第13話 有埜聖士郎②
それは例の、聖士郎を主人公にした作品ばかりが投稿される小説サイトに現れた。
昨今の小説サイトは、閲覧数や読者によるポイント制で厳しくランキング付けされている。芸能人でもない個人を扱ったものなので、登録ユーザーは千人にも満たないようだが、毎日のようにランキングが更新されるシステムは、このサイトも例外じゃない。
そんなサイトの日間ランキング上位に、どういうわけか〝母親〟に関するタグが付けられた作品が出てきたのだ。内容もどこかで聞いたような話だ。
最初は偶然かと思って、聖士郎の耳に入らないよう話題に出さないでいたが、さらに数日が経つと、日間週間ランキングの上位を同じような題材の作品が占めるようになった。
それだけじゃない。死に別れた兄や姉が登場する作品まで出てきた。
これを偶然で済ませていいのか。
いいや、偶然で『中絶から始まる異世界転生』なんて、くそみたいなタイトルの作品が出てくるわけがない。疑いようもなく、聖士郎から聞いた話が使われている。
これを知っているのは、聖士郎の身内を除けば俺と睦琴、そして…………遊佐だけのはず。
小説サイトの異常を俺に報告してくれたのは睦琴だった。睦琴は違う。
勘違いであってくれと祈りながら、聖士郎のいない所で遊佐に「気を悪くしないでほしい。何か知っていることはないか?」と極めて控えめに尋ねた。
その時の、遊佐の嬉しそうな台詞と表情を、俺は一生忘れない。
「凄くない!? 超バズっちゃった!」
一言一句、聞き漏らすことなく耳に入ってきたのに、すぐには意味を理解できなかった。
理解が追いつくのを待たず、遊佐は、やれポイントを稼ぐためのコツだの、やれ情報収集の苦労だの、自分の偉業に至るまでの過程を嬉々として語り出した。
こいつは何を言ったんだ? 何を言っているんだ? 何をしたかわかっているのか?
遊佐は己の行いをあっさり認めたのに、信じたくなくて、視界がぐるぐるとうねり出した。
一連の火付け役が、あろうことか、気を許していた数少ない友人だったなんて。
聖士郎に、どう説明すればいい。
事は既に遊佐の手を離れ、拡散されてしまっている。遊佐の書いた小説を削除したところで解決にはならない。「なんて馬鹿なことをしたんだ……」と頭を抱えるしかできなかった。
それに対し、遊佐は明らかに機嫌を損ねた。
「ハァ? 馬鹿なことって何? それは不動くんの勝手な意見でしょ? 私は違うんだけど。ていうか、誰にも言っちゃダメなんて言わなかったじゃない」
遊佐の取るリアクションは、その全部が予想外だった。
問い詰めることで、白を切ることも、焦ることも、悪びれることもなく、逆ギレ。
遊佐は黙ってそこにいるだけでも目を引いてしまう。そんな遊佐が語気を荒らげたことで、周囲の意識が俺たちに集まっていった。最悪なことに、その中には聖士郎の姿もある。
「来るなッ!」――そう叫んだが、間に合わなかった。
事態をまだ把握していない聖士郎に、外野の誰かが余計なことをしやがった。
おそらく、小説サイトのユーザーだ。遊佐を指さし、スマホの画面を聖士郎に見せている。
聖士郎の顔が、たちまち青ざめていった。
その様子を見ても、遊佐は自分のしでかしたことの重大さを省みるでもなく、聖士郎の話を聞いた時と同じように微笑んで見せた。
眩暈がした。思えば、あの時の笑顔も慈しみによるものなんかじゃなかった。
あれは、特ダネを見つけたことへの歓喜だ。
遊佐はまるで、舞台役者のように身振り手振りを交えて演説を始めた。
「有埜くん、過去に目を背けて逃げているだけじゃダメなのよ。あなたのためにならないわ。こういう辛い思い出は抱え込まずに、オープンにしちゃった方がいいの」
俺には、それが聖士郎にではなく、観客に向けて語っているようにしか見えなかった。
「私の書いた小説のポイントを見て。これ入れてくれたの、全部有埜くんのファンなんだよ。有埜くんの味方なんだよ。有埜くんは一人じゃないんだよ」
遊佐は瞳を輝かせ、自分の胸にそっと手を添え、ありのままの聖士郎を包み込んであげると言わんばかりに、一方的で、暴力的な善意を浴びせ続けた。
「ちょっと羨ましいな。だって有埜くん、こんなにも愛されているんだもん」
娯楽の対象にされているの間違いだろう。
「あ、そうだ。次に考えている小説のネタなんだけど、有埜くんのお兄さんとお姉さんが本来持って産まれてくるはずだったスキルが、そのままお母さんのお腹の中に残っていたことで、最後に産まれた有埜くんが全部受け継いでいるっていう設定でね――」
聖士郎は吐いた。
「有埜くん、頑張って! 今こそ、過去を乗り越える時なんだよ!」
遊佐はこれを本当に善行だと考えているのかもしれない。うち半分か、もしかしたら思惑の半分以上が自作小説の評価を上げることかもしれないけれど、悪意は欠片もない。
それが本当に気持ち悪い。
無自覚な暴力も、遊佐の演説に傾倒している周りの連中も、気持ち悪くて仕方がない。
ノイズの発信源を黙らせるため、俺は右手に力を込めた。女を殴ってやりたいと思ったのは初めてだ。後で遊佐の信者たちにリンチされようが、構うもんかよ。
遊佐の綺麗な横っ面をはたいてやるため、一歩を踏み出した、その時――
パシッ!
と、俺よりも先に、睦琴が遊佐の頬を叩いた。
「耳障りだ。君はもう喋るな」
「……い、いったぁああああい! 何すんのよ!」
そこからは、もう滅茶苦茶だった。遊佐と睦琴が取っ組み合いになり、遊佐に味方しようとする男子を俺が相手し、教師が駆けつけるまで乱闘は続いた。
後日談になるが、中学では停学という措置がなく、怪我らしい怪我をした奴もいないので、厳重注意の下、翌日から通常の生活に戻った。
大きく変わったことと言えば、件の小説サイトが学校からの働きかけによって閉鎖された。あのサイトが問題ありだと判断し、動いてくれる大人がいてくれたのは幸いだった。
そして、遊佐との関係が完全に終わった。
互いが互いを避けるようになり、あの日以来、一切の接触を持つことなく卒業に至る。
高校は、少し通学に不便さがあるものの、同じ中学からは誰も進学しないところを選んだ。
最後に、もう一つ。
これまでも、母親のせいで女性が苦手だった聖士郎ではあるが、信じていた女友達から酷い仕打ちを受けたせいで、睦琴だけを唯一の例外とし、女なんて見るのも嫌、触れれば蕁麻疹が出てしまうほど生理的に受け付けない。そんな体質になってしまった。
「――――ここは、異世界なのか」
転移の光が収束すると、そこはもう、真っ白な世界ではなかった。
照葉樹が鬱蒼と生い茂り、岩肌にも苔がコーティングされ、一面が緑に包まれた森の中だ。
秋口の風を感じさせる清涼感の中に、はらはらと温かい木漏れ日が降り落ちてくる。
空気中の成分に害はないか。味を確かめるように、少しずつ息を吸い込んでみた。
「……美味い」
マイナスイオンがたっぷり含まれているのか、前の世界よりも心地良いくらいだ。
周囲に危険がないか気を配りつつ、全員の無事を確認する。
もれなく景色の変化に困惑してはいるが、睦琴、川尻、鬼ヶ島、久慈林先生、みんないる。
ただし、一人だけ。聖士郎の姿がどこにもない。
代わりに、見知らぬ人物が一人。
俺だけじゃなく、他の奴らもその人物に気づき、注目していった。
目を……奪われた。
創作物の至るところで乱用されているせいで、逆にチープな表現に成り下がっている感じのするこの比喩を、今ほど強く意識したことはない。一度視界に収めたが最後、縫い付けられたように視線を外せなくなってしまう。
神々しさを凝縮したかのような輝かしい金色の長髪は、どことなく、あの女神を思わせる。
美しいと可愛いを絶妙なバランスで配合――……。
――否。美しさで突出し、可愛さでもズバ抜けている。
本人は転移の際の光で目が眩んでしまったのか、ぐしぐしと目蓋をこすっている。
その何気ない仕草にすら見惚れてしまう芸術性を感じさせた。
俺はおそるおそる、素性不明の人物に、姿の無いあいつの名前を呼びかけてみる。
「………………聖士郎?」
「なんだ?」
「っしゃあああああああああああああああああああ!!」
肯定を示す即レスに対してガッツポーズをとり、俺は空に向かって咆えた。
「何叫んで……って、あれ? オレの声、なんか変だぞ……」
変なものかよ。脳味噌がトロけるかと思うくらい可愛いアニメ声です。
着ていたブレザーはそのままなので、サイズが合っておらず、指先だけが少し覗いている。
それがもう! なんていうかもう!!
「うわっ! なんで髪が伸び、え、金髪!? てか、それより……これ、胸!?」
服の上からでもわかる盛り上がり。あるね。大きくはないけど、間違いなくあるね。
「は、ちょっと、嘘だろ……まさか、まさか、まさか!!」
フェアリーボイスで慌てふためく聖士郎が、自分の股間に手をやった。
既に想像がついていると思うが、俺が聖士郎に指定したスキルは【状態異常無効】だった。
これの副作用は次のとおり。
――見るのも嫌、触れれば蕁麻疹が出てしまうほど生理的に受け付けない姿になる。
もうおわかりだろう。
母親に捨てられ、気の置けない友人だと思っていた女子に裏切られ、女なんて見るのも嫌、触れれば蕁麻疹が出てしまうほど生理的に受け付けない聖士郎がこのスキルを与えられた時、どんな姿に変わるか。
俺はこの可能性に賭けた。
聖士郎の母親は、大人の色気を醸し出す美女の中の美女だった。
当時中学生の遊佐美里は、学校中の男子が憧れる美少女だった。
聖士郎の女嫌いは、容姿に恵まれた彼女たちをベースとしているため、それが転じたのか、見た目が良い女性であればあるほど、より強い嫌悪感を抱く傾向にあったと言える。
つまり、今の聖士郎の外見は、あの二人を足して2で割った―――――どころではなく。
良いとこ取りの集大成。一人一人の美では、今の聖士郎の足元にも及ばないだろう。
まさしく、美しさと可愛さの融合と言っても過言ではない。
十六年間寄り添った相棒の不在を知り、聖士郎の顔がみるみる悲壮感に彩られていく。
「桐春……オレ………………どうなっちまったんだ……」
有埜聖士郎、十六歳。
異世界の地に降り立ち、超美少女となる。
TSです!!




