第22話
「帝王の帰還、覇王の網」
東京競馬場、芝二千四百メートル。ジャパンカップ。
秋の午後の光が、世界中から集まった鉄塊たちの装甲を不気味に照らし出している。
パドックの視線は、一点に集中していた。
漆黒の装甲をさらに研ぎ澄ませたレイスター。
菊花賞を制し、全身から黄金の火花を撒き散らすルナティック。
だが、その二頭を遮るように、一台の優雅な機体がゲートへと進む。
「……戻ってきたよ。この、風が止まる場所へ」
ジョッキー、岡部孝雄。
愛機『ラストエンペラー』。モデルは、度重なる骨折を乗り越え、一年ぶりのぶっつけ本番で有終の美を飾った伝説の帝王。
度重なる故障と長期離脱。絶望の淵から這い上がったその脚部は、かつての「バネ」以上のしなやかさを取り戻していた。
「岡部さん。あなたの走りは、もう古い。……今の競馬は、演算と狂気で回っているんだ」
財前巌が、黄金のバハムートを横に並べる。
その背後には、ジャミルのアイアンエクリプスが、影のように控えている。
財前は、もはや負けを許されない。彼はこのレースのために、かつて「世紀末の覇王」がそうしたように、全出走馬を絶望的な「包囲網」で飲み込む戦略を練り上げていた。
ゲートオープン。
先頭を行くのは、やはり財前。だが、いつもと違うのは、その圧倒的な「威圧感」だ。
ジャミルのエクリプスが二番手で蓋をし、その後ろを海老原のダークランサーが、まるで死神のように隙を伺う。
麗のレイスターは、中団で「クロフネ・プロトコル」のタイミングを計っていた。
だが、財前の包囲網は、麗の加速ラインを完璧に予測し、数センチ単位で潰してくる。
「っ……! 進路が、開かない!?」
麗が焦る。
一方、大外からすべてをなぎ倒そうとする亜紀子のルナティックに対し、海老原が老練な進路取りで「影の壁」を築く。
「……若者よ。ここが、本物の『王道』の入り口だ」
第四コーナー。
財前がリードを広げる。
ジャミルが、麗のインコースを体当たり覚悟で塞ぐ。
もはやこれまでかと思われた、その瞬間。
「――跳べッ、エンペラー!!」
最後方付近から、一筋の「青い稲妻」が弾けた。
岡部孝雄のラストエンペラー。
他の機体が芝を粉砕し、熱を撒き散らす中、エンペラーだけが、重力を忘れたような「テイオー・ステップ」で群衆の隙間をすり抜けていく。
財前の包囲網、海老原の影、麗の執念。
そのすべてを嘲笑うかのように、帝王は最も美しく、最も残酷な「復活」のドラマを描き始めた。
「……見せてやるよ。一度折れた魂が、どれだけ鋭く光るかをな!」
直線。
覇王・財前と、帝王・岡部。
そして地獄から這い上がった鉄屑・麗。
三つの異なる「魂」が、府中の坂を駆け上がる。




