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処刑された『闇魔法使い』の姉を救うため、死に戻った『光魔法使い』の妹は運命に抗う ~役立たずと捨てられた義妹ですが、今度は絶対に守り抜きます~  作者: 東明時裕夜
第三章 帝国の右腕と地下図書室の秘密

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第38話  光と闇の令嬢VS魔獣型ゴーレム

「では、実践形式の訓練を始めましょうか」


 ハーヴェー様は手にした青い魔石を掲げ、静かに鎮座する数体の魔獣型ゴーレムを見やった。


「まずは練習として、あの『アイアン・ウルフ』を起動します。部屋の奥にある人型ゴーレムは、今の君たちにはまだ早すぎますからね」


 ハーヴェー様が指差したのは、部屋の奥にある巨大な騎士型のゴーレム『アイアン・ナイト』だ。

 人間よりも二回り大きく、全身が分厚い鉄で覆われている。特にその左腕は異様に肥大化しており、一撃でも喰らえば即死しそうな圧迫感を放っている。


 今の私や、病み上がりのネフェリアお姉様には荷が重すぎる相手だ。


「……はい、お願いします」


 私とお姉様は顔を見合わせ、頷いた。

 私は、肩から提げていた革製の鞄を、部屋の隅にある安全な場所へそっと置いた。


 中には筆記用具と、先ほど見つけた母さんの大切なノートが入っている。絶対に傷つけるわけにはいかない。


 お姉様は少し緊張しているようで、スカートを握る手に力が入っている。私も同じだ。心臓が早鐘を打っている。


 ハーヴェー様が、狼を模した『アイアン・ウルフ』の背中にある二つの菱形の窪みに、青い魔石をカチリとはめ込んだ。


 ヴゥン……。


 低い駆動音が響き、ゴーレムの瞳にあたる部分が赤く明滅する。

 鉄の四肢がきしみ、冷たい床をく音がした。


 そして――。


「グオオオオオオッ!!」


 鋼鉄の咆哮ほうこうが、地下訓練所にとどろいた。

 空気がビリビリと震える。


「ッ……!」


 その瞬間、私の脳裏に、あの日の光景が鮮烈に蘇った。


 ――精霊の森。

 鬱蒼うっそうとした木々。茂みから飛び出してきた、よだれを垂らした狂暴なマッドウルフとレッドウルフ。


 あの日、私たちを追い詰めた三体の魔獣。ギラギラと血走った目。滴り落ちる涎。そして――私たちに向けられた、剥き出しの殺意。


 目の前のゴーレムは鉄でできているが、そのフォルムと殺気は、あの日私たちを襲ったマッドウルフそのものだった。


(……怖い……)


 足がすくむ。

 これは訓練だ。相手は機械だ。わかっているのに、身体があの日の恐怖を覚えている。

 お姉様の方を見ると、彼女も青ざめた顔で立ち尽くしていた。


 あの日、私を守るために禁忌の力を使い、心をすり減らした記憶が鮮明に蘇っているのだろう。

 ハーヴェー様は、私たちの強張った様子を見て、静かに口を開いた。


「落ち着いて。相手をよく見なさい」


 その声は冷静で、恐慌きょうこうに陥りかけた心を繋ぎ止める。


「君たちが恐怖しているのは理解できます。こんな巨大な動く鉄塊を目の前にすれば、誰だって足がすくむものです」


 ハーヴェー様は、私たちが「過去の魔獣事件」を思い出しているとは知らず、単に「初めて見るゴーレムへの恐怖」だと解釈してくれたようだ。


「ですが、これはただの人形です。感情も殺意もない。決められた動きしかしません。……恐怖に飲まれないでください。恐怖こそが、魔力を乱し、目を曇らせる一番の原因なのですから」 

「……っ、はい」


 お姉様が、深く息を吐いた。

 そして、震える手を自身の胸に当て、私を見た。


「行きましょう、アミア。……私たちが変わるための、最初の一歩よ」

「……はい、お姉様!」


 私たちは武器を構えた。

 私は杖を持たない素手。お姉様も同様だ。

 ハーヴェー様は言った。「ここでは、隠す必要はない」と。


 だから――私は偽るのをやめ、本当の力を使う。

 ゴーレムが、金属音を響かせて地面を蹴った。

 魔獣型ならではの、目にも止まらぬ速さで迫ってくる。


 戦闘が、始まる。


 ドォン!


 ゴーレムの前足が石床を叩き割る。

 速い。鋼の塊とは思えない俊敏さだ。


「散開!」


 お姉様の指示で、私たちは左右に分かれる。


「……お願い、出て……!」


 お姉様が、ゴーレムに向けて右手をかざす。

 その瞬間、お姉様の表情が強張った。


(……怖いんだわ……)


 お姉様の脳裏に、あの日の記憶が蘇っているのが私にも痛いほど分かった。

 あの日、私の危機に反応して暴発した、底知れない黒い力。マッドウルフの頭部を一撃で吹き飛ばした、恐ろしい破壊の奔流。


(それに……図書室でリフレットさんから『帝国の暗殺者』の存在を聞かされた時、お姉様はひどく顔色を悪くしていた)

(きっと、私と同じ闇魔法を持つその暗殺者のように……もしこの力が暴走し続けたら、自分も心を失った恐ろしい化け物になってしまうんじゃないか……そんな恐怖と必死に戦っているんだわ……)


 私を守りたいという強い意志と、自分自身の『闇』に対する底知れない恐怖。相反する感情がお姉様の中で拮抗きっこうし、魔力が乱れているのが痛いほど分かった。


「『闇の弾丸ダークショット』!」


 お姉様が叫ぶ。

 手のひらから黒いモヤのような弾丸が放たれた。

 しかし――それはあの日のような凄まじい奔流ではなく、勢いも弱く、形も不揃ふぞろいだった。

 ゴーレムの装甲に当たると、「パシュッ」と煙のように霧散してしまった。


「くっ……やっぱり、うまく出せない……!」


 お姉様が唇を噛む。恐怖心が、魔力の威力を無意識に抑え込んでしまっているのだ。


「なら、私が……!」


 私は、あの日の感覚を思い出しながら魔力を練り上げた。

 あの日、お姉様を守りたい一心で発現させた奇跡の光。


「『光の弾丸ライトショット』!」


 私の指先から、まばゆい光の弾が放たれた。

 カィィィン!

 光弾はゴーレムの肩に直撃し、甲高い音を立てた。


 しかし――浅い。表面のさびを削り取っただけで、分厚い装甲を貫くには至らない。


(……硬い……!)


 生身のレッドウルフなら貫けた一撃でも、痛みを感じない鋼鉄のゴーレムには効果が薄いのだ。


「グルルゥゥ……!」


 ゴーレムがうなりを上げ、私の方へ向き直る。視界を一瞬奪うことはできたが、かえって標的として認識されてしまった。


「くっ……! なら、こっちはどう……!」 


 光の物理的な衝撃が効かないなら、熱で関節の金属を歪ませるしかない!


 私は、先日自室で確認した私の中のもう一つの魔力の種――私が本来持っている第一属性の魔力である『火魔法』を練り上げた。


 十一歳の身体ではまだ全体への威力は弱い。けれど、一周目の学園で必死に練習したあの魔力操作の感覚を頼りに、関節の隙間に熱を集中させて金属を膨張させれば!


(熱い……。でも、分かっているわ。この炎がどれほど激しく燃えようとも、あの日、シャドウの刃には音もなく吸い込まれて消えた。リフレットさんの言う通り、基本属性の限界を超えられない限り、これはあいつを倒す『武器』にはなり得ない……)

 私は、掌から溢れ出す火炎の熱量を冷めた瞳で見つめた。

(だったら――今は徹底的に、この『偽りの力』を磨き上げてやる。シャリアの目を欺き、私の本質である『光』を隠し通すための、最高に鮮やかな『盾』として!)


「炎よ、我に力を――『火球ファイアボール』!」


 私の手から赤い炎の球が放たれる。関節の金属を熱で歪ませようと脚を狙ったが――魔獣型ゴーレムは野性の獣のような俊敏さで横へ跳躍し、炎をあっさりと避けてみせた。


 ゴォッ、と背後の石壁で炎が虚しく弾ける。


(……避けられた……!)


 私たちは連携して立ち回った。恐怖で闇魔法を制御できないお姉様が、代わりに放つ『水の弾丸ウォーターショット』で注意を引きつけ、私が光魔法や火魔法で隙を見て攻撃する。

 けれど、決定打にならない。


(……これが、実力不足……)


 才能があっても、使いこなせなければ意味がない。徐々に、こちらの呼吸が乱れてくる。魔力も底をつき始める。


 その時。

 ゴーレムの背中に埋め込まれた青い魔石が、カッと強く発光した。


 同時に、口元に青い光が集束していく。


「……魔力が……高まってる?」


 私が違和感を覚えた瞬間、ゴーレムが大きく口を開けた。


 ハーヴェー様が言っていた「魔石の特性」だ。青い魔石は、水属性の性質を持つ。


「お姉様、危ない!」


 私が叫ぶのと同時だった。


 ザパァァァッ!


 ゴーレムの口から、高圧の水流ウォーター・ブレスが吐き出された。


 それは城壁すら穿うがつほどの、凄まじく圧縮された水の奔流ほんりゅうとなって、正面にいたお姉様を襲う。


「『水の弾丸ウォーターショット』!!」


 お姉様も咄嗟に水魔法を放ち、真正面から相殺しようと試みた。


 しかし――通常の水魔法では、威力がまるで足りない。放たれた水弾は、ゴーレムの圧倒的な水圧の前に一瞬で呑み込まれ、無力に弾け飛んでしまった。


「そんな……きゃああっ!」

「お姉様!!」


 お姉様は咄嗟に腕をクロスさせて防御したが、凄まじい水圧に耐えきれず、枯れ葉のように吹き飛ばされた。

 壁に激突し、その場に崩れ落ちる。


「う……っ……」


 お姉様が苦悶の声を漏らす。

 死ぬような威力ではないように調整されているはずだが、衝撃は大きかったようだ。起き上がれない。


 ゴーレムは、無慈悲に追撃の体勢に入った。

 倒れたお姉様に向かって、鋼鉄の前足を振り上げる。爪はない。だが、あの鋼の塊が直撃すれば、骨折どころでは済まないかもしれない。


(……やばい……!)


 (自分を完全に犠牲にして死ぬことはしないって、さっきノートの前で決めたばかりなのに……!)


 思考するよりも先に、身体が動いていた。

 あの森でお姉様が私の前に立ちはだかってくれたように。


 今度は、私が。 

 私は全力で地面を蹴り、お姉様とゴーレムの間に割って入った。


「ダメぇぇぇっ!!」


 私は両手を広げ、お姉様の前に立ちはだかる。小さな自分の体で、お姉様を隠すように。


(……守らなきゃ……!)


 前の人生の地下牢。アメリアさんが私を庇ってくれたように。

 先日の森。お姉様が私を守るために傷ついたように。


 今度は、私が盾になる。

 ゴーレムの腕が振り下ろされる。

 その巨大な影が、私を飲み込む。


(……っ!)


 私は目を瞑り、衝撃に備えた。


「――そこまでだな」


 静かな声と共に、風を切る音が止まった。

 恐る恐る目を開けると、ゴーレムの巨大な腕が、私の鼻先数センチのところでピタリと静止していた。


 まるで、見えない鎖に絡め取られたかのように、ゴーレムは微動だにしない。


「……え?」


 見ると、ゴーレムの全身が、見えない何かにギリギリと締め付けられている。いや、目を凝らすと、空間そのものを歪ませるような『不可視の鎖』が幾重にも巻き付いているのがわかった。


 光でも、闇でも、火でも水でもない。色を持たない純粋な魔力のかせ


「『拘束バインド』……無魔法による拘束だ」


 ハーヴェー様が、片手を前に突き出したまま歩み寄ってきた。

 その手から伸びる魔力の鎖が、ゴーレムを完全に封じている。


「無魔法……!」


 私はハッとした。


 選ばれし者のみが発現するという『属性を持たない魔法』。


 私は一周目の学園の授業で、無魔法には『不可視の鎖で敵を縛り上げる』力があること自体は知識として教わっていた。そして先日あの森でも、魔法兵団のアクティー団長たちが規格外の無魔法を振るうのを目の当たりにしている。


(……やっぱり! 地下図書室で推測した通り、文官のトップであるハーヴェー様も、王族や魔法兵団の精鋭と同じように強大な無魔法を持っていたんだわ!)


 そして、ふと私の脳裏に、あるひらめきがよぎる。


(だとしたら……血の繋がった娘であるアメリアさんも、この強大な『無魔法』を受け継ぐ素養があるはずよ!)


 前の人生の最期、彼女は私を庇って『氷魔法』だけで戦ってくれた。あの時は一瞬の出来事で、彼女の放った氷の弾丸アイスショットは、シャドウの不気味な刃を相殺しきれずにすり抜けられてしまった。


 地下図書室では「無魔法を持っていなかったか、氷魔法に自信があってあえて使わなかったのか」と推測したけれど……。


(……もしかして、一周目のアメリアさんは、ただまだ無魔法に『覚醒』していなかっただけなんじゃ……!?)


 もし、大臣の血を引く彼女が、二周目のこの先、この強大な『無魔法』に目覚めるのだとしたら。


(……もしそうなら、彼女はただ守られるだけの存在じゃない。いつか私と一緒に、あの悪魔シャドウに対抗しうる最高の戦力になってくれるかもしれない……!)

「怪我はないか、二人とも」


 ハーヴェー様が指を鳴らすと、魔力の鎖が解け、ゴーレムの目の光が消えて脱力して崩れ落ちた(ドスン、と重い音が響く)。


「……だ、大丈夫……です……」


 私はへなへなと座り込んだ。後ろを振り返る。 


「お姉様!」

「……ええ、大丈夫よ、アミア。ちょっと……打ち身が痛いけれど」


 お姉様は、水浸しになったドレスを気にすることなく、私を抱きしめてくれた。


「すぐに手当てを」


 ミリアナさんが、部屋の隅にある棚から確保しておいた木箱――古い救急箱を手に駆け寄ってくる。先ほどの魔石探しの際に見つけ、万が一に備えて手元に置いていたのだ。彼女は手早く中から清潔なタオルと回復薬を取り出し、私たちに手渡してくれた。


「アミア様、無茶をしてはいけません。……でも、勇敢でしたね」


 ミリアナさんが、安堵したように優しく微笑む。

 すると、部屋の端にある木箱に座っていたリフレットさんが、気だるげに手を叩いた。


「へぇ、見直したわ。ただの箱入りのお嬢様かと思ったら、いざって時は身をていして守り合うじゃない。その恐怖に立ち向かう根性……嫌いじゃないわよ。ま、実力はまだまだひよっこだけどね」


 リフレットさんはそう言いながらお姉様の前まで歩み寄り、意地悪く、けれどどこか試すような目を細めた。


「でもさ、ネフェリア。上の階で『妹には指一本触れさせない』って言ってたけど……あなた、妹を危険な矢面に立たせてばかりいるね。この前の森の時も、結局はこの子が前線でボロボロになって戦ってたじゃない」

「……ッ!」


 お姉様は図星を突かれ、悔しそうに唇を噛み締めた。あの日も、今日も。私を守ると誓ったのに、結局私が盾になってしまったからだ。


(……私が前に出て魔獣の標的になり、お姉様が限界まで追い詰められていたあの絶望的な状況。……この人はただ見ていただけじゃない。私たちの実力も、焦りも、戦況の全てを正確に見透かしていたんだわ……)


 私は、一流の隠密の恐ろしいほどの観察眼に息を呑んだ。

 落ち込むお姉様を見て、リフレットさんは気だるげにため息をついた。


「仕方ない、私の水魔法を見せてあげるわ。一つの魔法を極めるってのがどういうことか、よく見とくのね」


 そう言って、リフレットさんは部屋の奥に視線を向けた。先ほど、今の私たちには早すぎると言われた、人間より二回りも巨大な鉄の巨人、『アイアンゴーレム』だ。


「そこの大きなアイアンゴーレム、動かしてくれる? ハーヴェー。……少し壊れるけど、いいよね?」


 ハーヴェー様は小さくため息をつき、静かに頷いた。


「……分かった」


 ハーヴェー様が別の青い魔石を取り出し、アイアンゴーレムの胸部にセットする。


 ズシン……!


 起動した鉄の巨人が、地鳴りのような駆動音を立てて立ち上がった。魔獣型ゴーレムとは比べ物にならない、圧倒的な質量と威圧感。


 しかし、リフレットさんは巨大な鉄の拳が振り下ろされる直前まで欠伸あくびをしていた。

 そして、気だるげに指先を振るう。詠唱すらない。


「『十字水刃アクアクロス』」


 シュパァァァンッ!!

 空中に顕現した十字の水の刃が、いとも容易く巨大なアイアンゴーレムの鋼の巨体を四等分に斬り裂いた。


 ズガガガガァァン!!


 先ほどまで圧倒的な威圧感を放っていた巨大ゴーレムが、ただの鉄屑となって崩れ落ちる。


「……えっ……」

「嘘……水魔法で、あんな分厚い鉄を……」


 私とお姉様は絶句した。水魔法は防御や回復の補助的なイメージが強いのに、極限まで圧縮された彼女のそれは、どんな剣よりも鋭い絶対的な『刃』だったのだ。


「魔法は数じゃない。どう使うかよ。……これが、皇帝の右腕の力ってやつ」

 圧倒的な実力を見せつけ、リフレットさんは自慢の青髪を払い、ウインクをして見せた。


(……これが、皇帝の右腕の力……!)


 私はその規格外の強さに、ただただ息を呑んだ。


(一周目の魔獣事件の時……大勢の護衛がいなくても私を襲った魔獣がたった一匹だけで済んだのは、彼女がスタンピードの被害を食い止め、無数の魔獣をたった一人で倒してくれたからだと推測したけれど。この圧倒的な力を見れば、それにも深く頷けるわ!)


 そして同時に、私の中に新たな戦慄せんりつが走った。


(……待って。右腕であるリフレットさんが、基本属性である『水魔法』一つを極めただけでこれほどの破壊力を出せるのなら……)


 私の脳裏に、まだ見ぬ若き皇帝の姿が浮かび上がる。


(図書室にいた時、私は導き出した。平和主義の皇帝陛下が、実の弟であるシャドウを止められない本当の理由を。基本属性ではあの異常な闇には届かず、幻級魔法をぶつければ弟を殺してしまう……そんな、兄としての悲痛な葛藤があったのだと)

(けれど、それは決して陛下が『弱い』という意味にはならないわ。……この規格外のリフレットさんを従え、血に飢えた軍事国家の頂点に立つ男。……たとえ『影』を打ち破れなくとも、彼自身もまた、何か強大な『基本属性』の魔法を極限まで鍛え上げているはずだもの)

(……弟を殺さず、ただその暴走だけを『照らして払う』ために、彼は私の光を必要とした。……その願いの重さを知った今、私は彼の持つ底知れない力の輪郭を、さらに恐ろしく感じる……)


 まだ見ぬ敵国のトップの底知れなさに、私は改めて気を引き締めた。



 そして、リフレットさんは呆然とするお姉様に向かって、ニッと悪戯っぽく笑いかける。


「可愛い妹を『指一本触れさせずに』守るっていうなら……あんたも、これくらいは頑張んないとね」

「……ッ!」


 その言葉は、からかっているようでいて……不器用な彼女なりの、力強い激励エールだった。

 お姉様はハッとして、自分の手のひらを見つめ……やがて、迷いを振り切るように、ギュッと力強く握りしめた。


「……はい。必ず、辿り着いてみせます」


 その瞳から先ほどの恐怖は消え、代わりに、遥かな高みを目指す強い決意の光が宿っていた。

 帝国の使者からの不器用な称賛と激励に、私とお姉様は顔を見合わせて少しだけ頬を緩めた。


 リフレットさんは、私たちのそんな姿を見て気だるげな緑の瞳を優しく細めた。そして、ふと自嘲するように笑い、口の中で微かに呟いたのが見えた。


「……やっぱり、尊いわね。あの姉妹の愛は」


 聞こえるか聞こえないかほどの小さな独り言。けれど、その横顔は、先ほど地下図書室で私たちをからかっていた時とは違う。


 過酷な運命を背負いながらも互いを庇い合う私たちの姿に、彼女はどこかほだされたように――心底満足そうに、口角を上げていた。


「今回はこんな結果でしたけど、二人ともよく動けていましたよ。恐怖に立ち向かう姿勢も、互いを守ろうとする心も、合格点です」


「……でも、負けました」


 私が悔しそうに呟くと、ハーヴェー様は優しく首を振った。


「最初から勝てる相手ではありませんよ。あれは、アミィエルが十六歳の時にようやく倒せるようになった相手ですから。これから頑張っていけば、必ず強くなります。君たちには、その素質がある」


 その言葉に、私とお姉様は顔を見合わせ、安堵するように少しだけ笑い合った。

 お姉様と繋いだ手から、確かな温もりが伝わってくる。


 母さんの背中は、まだ遠い。今の私たちは、圧倒的な鉄の塊や、帝国の使者の力の前にひざまずくしかない、無力なひよっこだ。

 でも――絶望ばかりだった昨日までとは違う。

 私たちの前には今、確かな『道』が続いているのだ。


(……待っていてね、お母様。私、絶対にお姉様と一緒に、そこまで辿り着いてみせるから)


 地下訓練所の冷たい空気の中で、私は自分の内側に灯った小さな、けれど決して消えない希望の炎を、ギュッと抱きしめた。

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