伝承者の策略<コドクペアレント編>
私はひどく疲れていた。
「はあ……2号ちゃん、ケーキと紅茶のおかわりー」
「はい。ですが史乃様。本日5つ目でございますよ?食べずに休まれてはいかがですか?」
「うーん……寝るのはちょっと……」
睡眠を必要としないはずの体は、時々妙に眠くなる。しかし、眠れば悪夢が襲ってくる。そのため、疲れたという感覚があろうとも、眠ることは避けたいのだ。
「史乃ー!疲れているみたいだねー!」
鼓膜が破れるかと思うくらいの大音量。余計に疲れてしまう。
「何よ。今忙しいの」
「ケーキ食べるのに?」
「そうよ。邪魔しないで」
「史乃様、どうぞ」
「ありがとう」
恐らくは選ばれし者が見つかったのだろう。しかし、今は対応したくない。またあんなギャーギャーうるさい奴が来たら嫌なのだ。
「確かに、前回の選ばれし者は酷かったねー!口を開けばクレーム。歩くクレーマーだったね!いやー、ナビちゃんも嫌だったね!」
「ならわかるでしょ?話は平行線。胸ぐら掴まれて、文句言われて、疲れたのよ。それでも、冷静に対処しないといけないんだから。こっちが文句言ってやりたいっての。全く」
「でも、存在ごと消えたじゃん。全部史乃の手のひらの上だった。思惑通りに人間が動くのは面白いでしょ?」
「そこまで計算が狂うようなら、こっちがストレスで破裂するわよ」
「まあでも、今回はそんな目には合わないから安心してよ!じゃーん!こちら、選ばれし者、海幸次郎!」
頼んでもいないのに選ばれし者の紹介を始める黒板。感情がないというのは、案外楽なのかもしれない。
「海幸次郎は、妻である海久恵を子供との対価として亡くしているよ!子供は海雛子。大学4年生。最近SNSで知り合った彼氏の甚冷矢に夢中。そして、海幸次郎の寿命は長くないよ!ほっといても死んじゃうような人間!」
相変わらず最低な紹介だ。
「ちょっと、子供を対価なんて言うもんじゃないわよ。出産は命がけの行為なんだから」
「結局対価じゃん。命を対価として命を得ている。人間は命を対価としなければ、子孫繫栄もできないなんて。不便だね!」
「もっと言い方ってものがあるじゃない……はあ。まあいいわ。海幸次郎は、海雛子を大切に育てているのでしょう?まさか、虐待とかしてないわよね?」
「もちろん!超々大事にしているよ!でも、最近喧嘩したみたいだよ!海雛子は、海幸次郎に、毒親だって言って!大切に育てても、結果がこれ!大切に育てるって何?って感じで面白いよね!」
「毒親……知識はあるけど、具体的には、海幸次郎はどのタイプなの?」
「たぶん、どれでもない」
「は?毒親じゃないってこと?」
「そう。海雛子がそう感じ取っただけ。まあ、子供が毒だと感じたら毒親だと思うけど。本当かどうかは、伝承についている道具を使えば分かることだけど」
「そう。じゃあ、とりあえず読むわ」
私は疲れていても役目は果たせるらしい。疲労感はどこかへ消え、今は伝えるために知恵を出すことだけを考えていた。
タイトルは『毒親』
毒親のタイプがあることはしっているだろうか。私は1989年にスーザン・フォワードが出した著書『毒になる親 一生苦しむ子ども』を読み、感銘を受けた。私の当たり前が破壊された瞬間だった。
いや、薄々気が付いてはいたのだ。周りの子たちと自分が違うことに。しかし、自分だけが違うとは思いたくなくて、逃げていた。それに、おかしいと気が付いたところで、子供の私に何ができよう?1人では生きていけない。働くこともできないし、ご飯を作ることも何もかも。結局、毒だって、生きていくには摂取しなければならないのだ。皮肉なものだ。大人は、嫌な相手とさよならできるのに、子供は自分でさよならができないのだから。
だから私は決意した。せめて、私が苦しんでいることを知ってほしいと。そして、叶うのなら、助けてほしいと。
私は真っ白の綺麗な家の壁に、赤いスプレーで助けを求めた。目立つように大きく書いた。邪魔されたくはなかったため、両親が仕事でいない時間を見計らった。
「毒親がいます。助けてください」
私の文字は効果があった。本を読んだ近所の人が尋ねてきてくれた。助かると一瞬思った。しかし、評判のよかった私の家は、両親の言葉で、近所の人たちを追い返してしまった。結局私は牢獄を出ることは叶わなかった。摂取する毒は増えた。もう駄目だと思った。だが、私の願いは、思わぬ形で叶った。
まず、スプレーの塗料を落としていた父の体調が悪くなりそのまま死んだ。母は、悲しんだ翌日、後を追うように死んだ。両親を失った私は、悲しくなんてなかった。施設で上手くいかなくたって、親戚をたらい回しにされたって辛くはないだろう。底辺を知ってしまっている私に、これ以上の地獄はない。
もしかしたら、私の使ったスプレーには、毒親を苦しめる作用があるのかもしれない。毒親で苦しむ子供が減ってくれればいい。そう願って、このスプレーは、ヘルプスプレーと名付けよう。
「ヘルプスプレー。毒親にのみ有効な作用か。成分ってなんなの?」
「さあね!ただの、祈りがもたらした奇跡ってやつなんじゃないかな!」
「そう。なら、これで目立つところに落書きでもしてもらえばいいだけね。でも……」
「どうしたの?史乃?」
「海幸次郎は、寿命が短いのよね?死にかけだって言った」
「そうだね!病気なのに、治療も満足にせずに、海雛子のために働き、家事をしているよ!子育ても命を対価とするんだね!」
「そんな……自己犠牲じゃない」
「自己犠牲って、美しくないよね!自己満足とイコールじゃん!ってナビちゃんは思っちゃうよ!」
「あんたねぇ……」
「何が違うの?治療をして長生きすることが海雛子のためになるでしょ?でもしない。海雛子のために生涯をかけた。世間の目はさぞ温かいよ。それが?海雛子が1人になることを望んでいるのと同じだね!」
確かに。黒板は間違っていないのかもしれない。今は治療をして、生きることを優先すべきだ。しかも、毒親だと言う娘のために、命をかける理由もないだろう。大学生ならば、しばらくの間、1人で生活することだってできるはずだ。ではなぜしない?親である経験のない私には、出せるはずもない答えだ。
「本人に聞くしかないわね。どうして治療をしないのか。そして、治療をせず、このまま死ぬつもりなら、スプレーを使って落書きをしてもらう。やってもらうことは変わらないけど、本人の意思を尊重してみようと思うわ」
「死にたくないからって断ったら?」
「2号ちゃんと一緒に行ってもらうか、治療を勧めるわ。回復したら落書きをしてもらう」
「史乃の計算では、断る確率はどれくらい?」
「……言いたくないけど、恐らく0%に近いと思うわ」
「どうして?」
「自分を犠牲にして娘に尽くしている人よ?自分の命を、今更惜しいとは思わないと思うわ」
少し胸が痛かった。できるなら、病気を治す方向で話したい。でも、頭の隅で無理だと囁く私もいるのだ。そうと分かって頼み事をする私は卑怯なのかもしれない。
「人間って分からないや」
黒板は投げやりにそう呟くと、静かになった。
「私にも分からないわ。だって、自分が可愛い親だっているもの」
そう。私の両親がそうだったみたいに、子供を心から想う親ばかりでもないのだ。だからこそ、毒親なんて言葉もできたのかもしれない。なんて、私の勝手な憶測に過ぎないのだけれどね。食べかけのケーキを一気に食べると、冷めた紅茶で胃に流し込んだ。
「おかわりはどうされますか?」
「うーん。もういいかな。お腹一杯」




