25話 ほんとうによかった
喫茶店を満喫した俺たちは、映画館に場所を移した。
今話題の映画を見終わり、劇場から吐き出されるお客さんの流れに身を任せていると、隣では内海さんが唇をすぼめていた。
「なんですかあれ。あんな終わり方ってあります!?」
どうやら映画の結末に納得がいってないらしい。終始不満を漏らしている。
「俺は好きだけど、賛否が別れる終わり方だったね」
「あたしは納得いきませんー」
俺たちが観た映画は、主人公とヒロインが世界滅亡に立ち向かうという流れで、最後に、ヒロインか世界を取るかで、主人公はヒロインを選んで締めくくった。
結局、世界は滅亡はしなかったが、ヒロインを選んだことで様々な犠牲が出てしまい、それでも主人公とヒロインは幸せになろうという話。
「いや、あれはないです! 物語なんだから、そこは主人公とヒロインは世界を救って、みんなハッピーエンドでいいじゃないですか!」
どうやら内海さんはハッピーエンド至上主義のようだ。
俺としてはあんな感じのビターエンドも好きなので特に不満はないが、賛否が分かれるのも納得できる。
「あの二人は自分が幸せになればそれでいいんですかね。周りを犠牲にした幸せに意味があるんですかね」
「どうだろうね」
世界を取るか、ヒロインを取るか。
よくあるストーリーだが、ヒロインを取った主人公の気持ちも理解できる。
それだけ主人公はヒロインのことが好きだったんだ。
世界中から二人の関係を否定されても、犠牲が出たとしても。
「最後の映画はあれでしたけど、今日は付き合ってもらってありがとうございます。すっごく楽しかったです」
少し歩いて人通りがまばらな道で、内海さんは振り返った。
笑顔が眩しくて、直視するのが辛いくらいに。
「先輩って、付き合ってる人いますよね?」
唐突に、内海さんが笑顔のまま、俺が隠していたことを暴いてきた。
「先輩の家に行ったときに、トイレ借りたじゃないですか。洗面台に歯ブラシが二本、置いてありましたよ」
そうか、内海さんは華が置いてあった私物を見てしまったんだな……。
だから俺が付き合っていることを見抜けたのか。
今までそのことを隠し、こうして内海さんとデートしている後ろめたさから俺は口を噤んでしまう。
なにも言えない俺に、内海さんは鋭利な言葉で刺してくる。
「あれ、彼女さんのですよね? 他にも化粧品とか置いてました」
内海さんの視線が鋭くなる。
「あたしのこと、遊びだったんですか?」
「……いや、違うんだ」
「あはは、わかってますよ。ちょっと意地悪なこと言っちゃいました。先輩がそんな人じゃないってわかってますから」
「その、実は……付き合ってるかどうか微妙な感じで。向こうの気持ちもわからないし、別れた方がいいってわかってるんだけど」
華との関係は、さすがに教えられない。
だから、こんな風に曖昧なことしか言えない。
「先輩は、まだ彼女さんのことが好きなんですよね?」
「……うん」
内海さんが帽子を少し目深に被りなおした。
「駄目じゃないですか。まだ好きなら、ちゃんと話し合わないと」
「ほんと、ごめん」
俺は頭を下げて、内海さんに謝罪する。
本当に最低なことをしたと思っている。華に気持ちが残ってるのに、内海さんの気持ちを弄んで。
「あたし、怒ってないですよ。でも、いまだにここにいる先輩には怒ってます」
「どういうこと?」
「彼女さんとちゃんと向き合って、気持ちを伝えてくださいってことです」
帽子を深く被っているため、内海さんの表情が見えない。
微かに見える口元は、白い歯を見せて笑っているように見える。
「ほら、いつまでもこんなとこで浮気してないで、彼女さんのところに行ってください」
内海さんは俺の背中をぐいぐいと押してきた。
「先輩、ちゃんと仲直りしてくださいね。それがあたしに対する謝罪ですから」
「……うん、ありがとう」
内海さんの言葉に押されて、俺はその場から駆け出す。
今すぐに華に会って、ちゃんと気持ちを伝えるために。
※ ※ ※
走り出した先輩の背中が見えなくなるまで、あたしはずっと手を振り続けた。
先輩は一度も振り返りもせずに、真っすぐに駅まで向かった。
……振り返ってはくれないか。ま、そうだよね。
もしかしたら、ちょっとはあたしに気持ちが残ってるかもって淡い期待しちゃった。
「あー、あたしってほんっと馬鹿だなー」
どうして好きな人の恋を応援してるんだろう。
「しょうがないか。先輩には、付き合ってる人がいるんだから」
ゆっくり手を下す。
他人が見たら、あたしの行動は理解できないだろな。
「はー、なにやってんだろう……」
でもさ、しょうがないじゃん。
好きな人が幸せになってほしいって思っちゃったんだから。
その隣に立ってるのが、あたしじゃないのは悲しいけど。
「……ぅ」
よかった。ほんとうによかった。
帽子を被ってきてよかった。
「……っ……ぅぐ……」
泣いてるのがバレたら、先輩は優しいから、きっと罪悪感を残しちゃう。
我慢できずに、あたしは帽子で顔を覆った。
「……ぅ、ぁ……ぅぁぁぁぁ……」
先輩は最低なことをしたと思う。
それでも先輩のことを嫌いになんてこれっぽっちもなれない。
だって、先輩と過ごした日々はほんとうに楽しくて、幸せで、そんな自分の気持ちを否定したくなかったから。
「……ひぐ、ぐす……ぅわぁぁぁああああ……」




