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処刑された『闇魔法使い』の姉を救うため、死に戻った『光魔法使い』の妹は運命に抗う ~役立たずと捨てられた義妹ですが、今度は絶対に守り抜きます~  作者: 東明時裕夜
第三章 帝国の右腕と地下図書室の秘密

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幕間17 王の隠した真実と厄災と幻級を超える無魔法

 王城の最奥、国王執務室。

 シャリア・イビルという女狐の正体を知り、ハーヴェーが内心で激しく葛藤していると、不意にオニファス王が重い沈黙を破って言葉を継いだ。


「……そういえば、その連れ子としてファミル伯爵家に『アミア』という少女がいたな」

「……! 陛下、ご存知で……?」


 心臓が跳ねるのを必死に抑え、ハーヴェーが慎重に問い返すと、王は静かに頷いた。


「あぁ、知っている。アミィエルの娘だろう。だが、あの子の母親の存在は誰にも言っていない。……アミィエルとの約束だからな」

「アミィエルとの約束……」

「彼女は城を去る前、わしに『もし自分に子ができた時、血縁者が狙われないよう、自分の光魔法の記録をすべて抹消してほしい』と願ったのだ。……だから、わしはあの子の母親が『百年に一人の光魔法使い』であるという真実を、誰にも明かさず墓場まで持っていく覚悟だ。彼女の愛した娘を、この血生臭い政治の盤上に引きずり出さないためにな」


 王の言葉には、アミィエルへの深い贖罪しょくざいと、彼女が遺した娘への確かな配慮があった。

 だが、ハーヴェーの脳裏に、先刻地下図書室で帝国の使者から聞かされた「ある事実」が蘇った。


「……陛下。実は今日、地下図書室で帝国の使者から奇妙な事実を聞かされました。帝国の公的な記録にも、最高機密である『光の系譜』にも、アミィエルの名前は一行たりとも残っていなかったと」

「……ほう。使者がそう言っていたか」

「はい。使者は『我が国の王家が、帝国すら欺くほどの徹底的な情報統制を敷き、彼女の存在を歴史から抹消したのだろう』と推測しておりました。私は当時、彼女が消えた理由を陛下から知らされていなかったため、その徹底ぶりに驚愕したのですが……まさか、帝国側の記録が消えているのも、陛下が……?」


 王は窓の外の遠い空を見つめたまま、重く頷いた。


「あぁ。我が国が情報統制を敷いたのは事実だが、それだけではない。帝国側の記録が消えているのは、わしが消させたからだ」

「陛下が、帝国に……?」

「彼女が去って数年後……アミィエルが亡くなり、若きグレンド皇帝と休戦協定を結んだ時のことだ。わしは休戦の秘密裏の条件の一つとして、帝国軍が前線で掴んでいたであろう『光魔法使い』に関する一切の記録の相互抹消を叩きつけたのだ。若き皇帝自身もこれ以上の流血を止めるべく休戦の成立を急いでおり、これに同意した。……つまり、彼女が両国の歴史から完全に消え去ったのは、わしがアミィエルとの約束を果たすために、後から帝国と結んだ国家規模の『密約』なのだよ」


 王の言葉には、一人の少女の願いを叶えるために歴史すら書き換えた、王としての深い贖罪と覚悟が滲んでいた。

 そして王は少しだけ張り詰めた表情を緩め、遠い過去を懐かしむように目を細めた。


「正直なところ、あのアミィエルが、あの生真面目で職人気質なアレト・ファミル伯爵と結婚したと報告を受けた時は驚いたものだ。彼女の残された命の短さを考えれば……まさか、子供ができるなんて思ってもみなかったからな」

「……はい。私も同じ気持ちでした」


 ハーヴェーもまた、かつて愛した女性が残した奇跡の命を思い、静かに目を伏せた。

 その言葉を聞いて、ハーヴェーはふと冷たい嫌な予感がし、押し殺した声で問いかけた。


「陛下。ありえないとは思いますが……もし、そのアミア様が母親の血を色濃く継ぎ、同じ『光魔法使い』だったとしたら、どうされますか?」


 王は、ハーヴェーの唐突な問いに少しだけ目を細め、静かに答えた。


「百年に一人と言われる光魔法使いが、アミィエルから十数年しか経たずに再び現れるなど、ことわりからすればあり得ん話だが……。そうだなぁ。いくら本人が隠そうとも、いずれ魔法学園へ入学した際、必ず行われる『魔力選定の儀』で魔道具によって自動的に属性が判明し、周囲は騒然となるだろう。……その時、もし『治癒魔法』の素養があると分かれば、白紙になったネフェリアの代わりに、彼女が王家の婚約者として選ばれることになるだろうな」

「……っ!」


(アミア様が、あの冷徹なレオニス殿下の婚約者に……!? アミィエルが最も恐れていた『国益のための道具』として、王家の冷たい鳥籠に閉じ込められてしまうというのか……!)

(……いや、待て。しまった。数年後に迫るアミア様の『光』が暴かれることにばかり気を取られ、完全に失念していた。すぐ二年後に行われるネフェリア様の『魔力選定の儀』……そこで属性を測られるのは、決して知られてはならない『闇魔法使い』である彼女も同じだ!)

 (もしあの魔道具が、規格外の力である『闇』に全く反応せず、彼女のもう一つの『水魔法』しか示さなかったとしたら? 誰もが二つの属性を持つのが常識のこの国で、彼女は『一属性しか持たない欠陥品』の烙印を押され……婚約も後ろ盾も失った状態で、どれほどの冷遇と陰湿ないじめを受けることになるか……!)


 ハーヴェーは内心でギリリと奥歯を噛み締め、深い覚悟を決めた。


(……いや。もしこの過酷な戦いを乗り越え、すべての元凶を解決できた暁には、私が必ずなんとかしよう。大臣の権限を以てしてもアミア様を鳥籠には入れさせず、ネフェリア様への理不尽ないじめも絶対に防いでみせる。アミィエルの愛した娘と、残酷な運命に翻弄された男の遺した娘……あの姉妹は、この私が守り抜く)


「だが……私が王でいる間はな。ただの光魔法使いなら何もしない。私が求めているのは、あくまで『治癒魔法』だからな」


 王のその言葉に、ハーヴェーはごくりと息を飲んだ。


「……しかしな、陛下。いくら王家の婚約者として手厚く迎え入れようとも……もし、万が一にでも新たな光魔法使いが現れ……稀に覚えるという幻級の治癒魔法使いとなったら……軍や国は、彼女を城の奥で安全に保護しておくでしょうか?」

「……否だ。戦場に駆り出されるだろうな」

「……はい」


 ハーヴェーの胸の底に、冷たい鉛が沈む。やはり、国はそうする。**王家の保護(婚約)という名目であっても、行き着く先は同じだ。**戦争は慈悲を食い尽くす。善人から順に、消耗品に変える。


「しかし――私は、いない方がいいと思っている」

「……えっ?」


 ハーヴェーは思わず顔を上げた。王の目は、鋭いまま。だが、その奥に深い疲労と後悔がある。


「十数年前、アミィエルが去った日を覚えているな」

「はい……」

「あの後、わしは考えを改めた。アミィエルから『代償』を聞いたからだ」

「代償……?」


 嫌な予感が、背筋を這い上がってくる。王ははっきりと言った。


「あぁ、幻級の治癒の一つ、蘇生魔法の代償だ。……彼女が王城を去る日、わしに告げたのだ。『蘇生魔法は、対象一人につき術者の寿命を【一年】削る』と」

「……っ……!」


 ハーヴェーは、息を呑んだ。驚きではない。突きつけられた事実への、痛切な納得だった。


 アミィエルは二十一歳で亡くなった。もし彼女が本来五十代ほどの寿命だったのだとすれば――実に『三十年分』もの時間を、あの過酷な戦場で使い果たしたことになる。三十人もの瀕死の命を救う対価として、己の命の灯火を自ら削り切ったのだ。


「お察しの通り、私は薄々感じていた。アミィエルがあの後、死ぬことを……。それが蘇生魔法が原因だと知った時――」


 王の声が、一瞬だけ詰まる。王であることを忘れた“人間”の弱さが覗いた。


「……はい」


 ハーヴェーは、静かに頷いた。胸の内で、アミィエルの面影に語りかける。


(……アミィエル。君は王様にも伝えていたんだな。もう二度と、誰もこの力で不幸にならないように)


 そして王は、苦々しい響きを混ぜて言葉を継いだ。


「しかし……そのアレトも、今はあのシャリアの夫か。魔法兵団の報告にもあった通り、人が変わったように工房に引きこもり、あの女狐の言いなりだと言うではないか。……十一年前にジェックが消え、今はアレトが心を殺されている。あの公爵邸は、あまりにも闇が深すぎる」


 その言葉を聞いて、ハーヴェーはつい先刻、地下訓練場での出来事を思い出した。

 アミアが、ミリアナたちの目を盗み、机の上に残された研究ノートをこっそりと自分の鞄に隠した瞬間を。


 ハーヴェーはその行動に気づきながらも、あえて声をかけず、秘密を見逃してやった。そのノートの最後のページ――『蘇生魔法』に関する記述が破り捨てられていることを知っていたからだ。


(……アミア様はノートを隠す直前、破られたページを見て、君の遺した『安全なハイヒールまでで十分だ』という意図を素直に受け取ってくれたようだった。余計な禁忌を知らずに済んだと、あんなに清々しく笑って……)


 ハーヴェーは強く拳を握りしめた。


(……もし、心優しいあの子が『自分の寿命を【一年】削るだけで、目の前の命が助かる』という残酷な等価交換の数字を知れば……『それしきのことで救えるなら』と、君と同じ道を選んでしまうかもしれない。あのページが消えていて、本当によかった)

(今日だってそうだ。巨大な魔獣型ゴーレムの凶刃が迫った時……あの子は微塵の躊躇ためらいもなく、自らの小さな体を『盾』にして姉を守ろうと前に飛び出したのだから)


 ハーヴェーは、安堵していた。


 だが、彼は知らなかった。あの地下室でノートを閉じた十一歳の少女が、詳細な数字など知らずとも、「大切な人を守るためなら、寿命コストなど喜んで切り売りしてみせる」という、あまりにも重すぎる覚悟を、既に独りで完成させていたことなど――。


「しかしな、ハーヴェー。……この『蘇生魔法』の秘密と代償の話は……レオニスには伝えていない」

「……えっ?」


 ハーヴェーは驚いて顔を上げた。第二王子レオニス。王の息子であり、次代の王と目される才気溢れる青年。


「レオニス様には……秘密にされているのですか?」

「ああ。……あやつには、言えん」


 王は、寂しげに笑った。


「あやつは優秀だ。あまりにも優秀で……さとすぎる。あやつは、常に『最大多数の幸福』のために、感情を切り捨てて冷徹な判断を下せる男だ」


 王の遠くを見るような眼差しには、美しく、完璧で、氷のように冷たい瞳を持つ息子の姿が映っているようだった。


「もしレオニスが『蘇生魔法』の存在を知れば……どうすると思う?」

「……彼は、欲しがるでしょう」

「そうだ」


 王は重く頷いた。


「あやつなら、迷わず欲しがる。『国のために』『多くの民のために』という正義の名の下に……術者(光魔法使い)に犠牲を強いることを、躊躇ためらわないかもしれん。『一人の命で、重要な将軍や兵士が何人も蘇るなら、安いものだ』……あやつなら、平然とそう天秤にかけかねん」


 背筋が寒くなる。レオニス王子なら、やりかねない。彼は悪人ではないが、その「正義」は時に残酷なほど合理的だ。


「だから、私はあやつには教えていない。……あやつが人の心をもっと理解し、本当の意味で『王』になるまでは、この禁忌の力を持たせるわけにはいかんのだ」


 そして王は、真剣な眼差しでハーヴェーに告げた。


「……それに、帝国の使者からはもう一つ、看過できない事実を告げられたそうだな。百年に一人しか現れないはずの、『闇魔法使い』の存在を」


(……アミア様とネフェリア様には、暗殺者シャドウの情報を誰にも言わないよう固く約束させた。だが、国家の防衛を担う大臣として、私から陛下にだけはこの未知の脅威を伝えておかなければならない)

 (……無論、闇魔法使いがこの時代に『二人』いるという真実や、ネフェリア様の存在については完全に消し去り、あくまで『帝国の暗殺者単独の脅威』として報告の形を書き換えた上で、だ)

「……ええ。帝国にはその呪われた力を持つ者がおり、暗殺者として自国でも好き勝手に暗躍しているそうです。ですが、使者の報告は我々の常識を完全に逸脱していました」

「逸脱している?」

「はい。その暗殺者は闇魔法使いでありながら……本来の属性であるはずの『闇魔法』を一切使えないというのです」

「闇魔法使いなのに、闇魔法が使えないだと? ……一体どういうことだ」


 王が怪訝けげんそうに眉をひそめると、ハーヴェーは重々しく口を開いた。


「その者は、基本属性とは別に『影を操る幻級魔法』を所持しているそうです。そして……その強大すぎる幻級魔法を得た代償(制約)として、本来の魔法を完全に失ってしまったのだと」


「……なんだと? 属性を失う制約だと……?」


「はい。さらに、無魔法が『一人一つまで』であることは陛下もご存知の通りですが……使者によれば、なんと『幻級魔法にも一人一つまで』という絶対のルールが存在するそうです。幻級魔法の複数持ちは魂が崩壊すると。我が国の禁書からすら抹消されていた真実ですが」

「ふむ……」

「にもかかわらず、その暗殺者は幻級魔法を保持した上で、さらに『無魔法を三つ』も身に宿している規格外のバケモノなのです。我々の常識である無魔法の限界すら超え、彼はなぜかそのルールを平然と破っている。帝国の使者すら、その理由は全く分からないと……。しかも、そのうちの一つは『女に限定した精神を操る無魔法』だと。残り二つについては、皇帝すら知らないそうですが」


 ピタリ、と。

 執務室の空気が、異常なほど冷たく凍りついた。

 王は絶句し、信じられないものを見るように虚空を睨んで、震える声で呟いた。


「……精神を操る無魔法……」

「歌声で一分間だけ対象を眠らせる無魔法『睡眠スリープ』のような、一時的なものではないのだろう? ……まさか、その魔法の本質は、対象の精神を完全に支配する『魅了みりょう』じゃなかろうな……?」

「『魅了』……? なんですか、それは」


 ハーヴェーが怪訝そうに尋ねると、王はギリッと奥歯を噛み締めた。


「厄災より前……数百年前、その魔法で一つの国が滅んだと言われている、伝説の力だ」

「……国が、滅んだ?」


 ハーヴェーは絶句した。


「バカな。ただの無魔法ですよね? 物理的にすべてを破壊する闇魔法や、幻級魔法ならいざ知らず……精神を操るだけで、どうやって国を滅ぼすというのですか!」

「城壁を一切傷つけず、血の一滴も流させず……ただ、王や重臣たちの『心』を書き換えて、内側から国を無傷で明け渡させたと言われている。物理的な破壊より、よほどタチが悪いだろう」


 王は自嘲気味に、重く呟いた。


「……ッ。それほど恐ろしい魔法なら、なぜ歴史書には一切載っていないのですか!」


 ハーヴェーの切迫した問いに、王は虚空を見つめて答えた。


「誰も信じていないからだ。この私もな」

「信じていない……?」

「あぁ。たった一つの無魔法で、国を護る精強な兵団や王族が皆、意のままに操られて国が滅んだなどと……後世の人間からすれば、為政者の無能を隠すための『荒唐無稽こうとうむけいな言い訳』にしか聞こえん。本来なら、有り得ん話だからだ。……それに」


 王の言葉が一旦途切れ、執務室に不気味な静寂が落ちた。


「私がその伝承を完全には信じきれない理由は、もう一つある。その『魅了』の力は、ただ心を操るだけではないと記されていたからだ」

「ただ操るだけではない……? どういうことですか?」

「記録によれば、その魔法に魅入られた者は、精神のタガを完全に外されて魔力が異常なまでに引き上げられ……中には、世界のことわりを無視して『幻級魔法』すら後天的に発現させた者までいたという」

「なっ……!?」


 ハーヴェーは、背筋に冷たい氷柱つららを突き立てられたような衝撃を受けた。


「魔力を異常に引き上げ、あろうことか幻級魔法まで付与する……? そんな神の手のような真似が、たかが一つの無魔法で可能であるはずがありません!」

「そうだろう。だから歴史書からは消され、おとぎ話の類として片付けられたのだ。……だがな、ハーヴェー。王立図書館の禁書庫のさらに奥……私が独自に調べた『もう一つの古い文献』には、さらに恐ろしい一文が残されていた」

「もう一つの、文献……」

「あぁ。そこにはこう記されていた。――『その魅了の魔法を受けた闇魔法使いが、凄惨な暴走を起こし、すべてを破壊し尽くした』と」

「……ッ!!」


 その言葉を聞いた瞬間、ハーヴェーの心臓は鷲掴みにされたように激しく跳ねた。

 同時に、学園の歴史書にも必ず記されている、誰もが知る『世界の常識』が脳裏をよぎる。


「陛下……まさか。歴史書には『闇魔法を扱った者が暴走し、国を滅ぼしかけた凄惨な記録』が幾つも残されており、我々はそれを『厄災』と呼んで恐れています。……まさか、それが本当の厄災では?」


 ハーヴェーは、震える声で持論をぶつけた。


「闇魔法そのものが恐ろしいのではなく、裏で糸を引いていたその『魅了の無魔法』こそが……闇の魔法使いを暴走させていた、本当の厄災の元凶だったのでは!」


 しかし、ハーヴェーの切迫した問いに、王は静かに、だがきっぱりと首を横に振った。


「それはない」

「……何故ですか」

「お前も知っての通り、歴史書に残る闇の暴走の記録は一つではないからだ。時代も場所も違う複数の厄災が、すべてたった一つの『同じ無魔法』によって裏で引き起こされていたとは考えられん。それに、その文献の出来事は、最も有名な『厄災』よりもさらに前の時代、歴史の影に埋もれた単発の記録に過ぎん」


 王は重く息を吐き出し、虚空を見据えた。


「だからこそ、不気味なのだ。……もしその『おとぎ話』が真実であったなら、武力など意味をなさん。たとえ対象が女に限定されていたとしても、我が国には現・魔法兵団団長のナフィリアや、今は退いているとはいえレイフェのような傑出した女性の実力者がいる。彼女たちが操られ、万が一にも魔力を底上げされて暴走すれば、王族も国も、いとも容易く内部から崩壊する。気をつけなくてはならん」


 王の鋭い視線が、ハーヴェーを射抜いた。


「ハーヴェー。お前も、娘のアメリアを気をつけさせろ」

「アメリアを……」


 愛する娘の名前を出され、ハーヴェーはハッとした。


 だが、次の瞬間――地下図書室で帝国の使者が口にしていた、あの魔法の不気味な『発動条件』が脳裏に蘇った。


『あいつは、強さへの執着と、罪悪感や無力感を持った女にあの魔法を使う』と。


 ハーヴェーの胸が、ギリリと痛む。


(私のアメリアは……幼い頃に妹のレミリアを病で亡くしている。あの時の『無力感』と、妹を救えなかった『罪悪感』……そして、今度こそ誰かを守れるようになりたいという『強さへの執着』。……娘は、その暗殺者の標的になる条件に、痛いほど当てはまってしまっているのだ……!)


 だが――同時に、もう一つの条件を思い出す。

『愛が強すぎる人間には絶対に使わない』と。


(……その例外の条件を使者から聞いた時、私は真っ先に、先ほど地下図書室で目の当たりにしたアミア様とネフェリア様の姿を思い出した)

(血の繋がりすら超え、互いを守るためなら己の命すら躊躇なくチップとして投げ出そうとする、あの異常なまでに深く、重すぎる愛情。……帝国の使者から『ただの姉妹の愛じゃなく、女としての愛じゃないか』とからかわれて二人して顔を真っ赤にしていた時、私は少し言葉に困り、何も声をかけられなかったが……)

(あの子たちが過酷な孤独の中で育んだあの『強固すぎる無償の愛』こそが、皮肉にも、陛下が危惧される『魅了』のような最悪の精神支配すらも完全に弾き返す、世界で唯一の強靭な『盾』になっているということか)

(……ならば。私のアメリアだって負けてはいない)


 ハーヴェーの脳裏に、いつも明るく家族を愛してくれる娘の笑顔が浮かんだ。


「……多分、大丈夫だと思います」


 ハーヴェーは、震えそうになる声を押さえ込み、王に向けて静かに、けれど確信を持って告げた。


「その暗殺者が求める人間には、条件があるようで……。大丈夫です。あの子には……深い愛がありますから」 


 父親としての強い信頼。その言葉を聞いて、王は少しだけ毒気を抜かれたように息を吐いた。


「そうか。ならいいが……」

「はい、分かりました」


 沈黙が落ちる。

 闇魔法使い。三つの無魔法。そして、国を滅ぼしたという『魅了』の伝説。


 あまりにも大きすぎる脅威を前に、王は深くため息をついた後、鋭い眼光でハーヴェーを射抜いた。

 その瞳には、一国の王としての絶対の威圧が宿っていた。


「ハーヴェー。今言った『寿命が削られる』という治癒の代償……絶対に誰にも言うなよ。……たとえ、新たな光魔法使いが現れたとしてもだ」

「……っ!」

「もしその者が己の犠牲を知れば、絶望するか、あるいは狂信的な自己犠牲に走るやもしれん。国に利用されるだけでなく、己の心までも壊してしまうだろう。……どちらにせよ、悲劇しか生まん」


 王の厳命。それは、未来の光魔法使いを国のしがらみと自己犠牲から守るための、王としての最大の温情だった。

 ハーヴェーは、王の目を見て深く頭を下げた。


「……承知いたしました、陛下。我が命に代えましても、この秘密は誰にも漏らしません」


(ええ、決して。……だからこそ私は今日、地下図書室で蘇生の可能性に怯えるあの子たちに、『アミィエルはただの流行り病で亡くなったのだ』と、残酷な嘘をつき通したのですから)


「うむ。……何か分かれば、すぐに知らせてくれ」 


 王は、疲れたように椅子に背を預けた。

 その顔は、国の危機を憂う王であり、同時に、冷たすぎる息子を案じる父親の顔でもあった。


 ハーヴェーは一礼し、静かに退室した。

 重厚な扉が閉まる。廊下に出ると、窓の外には青い空が広がっていた。

 だが、ハーヴェーの心は暗く重く沈んでいた。


(……陛下から聞いた、国を滅ぼしたという無魔法『魅了』の伝説。精神を支配し、魔力を異常に引き上げて幻級魔法まで与え……闇魔法使いを凄惨な暴走へと導くという、おぞましい裏の真実。……これについては、アミア様やネフェリア様といった少女たちはもちろん、部下のミリアナや誰にも、絶対に内緒にしておこう)


 ハーヴェーは、窓枠に置いた手をギリッと強く握りしめた。


(帝国の使者はあの暗殺者の力を『女に限定した魔法』だと言っていたが……そんな都合の良い言葉を、完全に鵜呑うのみになどできない。……国を滅ぼすほどの異常な悪意が、本当に『女限定』であるという確証などどこにもないのだからな)

(万が一男にも効くのであれば、私が壁になるまで。……もし、あの恐るべき魔法の全貌や歴史の裏の伝承を知れば、あの子たちにどれほどの絶望と恐怖を与えるか。過酷な事実は、すべて大人の私が一人で背負えばいい)


 平和な空の下で、レオニス王子という「氷の刃」が、知らぬ間にアミアたちに向けられる可能性を感じ、ハーヴェーは身震いした。


(……光は、正義の名の下に利用され尽くす。そして、もう一つの強大すぎる秘密――『闇』は、災厄として問答無用で断罪される)

(……あの姉妹が抱える力は、どちらも王家に知られれば破滅しか待っていないのだ)

(……アミィエル、君の娘は私が守る)

(……スタンピードからも。そして、レオニス王子という『正義の脅威』からも)


 ハーヴェーの足取りは重く、しかしその決意は揺るぎなかった。

 その過酷な未来への予感を、今はまだ、王と彼だけが知っていた。 

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