第50話
「メイダンの深更、魂の同期」
ドバイ、メイダン競馬場。
世界最大のスタンドが放つ眩いLEDの光が、砂漠の闇を切り裂いている。だが、その光の届かない検車区の奥では、各国のエンジニアとジョッキーが、最期の一秒を削り出すための孤独な戦いを続けていた。
フランス勢のピット。
ジャン・ピエールは、不気味なオレンジの装甲に包まれたジャック・オ・ランタンのハッチを開け、冷却水の循環音を聞いていた。
「……いい子だ。喉が渇いているんだね、メイダンの砂に」
ピエールは自身の脳内チップと機体を同期させ、出力を微調整する。
「麗……最高の死に顔を見せてくれよ。君の泥が、僕の炎で結晶化する瞬間をね」
村上ガレージのピットには、他国の派手なセッティングとは無縁の、厳粛な沈黙があった。
麗はレイスターの操縦席に深く沈み込み、メインシステムをスリープ状態にしていた。
「……聞こえるわ、レイスター。あんたの心臓が泣いているのが」
指先がコンソールに触れる。
モニターの隅で赤く点滅するのは、コアの亀裂を告げるアラートだ。ドバイの乾燥した空気がコアの冷却を妨げ、ひびをじわじわと広げている。全速で走れば、コアそのものが物理的に粉砕しかねない臨界状態にある。
「麗、これをつけろ」
健造が差し出したのは、無骨なバイパス・プラグだった。
「リミッター解除と同時に、コアの全熱量を一気に駆動系へ流し込む。……ただし、戻り道はねえ。ゴール板を越えた瞬間、こいつの脳も、心臓も、全て焼き切れる。……まさに心中だ」
麗は躊躇なく、そのプラグを受け取った。
「心中……。いい言葉ね。あたしとこいつに、相応しいわ」
最終調整を終えた鉄塊たちが、続々とパドックへと這い出してくる。アメリカのパワー自慢、地元の王宮の駿馬、そして凱旋門を蹴った狂いし騎士、ジャック・オ・ランタン。
その最後に、漆黒の装甲を夜に溶け込ませたレイスターが姿を現した。
一歩、足を踏み出すたびに、ひび割れたコアから微かな軋みが漏れる。だが、その一歩一歩が、メイダンの砂を確実に踏みしめていた。
「さあ、始めましょうか、レイスター」
麗はバイザーを下ろした。
視界の端で、日本の義清と亜紀子が見守るライブ映像が揺れていた。
月が天頂に達し、メイダンにファンファーレが鳴り響く。




