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見えざる館の伝承者    作者: 花咲マーチ
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伝承者の策略<水源編>

「史乃。前回は随分らしくないことしたねー。どうして?」

 不満そうな黒板の音声。ハイテンションも面倒だが、こちらも面倒そうだ。

「ふん。ただの気まぐれよ」

「えー?だって、泣いてたじゃん?感情移入のしすぎはどうかと思うなー?」

「私は、親が子供を苦しめるって思っていたのよ。私がそうだったから。でもそうとも限らなかった。子供が親を苦しめることもあるって知った。まあ、気の毒には思ったけど、それ以上の感情はないわ」

「ふーん……」

 黒板は納得してないようだ。本当は、心がなぜか痛く、いつも通りに振る舞えなかった。娘の海雛子が冷矢のDVから何とか逃げ、連絡をずっとしていたことも隠して、幸せだと言ったり、携帯が鳴っていたのを気のせいだと言ったり。海幸次郎が安心できるようにと、気がつけば嘘を重ねていた。

「海幸次郎は真実を知りたがっていた。それなのに、史乃は隠した。そして偽りを告げた。知りたいことは教えてやるべきなんじゃないの?」

 そうだ。今までの私ならそうした。でも、死期の迫っている人に、真実はいらないと思ったのだ。もちろん、私の独断。本当の心はわからない。だが、どうせ死ぬのなら、幸せな夢の中で死にたい。悪いことを告げられ、未練タラタラでは、先に進めない。これは私のエゴだ。

「人間ってややこしいのよ。嘘でも、それが優しい嘘なら、安心材料になり得る。知りたいことと違っても、確かめる術がないのなら、いい方を信じればいい。もうすぐ死ぬのに、本当かどうかなんて、あまり関係ないでしょ?」

「ナビちゃんにはわからないな。まあいっか。次からは、感情移入しすぎないでね」

「しすぎてないけど、わかったわ」

 役目は果たす。感情に流されてしまわないか、黒板は心配していたようだが、そんなものは杞憂である。


「さて。気を取り直して、次の伝承を伝えようじゃない。どうせもう見つけているんでしょ?」

「まあね」

 短い返事と共に、(でんしょう)が現れた。


 タイトルは『水』

 この村では、数年前から、水が徐々に減ってきている。下流から、川は枯れていき、残っているのは、上流にあるわずかな水だけ。村人が十分に過ごせる水など、もうなかった。

 そんな時だ。村で争いが起こったのは。1人が水を求めて、自分の田んぼにだけ水が流れるようにした。しかし、捕えられた村人の言い分は、「水はもう残り少ない。全員は生きていけない。だから殺した」であった。協力し合うなんて夢物語。村人をきっかけに私たちは、水を巡って殺し合いを始めたのだった。

 村人の数は減っていった。死体をまとめて焼く小屋もできた。本来なら、人殺しは裁かれる。しかし、ここでは、裁かれることはない。むしろ、殺さなければ殺されるのだ。そんな地獄のような日々が続いた時、神が舞い降りたのだ。救いの神ではない。神は「争いをやめないなら、水は永久に封じる」とだけ言うと、水を一滴残らず奪ってしまった。血まみれの家や地面と枯れた川。村は滅んだ。もう何もない。


 水は生きて行く上で必ず必要なものだ。だからと言って殺し合うなんて……

「人間は協力し合わないと生きていけない。独り占めしたからといって、一人きりでは生きていけないんだから。分からないのかしら?」

「それは客観視しているからだし、当事者じゃないから言えることだよ。窮地に陥った人間が何をするかなんて、誰にも予想ができないんだよ」

 確かに。私はその場にいたわけじゃないし、明日には殺されるかもしれない中で、正論を唱えられる自信はない。

「そうね。私は部外者。当事者の人たちに寄り添うことも、気持ちをわかることもできない。けど、伝えることならできる」

「ま!そうだね!伝承者の史乃にしかできないからね!」

「ええ」

 少し調子の戻った黒板に、どこかホッとしている自分がいることに驚いた。普段鬱陶しくても、いざ違うとなると、違和感がすごいのだ。人間の心というのは、素直じゃないし、面倒だと感じた。

 私は、再び本に触れ、伝えるための道具を取り出した。水色に輝く宝石のようだった。まるで、アクアマリンのみたいだ。

「綺麗……」

 人差し指と親指で掴めるほど小さいそれを、天井の証明に透かすと、より輝きを増した感じがした。

「凪の結晶。川の水を取り込んだ宝石だね」

「でも、水不足の川から得られる水なんて、ほとんどないんじゃないの?」

「そうなんだよねー。でも、凪の結晶には、結構水の量があるみたい。神が増やしたのかもしれないね。協力し合う村なら、改善しようとしていた、みたいな。神が行ったことの記述はないからねー。憶測だけど」

「なるほどね。だから、最後のページに違う人が書いたであろう文字があるのね」

 文章が終わったと言うのに、不自然に空白のページが続くと思い、めくってみた。すると、最後にこう記されていた。

『己のことのみを考える者、血塗られた者には制裁を』

 つまり、凪の結晶は、単なる水ではないのだ。

「凪の結晶を放てば水不足は解消される。でも、制裁が下る人間もいるってことよね?」

「ピンポーン!その通り!凪の結晶には、毒が含まれているんだよ。普通は無害だけど、最後の一文にあるような人間には毒なんだよ。飲めば命を落とすほどの猛毒。だけど、毒物は発見されない。これが人間の仕業なら完全犯罪なんだけどね!」

「そういえば、選ばれし者について聞いてないけど?」

「そうだったね!えーと、名前は妃水雫(きさきみずな)。水不足の小さな村に住む高校1年生。最近偶然殺人現場に遭遇したしちゃった女の子だよ!」

「え……ということは、伝承のような、殺し合いが行われているってこと?」

「まーね。今も昔も、悪い意味で変わらないね!」

「なるほど。じゃあ、話は早いわ。凪の結晶を渡して水不足を解消してもらう。きっと、村人は、大半死ぬかもしれないけど、大きな話題になれば影響力もあるってものね」

「方針が決まったみたいだから、早速呼んじゃうよ!」

 いつもの口調で話していた黒板だったが、ぽつりと、

「よくさ、人間の心がないとかいうけど、このほうがよっぽど人間らしいよ。己のためだけに他者を押し除ける。これほど人間らしいことはないよ」

 冷たく、凍えてしまいそうな声で黒板は言った。私は鳥肌が立った腕を、力強く掴んだ。






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