第28話:部活動の選択と、身体能力の制限解除
第3章:【潜伏編】インターネット黎明期の覇王と歪んだ未来の修正
第28話:部活動の選択と、身体能力の制限解除(1995年7月・夏・12歳・中1)
激しい雨が上がり、ぎらぎらとした真夏の太陽が宮崎の鋭い日差しをアスファルトに照り返している。
放課後のチャイムが鳴り響く校舎の片隅で、武道場の古い床板は、籠もった熱気と共に独特な木と汗の臭いを放っていた。
鈴木雄大は廊下の喧騒を無言で見下らしながら、バインダーを挟んだ左手にわずかに力を込めた。
バキリ、と硬いプラスチックが軋む音が鳴る。
前世の修羅の記憶が脳細胞へ同期したことで、脳が肉体に課していた安全弁としてのリミッターが、静かに外れようとしていた。
人間の筋肉は、平時においては骨や腱の破壊を防ぐため、その出力の数割しか発揮できないように制限されている。
しかし、未来の解剖学的な神経伝達理論を完全にトレースした雄大の肉体は、自らの意思でその制限をミリ単位で解除し、神経系の電気信号を爆発的に増幅させる術を掴みつつあった。
不意に背後から迫る気配を、皮膚の産毛が捉える。
「おい鈴木、まだ悩んでんのか。男なら柔道部か剣道部一択だろ。先輩たちもめちゃくちゃ強えぞ」
クラスで一番体格のいい佐藤が、にやつきながら肩を叩こうと手を伸ばしてきた。
雄大は振り返ることもなく、ただ足底の重心をわずかに移動させ、上半身の軸を数センチだけ滑らせた。
肉体の制限を解除された駆動系は、佐藤の突進に対して完全に先手を取る速度で反応していた。
空を切った佐藤の手が、所在なさげに空間を彷徨う。
雄大は、その無防備な構えと力任せな筋肉の付き方をフラットな一瞥で捉えた。
「いや、どちらにも入らない」
「あ? なんでだよ。お前、背も高いし絶対に素質あるって。ビビってんのか?」
「練習の効率が悪すぎる。無駄に関節を消耗するだけだ」
淡々とした標準語のトーンに、佐藤は一瞬だけ気圧されたように口を濁した。
「こ、効率って……部活だぞ。まあいいや、俺は先に行くからな」
佐藤が足早に去っていくのを見送りながら、雄大は視線を武道場の奥へと動かした。
そこでは竹刀が激しくぶつかり合う音と、顧問の怒号が響き渡っている。
旧時代的な根性論と非科学的なしごきの温床。
発展途上にある12歳の骨格を、そのような無意味な摩擦で痛めるリスクは完全に排除すべきだった。
「鈴木、入部届はもう決まったか。出さないと上に報告できないんだが」
職員室の入り口で、学年主任の教師が厳しい視線を投げかけてきた。
「今、書き終えました」
「ほう、どこにするんだ。お前の体躯なら、どこの運動部でも歓迎されるだろうが」
「帰宅部です。入部届の『所属しない』の欄にチェックを入れました」
教師は意外そうな顔をして、用紙に目を落とした。
「帰宅部か? なぜまたそんな選択を。格闘技や球技には興味がないのか」
「学校の外にある、古流武術の道場に通うためです。日本の伝統的な身体操作を専門的に学びたいと考えています」
「……古流武術か。学校の部活ではなく、外の道場でやるというわけだな。まあ、本人が決めたなら文句は言わん。寄り道せずにまっすぐ通えよ」
受け取った入部届にハンコを押し、教師はそのまま職員室の奥へと引っ込んでいった。
一人になった廊下で、雄大は静かに息を吐いた。
形式的な在籍すらも排除した完全な放課後の自由を確保する。
他者の管理下で無駄な時間を浪費するフェーズは、とうに終わっていた。
この学校という空間すらも、自らの進路を組み立てるための精巧なアリバイに過ぎない。
制服の胸ポケットの奥で、神のスマホがかすかな熱を帯びたような錯覚を覚えながら、雄大は静かに階段を降りていった。




