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見えざる館の伝承者    作者: 花咲マーチ
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<十七冊目>綺麗になりたい

 お人形さんみたいに綺麗だってよく言うじゃない?私はその通りだと思うわ。目は宝石のように輝いているし、手足も白くて細い。でも、骨と皮のような細さではなく、程よく肉づいていて美しい。ドールにはシミやニキビなど人間なら化粧で隠すものが一切ない。さらに、唇はふっくらと理想そのものの形だ。ほんのり色付けされた口と頬は、妖艶さと愛らしさを醸し出している。ドールこそ人間の目指すべき美ではないかしら?


 来店するなり、この店で1番高い少女を指差して、

「すみません。この人形はおいくらですか?」

 と聞いてきた。彼女は着物メーカーから取り寄せて作った、着物ドレスを来た子だ。黒い髪をツインテールに結び、ピンク色の着物を膝上の長さまでカットし、膝が隠れるくらいの丈までレースのフリルをつけた。着物だけでかなりの値段がかかっているため、

「彼女は20万円くらいです」

「え、ええ……でも、人形ってそんなにするんですね。もっと安いものかと……」

 わからない人には当然だけど、もう少し価値をわかってほしいものだわ。

「申し訳ありません。当店のドールはすべて1人ずつ手作りでして。通常のお店よりも値段は高いかもしれません。でも、仕上がりには自信がありますよ」

 店に来た男性は、白いタキシードを着て、髪もワックスで固めていた。今からどこへいくと言うのか。

「あ、こっちはいくらですか?」

 男性は、隣の子を指差した。40cmくらいのドールで、長い金髪を巻き、青いドレスに、お揃いの色に黒いリボンをあしらったハーフボンネットを被った少女だった。彼女のドレスは、服に散りばめられた宝石が深海の海のようで、昨日完成した自信作の1人だ。

「この子は8万円くらいですね。あの、どなたかにプレゼントですか?」

 タキシード姿で私の店に来た人は見たことがない。大抵普通の私服で、自分のご褒美だとか、ドールが大好きだとか、私の生み出した子たちが好きだとか……理由は様々だが、タキシードでは来ない。

「あ、ええまあ。実は今からプロポーズをするんですけど、指輪と一緒に彼女の好きな人形をプレゼントしようと思ったんです。あの、この人形をラッピングしていただくことは可能ですか?」

「もちろんです。素敵な日になるよう、私も祈っております」

 ドールをお姫様抱っこして、制作スペースでもある関係者以外立ち入り禁止エリアに入ると、ピッタリサイズの箱の中に座らせ、ピンク色のハートがたくさん描かれた包装紙で包んだ。仕上げに、赤色の大きなリボンで飾り付け。ワクワクするような見た目かつ、可愛い見た目に仕上がった。私は自画自賛を心の中ですると、両手で抱えて男性の元に戻った。

「お待たせ致しました。いかがでしょうか?」

「わあ。ありがとうございます。彼女もきっと喜びます」

「気に入って頂けて、私もよかったです」

「あ、8万円でしたね。はいどうぞ」

「ありがとうございます。またいつでもいらして下さいね」

「今度は彼女と来ますね。あ、最後に1つお聞きしてもいいですか?」

「なんでしょう?」

「この辺に最近オープンした美容整形のクリニックがあると聞いたんですが、知りませんか?」

「さあ?私は専門外ですので。お力になれず申し訳ありません」

「専門外……ですよね。ありがとうございました」

 最後によくわからない質問をした彼は、足取り軽く店を去っていった。


 男性が去っていった直後、再び店のベルが鳴った。

「いらっしゃいませ」

 今度は黒く長い髪を三つ編みにして、メガネをかけた、そばかすが印象的な少女だった。まるで漫画に出てくるようなガリ勉のようだわ。

「あ、あの、このサイトにあるクリニックはここですよね」

 彼女のスマホには、安価ですぐに美しくなれると謳った美容整形クリニックのホームページが映されていた。

「もし、そうならどうしますか?」

「本当なら、私を綺麗にしてください!私、一応美術館で働いているんですが、これから結婚すると考えると、あまり自分にお金をかけたくなくて。でも、綺麗にはなりたくて……」

「ふふ」

 笑いが止まらない。ああ、そうか。()()()か。

「ええ。ここが、ホームページの場所よ。こちらへどうぞ」

 私は、立ち入り禁止エリアと売り場の間にある細い階段を登らせ、2階へと案内した。


  2階は、1階のアンティークな雰囲気とは違い、眩しいくらいの白い壁に、蛍光灯。真ん中には同じ色のベッドがひとつあるだけの殺風景な部屋だ。まあ、何でも置いてしまうと、私のこともバレちゃうし。

「ベッドに腰掛けてください。今からカウンセリングを行います」

「は、はい!よろしくお願いします」

 彼女がベッドに腰掛けると、ギシリと軋む音がした。私は、その正面にクリップボードを持って跪き、質問を始めた。絵面だけ見れば、私が王子様がお姫様と話しているみたいだわ。

「まず、綺麗になりたい場所を教えて頂けますか?」

「あ、えっと、まずはドールです。一重を二重にしてほしいのと、そばかすを消したいです。残りは、値段次第といいますか……」

「なるほど。ちなみに、料金がご希望通りになるとしたら、後はどこを綺麗にしたいですか?」

「全身です。私ってちょっと人より太っているんですよ。BMIとか毎回高いですし。彼は気にしないって言うんですけど、きっと細くて綺麗な子がいいっていう日がきてしまうかもしれない。だから、自分が自信を持って好きになれる自分でいたいんです」

「そうですか。素敵だと思います。私、あなたの話に感動しました。料金も勉強させていただきますので、ぜひ、綺麗にさせてください」

「本当ですか!?ありがとうございます。よろしくお願いします」

「こちらこそ。あ、名前をお伺いしてもよろしいですか?」

甘宮有彩(あまみやありさ)と申します。先生、本当に感謝します」

「お礼にはまだ早いわ。ではドールのそばかすだけ取ってしまいましょうか」

「え、もうできるんですか?」

「お試しという意味も込めてです。全身を任せていただくのですから、私の腕をまずは信用してもらわないといけませんから」

「わかりました」

「服はそのままで構いません。ベッドに横になってお待ち下さい」

 私の口元がだらしなく歪んだのが自分でもわかった。


「お待たせしました。では、これより始めさせていただきます」

「よろしくお願いします」

 甘宮に麻酔をして眠らせると、ドール全体にドールの素材を薄く加工した物を乗せ、丁寧に目や口が出るようにカットした。そして、しっかりと肌と密着するように、お手製の接着剤でくっつけた。固まってきたら、ドールのドールと同じように仕上げる。すると、そばかすは綺麗に消え、白く美しい肌に生まれ変わった。

 間も無くして、麻酔の切れた甘宮は目を覚ました。

「おわったんですか?」

「ええ。見てみますか?」

 ベッドからゆっくり体を起こした彼女に、大きめの手鏡を渡した。

「え、これが……私?」

「もちろんです。どうでしょうか?」

「すごくいいです!そばかすもないし、肌も綺麗だし!少しドールが重い気もしますが、これなら全身任せられそうです!」

「よかったです。でも、定期検診も私の施術は必要ですので、1週間に1回は通ってくださいね」

「わかりました。あの、お値段は……」

「今日は……」

 私はあえて耳元で金額を伝えた。もちろん、美容整形において、破格な値段だ。普通は受けられないだろう。間近で甘宮の息を飲む音がした。

「じゃ、じゃあ……どうぞ……」

「ありがとうございます。ではまた1週間後に」

「は、はい。ありがとうございました」

 彼女が階段を降りる音色は、戸惑っていた割に軽やかだった。

「喜んでもらえてよかったな」

「ええ……っ!?」

 私は誰かに話しかけられたため、返事をした。しかし、この部屋に自分以外の人間がいるはずがないのだ。ギョッとして振り返ると、殺風景の部屋は一変。本まみれの図書館へと姿を変えた。


「はじめまして。ようこそ、伝承者の館へ。私は伝承者、葉月史乃(はづきしの)歓迎するぞ、選ばれし者、山吹百合(やまぶきゆり)よ」

「なんで私の名前を……」

 声の主を見ると、深海のような青色ドレスを見に纏い、黒いレースをふんだんにあしらったゴシックロリータの衣装を見事に着こなす少女がいた。彼女はアンティークな椅子に腰掛け、同じ系統のカウンターに両肘をついてこちらを見ていた。

「あなた、すごく綺麗ね。ドレスもとても似合っているわ」

「驚きよりも、ドレスを褒めるとは。さすがはドール職人と言ったところか」

「あら、私の職業も知っているのね。その通りよ。あの子たちの美しさを日々追求しながら生み出しているのよ。1人に費やす時間は膨大。だからこそ、愛情もあるし、最高の仕上がりになるのだわ」

「人間を使うのは時間短縮のためか?」

「なんのことかしら」

 葉月は美人だし、ドールに着せたら似合うだろうというドレスも違和感なく身につける。しかし、言葉に棘があるように感じた。取り調べを受けている気分だ。

「とぼけるとは人が悪いな。君は、ドール職人だけでなく、美容整形も行っているのだろう?専門外なのに」

「……」

「君は、()()()以来、ドールの魅力という鳥籠に囚われてしまったのではないか?」

 初対面の葉月は全てを知っているようだった。そう。私はあの日、

ー死んだのだ。



 これは、3年前のこと。ドールの服に使う材料を買いに出た時だった。私がいる歩道に車が突っ込んできた。運転手は酒を飲んでいたらしく、私をはねた後、エアバックにもたれて寝ていた。かなりの衝撃だったはずなのに呑気だと、失いかけた意識の中思ったっけ。

 その後私は、救急車で病院に運ばれて手術を受けた。だが、

「命に別状はありません。傷も酷いですが、安静にしていれば治るでしょう。ただ、左目の辺りを強く何かにぶつけたようで、視神経管骨折を起こしています。そのため、残念ながら……」

 先生の言葉など、最後まで聞かなくてもわかってしまった。私の左目は、もう見ることができなくなってしまったんだと。ドール職人としてかなりショックだったし、死んだも同然だった。

「そう、ですか。あの、もし可能ならなのですが、失った左目に、人形の瞳を入れることはできませんか?」

「それは義眼ということですか?」

「はい。どうせ見えないのなら、自分の愛する子たちと同じ目がいいです」

「わかりました。できる限りやってみます」

 私を気の毒に思ったのか、快く受け入れてくれた。


 入院期間は、回復と左目の手術を含めて2ヶ月と少し。以前のようには歩けなかったが、リハビリをすれば治るらしい。手の動きは悪くない。

「山吹さん、そろそろリハビリに行かないダメですよ」

「ええ。でも後少しだけ」

 私は看護婦の言うことを聞かず、手鏡をうっとりと眺めていた。だって、左目があまりにも美しいのだもの。紫色の瞳は、アメシストにも負けないくらい輝いていた。義眼を手に入れてからというもの、息を吹き返したかのように元気になった。やはりドールの持つ魅力は、偉大だし、理想そのもの。死んだ私を生き返らせてくれた。ああ、なんて愛おしい。

 事故をきっかけに、ドール職人の傍ら、美容整形を独自の方法でやることを決意した。多くの人に、人形のように綺麗になってもらいたい、そう思ったからだ。退院したら方法を考えよう。みんながなりたい(ドール)を……施術の仕方を……



 3年経った今、私のやり方は大成功した。安価な手術料と完璧な美しさに、客はどんどん増えていった。だから私は間違っていない。

「全てお見通しのようだから話すけど、私はいけないことをしているかしら?美しくなりたい人の手伝いをして何が悪いの?綺麗になることは権利よ。誰にも邪魔されてはダメなものだと思うわ」

「別に、どんな顔や体を目指そうが私は興味がない。ただ、君のやり方が悪いと言っているんだ。気がつかないかい?私のこの衣装。これは君が昨日()()()()()()()()()()蒼井夢(あおいゆめ)に模した服なんだ」

「蒼井夢。ああ、そんな名前だったわね。でもね、彼女、とても喜んでいたのよ。綺麗になって嬉しいって。これで堂々と結婚式に出られますって。それなのに私のやり方が間違っているなんて、言いがかりもいいところだわ」

「じゃあ蒼井夢は、結婚式に出たのかい?」

「知らないわ。招待を受けていたわけでもないのだから」

「君は、綺麗にする代わりに売り物を得ていた。どこも悪そうには見えないが、昔のように作れないのだろう?だから……」

「違うわ!私は、みんなを美しくしようと思ったからやったの。人形のように綺麗だって言うじゃない!ドールこそ美の頂点なの!」

 私は思わず声を荒げた。いい加減なことを言う葉月に腹が立った。だが、彼女は顔色を全く変えず、代わりにため息をついた。

「やれやれ。人形のようにと言っているだけで人形にしてくれとは言っていない。勘違いも甚だしいね。それに、いくら綺麗になっても自分で動けないなら意味がないだろう。美容整形の意味を調べ直した方がいいだろうね。なんて言ったって君は専門外なのだから」

「はっ。何それ。美しくするのに方法なんて関係ないでしょ?それに、私は施術については専門外かも知れないけど、ドールのパーツを使う以上、専門家だわ」

 葉月は、無言になると、カウンターに表面ギザギザとした凹凸があり、持ち手にビー玉のような紫色の球体が持ち手についた蓋付きの小物入れを出してきた。透けて見える中身には、白い何かがぎっしり入っていた。

「これは、ドールの白粉(おしろい)パウダーというものだ。昔、人形のように人間を美しくしようとした人がいた。その人は、この粉をつければ誰でも可愛くなれると売り出した。はじめこそ怪しまれたものの、実際に使った女性たちは効果に感激。噂はたちまち広がった。しかし、使い続けた結果、白粉パウダーをつけた部分がボロボロと朽ちていったらしい。頬が崩れ、額が崩れ、やがて顔を失い死んででしまったそうだ。パウダーがどんな成分を持っているのかは不明だが、人形と同じ肌になっていき生きた人間と合わなくなって、このような事態が起きたのではと言われている。君も、今の施術を続けていればいずれこうなる」

「だからやめろと」

「ああ。ドールの白粉パウダーには不思議な力があって、中身を()()()店にまけば、人間だった人形は元に戻る。しかし、もし()()()店にまけば、違う効果に変わってしまう。もしかしたら君をドールにしてしまうかもしれない」

「ドールの白粉パウダーはもらえるのかしら?」

「君が、今の施術を止めるならね」

「やめるわ。だからそれは私のものよ」

 私は彼女からドールの白粉パウダーを奪うと、扉に向かって一目散に逃げた。しかし追ってくる様子はなかった。


「ふふふ。これがあれば、面倒な仮面の加工も楽になりそうね。いいものをもらったわ」

 鼻歌を歌いながらドールの白粉パウダーを眺めていると、店の扉が開いた。慌ててレジの置いてある机の引き出しに閉まった。

「いらっしゃいませ」

「どうも」

 入ってきたのはタキシード姿の男性。彼は今朝ドールを購入した客だ。どうしたというのだろう。

「あの、何かドールに不具合でも?」

「いえ。申し遅れましたが、僕は、蒼井来夢(あおいらいむ)と言いまして、このドール、蒼井夢の夫です」

「え……あの、その子はドールで……」

「僕にはわかります。この人形は夢です。実は、彼女と連絡がつかなくなって、足取りを追っていたらここに辿り着きました。店に入ってみると、変わり果てた夢を見て驚きました」

「一体何の話をしているんですか?私はそんなことしていません」

「嘘ですね。僕が彼女を間違えるわけない」

「帰ってください!いい加減なことばかり……」

「僕は夢と、被害にあった女性たちを元に戻しにきました。ですよね、ニイナさん」

 来夢はニイナという純白のワンピースを身に纏い、長い髪をツインテールにした幼い少女を呼んだ。

「これを壊せば全ては元通りです」

「なんで……」

 ニイナは、引き出しにしまったはずのドールの白粉パウダーを持っていた。偽物かもしれないと、急いで引き出しの中を見ると、そこにはなにもなかった。あの子が持つのは本物だ。

「来夢さん。もう1人呼んでいるので、壊すのは待ってもらっていいですか?」

「わかった。その人も被害者なんだね」

 理由はわからないがまずい。葉月は他人が中身の粉をまいた場合、どうなるかわからないと言っていた。だからこそ2人を止めなければ。私は焦っていた。しかし、考えれば考えるほど、思考は停止する方向に向いてしまう。焦るな。

 私がもたもたしていると、店の扉が再び開き、甘宮が入ってきた。

「あの、呼び出されたのですが、何かありましたか?」

「来夢さん。役者が揃いました」

「始めましょうか」

 来夢はドールの白粉パウダーが入った入れ物を振り上げた。このままでは、入れ物は割れ、粉が店中にまかれてしまう。

「ま、待ってええええ!!」

 体が自然と走り出していた。だが、入れ物は床に叩きつけられ、粉々に砕け散った。同時に、白い粉が充満する。

「けほけほっ!」

 視界が真っ白で何も見えない。

「なんで……」

 目も開けていられなくなり、目を閉じる。すると急に眠気が襲ってきて、私は眠りについた。


 あれ?体が動かない?どうして?ここはどこ?私はどうなったんだっけ?あれ?私って……

ー誰だっけ?

「これが夢の見たかった人形?」

「そう!最も美しいドールって言われているものなの!ほら、踊っているようなポーズが、本当に生きているみたいでしょ?」

「本当に人形のことになると饒舌だな」

「えへへ。だって好きなんだもん。でも、来夢のことが1番好きだよ」

 ラブラブなカップルは私を見て人形と言った。私が?人形?どうして?私は……

 2人がいなくなると、また1人やってきた。

「あなたは人形です。良かったですね。望んでいた姿なんでしょう?真紅のドレスに紫の瞳。実にお似合いです。それではさようなら。()()()()()()()

 ツインテールの少女はそう言って去っていった。

 彼女がいなくなった後、団体の人が来た。

「これは最近美術館に展示されました、美しい人形というものです。見てください、目の輝きと躍動感のあるポーズ。まるで人間のようですよね」

 説明をする、そばかすのある女性。まるで人間?いや、私は人間だ!山吹百合。これが私の名前だ!美しい人形などではない。さっきまでいた客たち私が施術した人たちだ。。嘲笑いにでも来たというのか。くそ。思い出したのに、どうすることもできない。悔しい。苦しい。助けて。


ー私の声はもう誰にも届かない。

 






 

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