第55話
「帰還、そして別れ」
村上ガレージに、レイスターが戻ってきた。
コンテナから降ろされた機体は、メイダンの砂をまだ纏ったまま、整備台の上に横たわっていた。装甲の隙間に詰まった砂が、ガレージの床にさらさらと落ちる。それだけが音だった。
麗は、入り口で立ち止まった。
二日間、飛行機の中でも、空港でも、一度も泣かなかった。泣き方を忘れていると思っていた。
だが、ガレージの匂いが、鼻を突いた瞬間だった。
オイルと、鉄と、安物のコーヒー。
ここで何百回、レイスターと向き合ってきたか分からない、あの匂い。
膝から力が抜けた。
その場にしゃがみ込んで、声が出た。
どのくらいそうしていたか、分からない。
義清が隣に来て、何も言わずに肩に手を置いた。亜紀子は入り口の柱に背中を預け、腕を組んで、天井を向いていた。目が赤かった。
健造は、工具を手に持ったまま、整備台の前で動かなかった。
やがて麗は立ち上がり、レイスターの首筋に額を押し当てた。
冷たかった。
胸部装甲を開いた。コア・メダルは、砕ける直前の状態のまま止まっていた。ドバイの砂が、そのひびの一本一本に詰まっている。麗は指先でそれに触れた。崩れなかった。ギリギリのところで、形を保っていた。
「……頑固ね、最後まで」
健造が、静かに言った。
「コアの破壊は、修復できねえ。……レイスターは、もう走れない」
分かっていた。分かっていたが、言葉にされると、重さが違った。
サラブレッドであれば、予後不良。その言葉が意味することを、麗はよく知っていた。
一機のからくり馬が、その生涯を閉じた。
麗はしばらく、コアに手を当てたまま動かなかった。それから、ゆっくりと胸部装甲を閉じた。丁寧に、ロックをかけた。
「……ねえ、親父」
「ああ」
「このまま、ここに置いといていい?」
健造は答えるまでに少し間があった。
「……当たり前だ。このガレージの主は、こいつだからな」
麗は一度だけ、装甲を叩いた。
音が、ガレージに響いて、消えた。
亜紀子がようやく天井から視線を落とし、ガレージの奥を見た。義清は、うつむいていた。
窓の外では、冬の日が傾いていた。




