31話 信じてほしい
内海さんが出て行ってからすぐに家のインターホンが鳴った。
もしかして、内海さんが戻ってきたのかな……?
モニターで確認すると、息を切らせた華が映る。
「あれ、どうしたの?」
『お兄ちゃん、今誰かいる?』
華は息も絶え絶えに、肩を上下させ、額にはべっとりと汗が浮かび前髪が張り付いている。
切羽詰まったようすに感じ、まずは家に上げることに。
「とりあえず、入っておいでよ」
華が連絡も無しに訪ねてくることなんてなかったので、不思議に思いつつ玄関の扉を開けると、華は俺を押しのけて家に入ってきた。
部屋の中を見渡し部屋に誰もいないことがわかると、今度は俺のほうに厳しい視線を投げかける。
「お兄ちゃん、唯夏ちゃん来なかった?」
「……来なかったよ」
華に会わないでと釘を刺されたにも関わらず、内海さんと会ってしまったことが後ろめたくて、思わず嘘をついてしまった。
「そっか、よかった」
懸念していることが杞憂に終わったのか、華はホッと胸を撫で下ろす。
ますますもって本当のことを言えなくなってしまった。
ただ会ってただけじゃなく、俺は内海さんと身体を重ねる直前までいったんだから。
「あー、走ったから喉が乾いちゃった。お兄ちゃん、お茶貰うね」
キッチンに向かった華が、シンクに置かれたコップを凝視する。
そのコップを震える手で掴み、目を見開いた。
「お兄ちゃん、なんで、嘘つくの……?」
「え、嘘って……」
「唯夏ちゃん、本当は来たんでしょ?」
……どうして、わかってしまったんだ。
確かにあのコップは、内海さんが使用したものだ。だとしても、俺が洗い物を溜めた可能性だってある。
「コップに、口紅ついてる」
しまった、なんて単純なことを見落としていたんだ。
こんなことならさっさと洗えばよかった。
華はずかずかとベッドの方に歩みより、入念に何かを確認し始めた。
「……髪、落ちてる」
華の呟きに、背筋を冷たいものが走り、爪の先まで血の気が引いた。
「……お兄ちゃん、唯夏ちゃんとエッチしたの?」
「待って。信じられないかもしれないけど、内海さんとはエッチしてない」
「あはは……。お兄ちゃん、なんで嘘をついたの? してないなら隠す必要なんてないじゃん」
至極真っ当な意見だ。
なにもやましいことなんてないなら素直に言えるだろう、と。
後ろめたいことがあったから隠してたんでしょう、と。
髪を摘まみながら引き攣った笑みを浮かべる華だが、俺にはその表情が笑っているように見えない。
どちらかというと、泣きそうなのを必死に堪えているように見える。
もしくは怒りを堪えているのかもしれない。。
好きだ、と告白したにもかかわらず、浮気をしたんだから当然だ。
「あはは……」
華の乾いた笑みが、静かな室内に虚しく響く。
その声がゆっくりと消えたとき、華の目尻から涙がポロポロと零れだした。
笑顔は崩れ、顔をくしゃくしゃにしながら大粒の涙が頬を伝う。
「やだよぉ……お兄ちゃんまで、私を否定しないでよぉ……」
俺の胸に飛び込み、力一杯抱きしめてくる。
「なんでもするから私を捨てないで! 浮気してもいいから、酷いことしてもいいから、私を否定しないで!」
シャツが華の涙で濡れていくのを感じながら、俺は嘘をついてしまったことを後悔した。
小さいときに華を守るって誓ったのに、今俺がやっていることはどうだ。
真逆のことをしているじゃないか。
「ごめん。本当のことをいうと、内海さんとキスはしてしまったけど、エッチはしてない」
「ほ、んとう……?」
「うん。俺は華が好きだからって断ったんだ」
「……信じていい?」
「信じてほしい」
「……うん。お兄ちゃんを信じる」
こんな妹の姿を見たくなくて、ずっと守るって誓ったんだ。
「ずっと、ずっと私のそばにいてね」
「もちろん。俺はずっと華のそばにいるから」
華の背中に手を回し、ゆっくり抱きしめる。
震える背中が静まるまで、その背中を優しく撫で続けた。




