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処刑された『闇魔法使い』の姉を救うため、死に戻った『光魔法使い』の妹は運命に抗う ~役立たずと捨てられた義妹ですが、今度は絶対に守り抜きます~  作者: 東明時裕夜
第三章 帝国の右腕と地下図書室の秘密

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第40話 命綱と、かりそめの平和

 すると、その張り詰めた空気を物理的に切り裂くように、リフレットさんが「んーーっ!」と声を上げて大きく背伸びをした。


「まあ、暗い話はこれくらいにしておきましょ」


 そう言って、リフレットさんはまず、お姉様の方へと真っ直ぐに向き直った。


「あなた、さっきも言ったけど。大好きな妹を守りたいなら、これくらい頑張りなさい」

「……はい!」


 お姉様が力強く頷くと、リフレットさんは満足そうに微笑み、今度は私の方へ視線を向けた。


「そして、妹のあなた」

「アミアです。そして……私の自慢の姉、ネフェリアお姉様です」


 私が真っ直ぐに二人の名前を名乗ると、リフレットさんは少し目を丸くした後、優しく口角を上げた。


「そうだったわね。……あなたもよ、アミア。盾になって姉を守るだけじゃなく、一緒に並び立って敵を倒せるくらい強くなりなさい」

「はい! ありがとうございます、リフレットさん!」


 私が元気に頭を下げると、ハーヴェー様が少し驚いた顔をした。


「先ほどまで『面倒くさい』とサボっていた貴女にしては、随分と親身に世話を焼くのだな」

「たまにはね」


 リフレットさんは悪戯っぽくウインクをして見せ、それからふわりと振り返った。


「ま、どっちにしろ。とりあえずここを出たら私、一旦帝国に帰るわ」

「……帰る?」


 ハーヴェー様が怪訝そうに眉をひそめると、リフレットさんはあっけらかんと笑った。


「そうよ。スタンピードを止める任務は終わったし、探してた『黒幕』の正体も、あんたたちのおかげでメイド長やシャリア夫人の周辺だって特定できた。一度グレンド皇帝に直接報告しに戻らなきゃならないからね」

「……そうか」

「でも、安心して」


 リフレットさんは懐から、小さな銀色の『手鏡』を取り出し、私に向かって軽く投げ渡した。


「……これは?」


 私が慌てて受け取ると、ひんやりとした銀色の感触が手のひらに伝わってきた。彼女はニッと笑った。


「帝国の魔道具よ。そこに魔力を流して話しかければ、遠く離れた私にも声が届く仕組みになってるわ。……私たちが地下室へ向かう前にあなたが言った通り、お互い黒幕を探すために『利用し合う』、同盟を組んだ仲でしょ?」

「リフレットさん……!」


 私のあの冷徹な盤上計算での提案を、彼女がしっかりと受け入れ、確かな連絡手段を残してくれた事実に、私はパッと表情を輝かせた。


「……待て、リフレット」


 その時、ずっと黙って聞いていたハーヴェー様が、ひどく険しい顔で即座に一歩前に出た。


「いくら黒幕を探すためとはいえ……王国の貴族である彼女たちに、敵国の通信魔道具を持たせるなど。本来であれば大臣である私が即座に没収し、お前を拘束しなければならない事案だぞ」


 国の中枢を担う者としての、当然の危惧。しかし、リフレットさんは気だるげに肩をすくめた。


「堅いこと言わないの。彼女たちの屋敷には、あのキャサリーヌの手駒マリアベルが潜んでるんでしょ? 万が一の時の『命綱』は多い方がいいじゃない。……それに、こっちは皇帝の許可も取ってるんだから」

「……ッ」


 ハーヴェー様は悔しそうに唇を噛み締めた。

 大国の大臣としての立場と、かつて愛した人のアミアの命の危険。二つの天秤の間で葛藤した末に……彼は深くため息をつき、真剣な眼差しで私を見つめた。


「……アミア様。リフレットの言う通り、今の公爵邸は敵の目があり、決して安全とは言えません。ですから、あなたが自衛のためにその鏡を持つことは、今回だけ特別に黙認しましょう」

「ハーヴェー様……」

「だが、それは『諸刃の剣』です。帝国の重鎮と直接通信できる魔道具を隠し持っているとシャリア夫人や王家に知れれば、それだけで国を売る『大逆罪』に問われかねない。……決して誰にも見られないよう、厳重に隠してください。そして、使うのは私やミリアナにも助けを呼べない『真の危機』が迫った時だけにすると、約束できますか」

「大逆罪……!」


 その恐ろしい言葉を聞いて、お姉様がサッと顔色を変え、私に歩み寄ってきた。


「アミア、それ……やっぱりあなたが持っていては危険すぎるわ。貸して、私が持つ。私なら、上手く誤魔化せるかもしれないから」


 お姉様は私を大罪の危険から遠ざけようと必死に手を伸ばしてきたが、私はその手を優しく両手で包み込み、首を横に振った。


「大丈夫です、お姉様。私が持ちます。それに……」

 私は、真っ直ぐにお姉様の目を見つめ返した。

「この同盟を持ちかけたのは私ですから。この命綱の責任も、私がちゃんと隠して背負います」


 私が力強く答えると、お姉様はハッとして少し目を見開いた。

 だが、すぐにその瞳に、先ほど「もう守られているだけの子供ではいたくない」と誓った時と同じ、強い光を宿して優しく微笑んだ。


「……そうね。アミアがそこまで覚悟を決めているのだから、私がいつまでも子供扱いして取り上げようとするのは間違っていたわ。信じて、あなたに任せる」


 お姉様は、私の手を両手で包み込むように、ぎゅっと握り返した。


「でも、忘れないで。責任も危険も、あなた一人に背負わせるつもりはないわ。さっきリフレットさんも言ってくれたように……私たちは一緒に並び立って戦うのよ」

「お姉様……」

「あなたが私を守るために盾になってくれると言うなら……私も、ただ守られているだけの姉にはならない。いざという時は、私が必ずあなたを覆い隠す『盾』になる。そして……あなたを脅かす敵を打ち払う『剣』にもなってみせるわ」

「……はい! お姉様!」


 お姉様の心からの理解と、共に戦う共犯者としての深い絆を感じ、私は力強く頷いた。


「ふふっ」


 その姉妹のやり取りを見て、リフレットさんは満足そうに微笑み、肩をすくめた。


「私の『ミラー』の魔法で分身を残すことも考えたんだけど、あれは『二日間』で消えちゃうからね。それに、分身を作ると魔力が完全に半減しちゃうから、そのまま帝国まで帰するのは流石にだるいのよ。長期的な連絡手段にはこっちの方が向いてるわ」

「あとハーヴェー。お前たちの王様にも、帝国の強硬派の動きには気をつけるようにって伝えといてよね。……うちのグレンド皇帝は、古い法に縛られててすぐには裁けないけど、本気で戦争を嫌ってるのよ」


 リフレットさんは、少しだけ誇らしげに目を細めた。


「……休戦協定を結ぶまでに、即位してから二年もかかっちゃったけどね。なんせ即位した当時の皇帝は、まだ十五歳だったから。必死に交渉して協定に漕ぎ着けた時でも、十七歳よ」


「十五歳……十七歳……」


 その言葉に、私とお姉様は言葉を失い、信じられないというように顔を見合わせた。


「……だから、なのですか」


 お姉様が、弾かれたように顔を上げ、震える声で紡いだ。


「図書室で、私が『なぜ平和条約ではなく休戦なのか』と尋ねた時……。戦争を完全に終わらせたくなかったのではなく、即位したばかりの少年だった皇帝には、強硬派の大人たちを完全に抑え込んで『終結』させるだけの権力も余裕も、まだなかった。……これ以上の血を流さない『休戦』状態に持ち込むだけで、精一杯だったのですね……!」


 お姉様の、痛みを伴うようなその鋭い気付きに、リフレットさんはどこか眩しいものを見るように目を細め、静かに頷いた。


「……十五歳の少年が、あの好戦的な帝国において、血に飢えた強硬派の重鎮たちを相手にたった一人で交渉し、休戦をもぎ取ったというのか……」


 大国の大臣であるハーヴェー様でさえ、その常軌を逸した政治的な偉業と過酷さに絶句し、信じられないというようにうめいた。


(十五歳で即位して、十七歳で休戦を……。あんなに血に飢えた強硬派の大人たちを相手に、たった一人で国を動かしていたというの……!?)

(私が三歳だった頃、お父様が『もう戦争はない』とあんなに喜んでいたあの平和は……。帝国の若き皇帝が、命を懸けて勝ち取ったものだったんだわ……)

「皇帝は、これ以上の無意味な血が流れるのを望んでいない。だからこそ、かりそめの平和を守ろうと必死なのよ。……自分の手を汚してでもね。ま、そういうわけだから、よろしく」


 ハーヴェー様は呆れたように、けれど深く納得したように小さくため息をついた。


「……承知しました。帝国の若き皇帝の、平和への並々ならぬ配慮には、心より感謝いたしますと……我が王にもしかとお伝えしておきましょう」


 ハーヴェー様は表情を引き締め、私たちに一歩近づいて低い声で告げた。


「ではお二人とも、絶対の条件があります。……今日、ここで私やミリアナと会ったこと。この地下訓練場の存在。そして、四日後にレイフェ殿と会う約束を取り付けたこと」


 ハーヴェー様はさらに声を潜め、最も危険な真実を念押しした。


「そして何より……闇魔法使いがこの時代に『二人』存在しているという事実と、あの帝国の暗殺者シャドウについての情報。これらの全ては、ご家族や屋敷の者、そして他の誰にも『絶対に秘密』にしてください。裏で糸を引く『何者か』に私たちの繋がりや知識を悟られれば、君たちの命に関わります。……約束できますか?」

(……シャリアお母様にも、あの監視役のマリアベルにも、絶対に悟られちゃいけないんだ)

(それに……この凄惨な真実は、アメリアさんにも絶対に秘密にしなきゃいけない)


 私の脳裏に、正義感に溢れた彼女の真っ直ぐな瞳が浮かぶ。


(もし、優しくて責任感の強いアメリアさんが、『お姉様が闇魔法使いであること』や、『人の心を操る恐ろしい暗殺者が身近に迫っていること』を知ってしまったら……絶対に私たちを助けようとして、自ら危険に首を突っ込んでしまう)


(彼女をこの残酷な裏側の盤上から遠ざけて、普通の女の子としての幸せを守り抜く。これは……アメリアさんの為だわ)


 私は、乾いた喉をごくりと鳴らし、その恐ろしいほど重い秘密を抱え込む覚悟を決めて、お姉様と共に力強く頷いた。


「はい。誰にも言いません……絶対に」

「……約束します」


「よろしい。では、今日は解散しましょう。地上まで送ります」


 私は、隅に置いていた革製の鞄を拾い上げた。

 ずしりとした重みが、心地よかった。中には、母さんが遺してくれた未来への希望が詰まっている。


 ハーヴェー様が訓練所の重厚な石の扉を開ける。

 ギギギ……と音を立てて扉が開き、地上へと続く暗い階段が現れた。


 私たちは階段を上がり、地上の光を目指した。

 身体はボロボロで、魔力も空っぽだ。


 けれど、心はかつてないほど満たされていた。

 守るための力を手に入れる場所。大人たちとの秘密の共有。そして、帝国との極秘の同盟。


 死に戻ってから今日で五日。運命の歯車は、私とお姉様の意志で確実に、そして力強く回り始めている。

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