お巡りさん! 助けて下さい! コイツ、俺たちを見るなり、急に竹刀を振り上げて襲って来たんです!」とウソ泣きを演じる。
それを聞いた警察官は一騎に肩に手を置いて、「少し署に来て貰おうか?」と言って連行を始める。
嗚呼、これが現代社会の現実か。 人を助けたと言うのに犯人に仕立て上げられ、連行される。 日本は変わってしまった。
初めて人を助けた事に後悔を覚えたその時、「待てよ」と言う声が耳に入った。
警察官はピタリと止まり、声の方へと振り向くと、そこには西野大地がポケットに両手を突っ込んで立っていた。
一騎は彼の事を知っていた。
自分が通う私立橘高等学校の生徒、イカした二人組の内の一人。
黒い長髪、華奢な身体つきから遊び人の様に見えて一騎の中ではあまりよく思っていない人物。
「何だね?」と警察官が聴くと、大地は「そいつは何も悪い事はしてない。 ただ虐めらえれていた少年を助ける為にそこにいる不良たちを制裁した、と言う真実を伝えにきた」と答えた。
その言葉に警察官は目を丸くすると同時に不良たちの方へと目を向けると、彼らは蜘蛛の子供の様にバラバラに逃げ始めた。
それを「待ちなさい!」と言って警察官は追いかけていった。
大地はフンッ! 鼻息を吐くと共にその場から立ち去ろうとした。
「待たれよ!」と一騎が言うと大地は進めようとした足を止め、彼の方へと振り向いた。
「何故……、拙者を助けたのだ……?」
一騎のその問いに、大地は口を横に広げ、「困っている人を助けるのに理由なんているか?」といつかの正義の味方が言った言葉を借りてその場から立ち去った。
その後ろ姿に一騎は心打たれたのだった。
「で、その借りを返す為に大地の下臣になりたいと」と言う空の言葉に一騎は首を縦に振る。
「ふ~ん。 良いんじゃないか? 大地、下臣にさせてやれよ」
空のその言葉に「何でだよ!?」と大地が叫ぶ。
すると空は大地の肩に腕を回し、「良いか? コイツはお前の意外な優しさに惚れたんだ。 その気持ちを踏みにじるのは酷ってもんだ」と言い聞かせる。
その姿に大地は「で、本当は?」疑いの眼差しを向けると「面白そうだから!」と空が親指を上げながら答えた。
それにより深い溜息を吐き頭を抱える大地。
「良いんじゃないか? 大地、下臣にさせてやれ」と月華が口にした。
陽子も「うんうん!」とそれに賛同する様に首を縦に振った。
えぇ……、と大地は困りながら正座をしている一騎を見る。
彼のその黒い瞳はギラギラと輝いていた。
本気なんだな……。
「解った」と大地は折れると「本当ですか!?」と一騎は彼に顔を近づけて聴いた。
その気迫に押されながらも「あ、ああ。 宜しくな」と大地は言った。
すると一騎は新しい玩具を親から買って貰った子どもの様に頬を緩め、「宜しくお願いします! 殿!」と頭を下げた。
対して大地は「『殿』はヤメロ」と苦い笑みを浮かべるのだった。




