五冊目<カラフルな花>
将来って何だろう。私はずっと考えられずにいた。
紅樹彩高校二年生。進路を迷っている真っ最中だった。とはいったものの、何かやりたいこともないまま、進学校に行ってしまったために就職というのも気分的に嫌だった。でも行きたい大学もない。まさに五里霧中だ。
「彩!あんた進路の紙を白紙で出したって本当なの?!今学校の先生から電話があったわよ!」
「うっさいなー……」
そう。私は進路希望の紙を白紙で提出したのだ。だって何も決まっていないのに提出しろっていうほうがどうかしている。
「ちょっと彩。真剣に考えなさいよ。大事な将来のことでしょ?」
「わかってるけど、今はわからないの。そんなに焦らせないでよ。」
「そうはいっても、もう高校二年生よ?来年には卒業なの。わかっているの?」
「わかってるってば!あーもう!先生もなんなのよ!てか、私の将来のことでしょ?他人の先生とか、お母さんとか、関係ないじゃん!ほっといてよ!」
これを反抗期というのだろうか。とにかく周りに何かを言われると腹が立って仕方がなかった。
「関係ないって何よ!お母さんも先生も心配で……!」
「その心配ってのがうざいの!」
「うざいってなによ!」
「あーもう!」
埒が明かない。きっと母は進路を決めるまでここで小言を言い続けるだろう。そんなの耐えられない。
「あ、ちょっとどこ行くのよ!」
「蜜の家。家に居るとうるさいから。」
「何ですって!?」
母は真っ赤になって今にも怒りを爆発させそうだった。まあ、私の態度が悪いんだけど。私はさっさと部屋をでて近所に住む親友・草壁蜜の家に向かった。
―ピンポーン
蜜の家は私の家から100メートルほど歩いたところにある。急に訪ねたため、いる保証はなかったがとりあえずインターホンを押した。
『はーい。あれ?彩じゃん。どうしたの?』
インターホン越しに蜜の声が聞こえた。それだけで少しほっとした。
「あー……ちょっと親と喧嘩してさ。なんていうか、匿ってくれない?」
『あはは。またかー。いいよ。今出る』
声が聞こえなくなるとすぐに玄関の扉が開いた。
「いらっしゃい。」
「ごめんね急に。お邪魔します。」
「どうぞどうぞ。」
急にも関わらず蜜は快く迎えてくれた。持つべきものは親友だなとしみじみ思った。
蜜の部屋に入ると、今もっとも見たくない進路という文字が書かれた書籍が、勉強机の上に積まれていた。
「汚くてごめんね。ってどうしたの?」
勉強机を眺めながら暗い顔をしていると、蜜が心配そうに顔を覗き込んできた。
「え?ああ。ごめん!なんでもない!」
「なんでもないわけないでしょ?うちがわからないとでも?」
「あはは。お見通しか……実はね……」
私は蜜に進路のことで悩んでいることや、母親と喧嘩して来たことを話した。
「なるほどね。彩趣味とかないもんね。」
「そうなの。何にも興味なくてさ。蜜はどうやって進路って決めたの?」
「うち?うちは、前に行ったボランティアで小さい子と関わったじゃん?今までは気がつかなかったんだけど、小さい子の相手が楽しくて仕方なかったんだよね。だから小さい子と関わる仕事保育士になろうって思ったの。」
「あー、あのボランティアね。」
蜜の言うボランティアには私も参加した。だが、蜜のように何かを感じることはなかった。
「きっかけはささいなことでいいんじゃない?もしかしたら、職に就いてこれじゃないって感じるかもしれないけど、まあそれはそれでいいかなって思ってるんだ。だから彩も頑張りなよ。」
「って言われてもなー……。はあ。別にさ、完璧な進路にしたいから迷っているんじゃなくて、何もしたい事がないから困ってるんだよね。進学校を選んだのだって、興味のあるものが見つかるかなって思って選んだわけだし。結果的には意味なかったけどさ。」
「ゆっくり考えればって無責任なことは言えないからさ、とりあえず何でもやれることはやってみたら?例えば、歌ってみたり、絵を描いたり、盆栽を育てたり?」
「最後の何よ。でも何でもやってみるのは大事かもね。」
「うん。可能な範囲ならうちも付き合うよ。」
「ありがとう。うん!なんかスッキリしたー!さすが蜜だね!」
「役に立てたなら光栄だよ。じゃあもう帰る?お昼食べてく?」
「うーん……帰るわ。アドバイスもらったし。それに、結構酷いことも言ってきちゃったしね。謝んないと。」
「そっか。まあでも、喧嘩できる相手がいるっていいなって思うわ。うちはいないから。」
「蜜のお父さん、まだ帰ってこないの?」
「うん。いなくなって一週間くらい経つのかな……。ママもそのことで最近、気分が沈みがちでさ。」
「蜜も大変な時期なのに何かごめん。」
「気にしないで。あ、玄関まで送るよ。」
父親が行方不明になったにも関わらず、私の話を親身になって聞いてくれる蜜は本当に強くて優しい女の子だと思った。
外に出ると、蜜の家を出てすぐのところにある花壇が気になった。そこには数日前にはなかった見たことのない花が咲いていた。
「ねえ蜜、この花って何て言うの?」
「お?彩が興味を持つなんて。なんて冗談だけど、この花は何て名前かはわからないわ。最近急に咲いたんだけど、きれいだし、カラフルだしそのままにしてるんだ。」
「そうなんだ。」
なぜかその花が気になって仕方がなかった。これが何かに興味を持つという感覚なのだろうか。だとしたら……。
「その花がどうかした?あ、もしかして分けてほしいとか?」
「いやいや!全然違うから!じゃあね!」
私はもやもやした感情を押し込め、足早にその場を立ち去った。
「ただいまー……」
喧嘩した後というのはどうしてこうも家に帰りづらいのだろうか?自分の家のはずなのに他人の家のような感覚になる。ただいまというよりもお邪魔しますといいたくなる。
「あら、おかえり。」
家を飛び出す前はあんなに怒ったいたのに普通なら態度に戻っていた。気持ちの切り替えは母に見習いたいなと思った。
「あ、あのね、さっきはごめんね。その、言い過ぎた……かも……」
「かもって、何よそれ。かなり言いすぎていたわよ。でも、お母さんも心配でつい言い過ぎちゃってわ。ごめんなさい。」
「い、いや、お母さんは悪くないじゃん。あ、そうだ!私ね少し興味のあるものができたんだけど、聞いてくれる?」
「彩が?ええ。ぜひ聞きたいわ。」
「えっとね……」
私は母と仲直りすると、蜜の家で見た綺麗なカラフルな花について話した。
「つまり、彩はその花について調べる人になりたいってこと?」
「そこまではまだ……でももし、未発見のものだったらそれを1番に図鑑に載せる人になりたいなっては思う。」
「まあ!素敵だわ!何にも興味もなかった彩が何かに興味を持つなんて……今夜はお赤飯にしないといけないかしら。」
「ちょ、大袈裟!」
母と笑い合う。将来というものが少し晴れ始め、正体が見えてきた。何かがわからないから不安なだけ。見えて来ればこんなに心も晴れやかになれるものなのだと実感した。これからは真面目に考えてみようと思う。
翌日、学校の授業が終わると図書館に向かった。調べ物なんて携帯で済んでしまう世の中だが、残念ながらカラフルな花はネット上に何の情報もなかったのだ。そうなれば書物に頼るしかないと思った。
「植物図鑑って結構あるのね。」
ネット上の多くの情報を本棚に詰め込んだようだった。私はとりあえず片っ端から読んでいくことにした。
どれくらいの時間が経っただろうか。
「あのーお客様……そろそろ閉館の時間なのですが……」
「えっ?!もう?」
図書館の職員の人に声をかけられなかったら一生読み漁っていたかもしれない。私ってこんなにのめり込める人だったかな?
「す、すみません!すぐに帰りますので!」
「あ、いえ、そんなに焦らなくても……あの、本はこちらで戻しておきましょうか?」
「えっと……はい……」
片っ端から読んでいったのはいいが、読んでは戻せばいいものを机の上に積んでいってしまい大変なことなっていた。こんなにたくさん積まれた本を返す場所さえ曖昧な上閉館間際。申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、職員の人に片付けを任せることにした。
慌てて図書館を出ると、すっかり日は落ちて真っ暗になっていた。
「こんな時間までいたのに何の収穫もなかったな……」
そう。たくさんの植物図鑑を読み漁ったが、カラフルな花について書いてある図鑑は何一つなかった。全て読んだわけではないが、あれだけの本に載ってない植物が残りの読んでいない図鑑に載っているとは思えなかった。しかしこれは、私にとってはチャンスなのだ。私の目標である、1番に図鑑に載せるということが達成できるかもしれないのだ。
色々考えて歩いていたらあっという間に家に着いた。
「ただいまー」
少し遅くなってしまったので、小言の一つは覚悟して家に入ったが、母からの返答はなかった。それどころか、玄関先は自宅の中ではなく、知らない場所だったのだ。
「なっ!家間違えた?!そんなはずないんだけど!!」
私が慌てていると、
「ようこそ、伝承者の館へ。」
という聞いたことのない少女の声がした。
「だ、誰?」
「そんなに怯えなくてもよい。」
声の主を見るため声のする方向へゆっくり足を進める。
「まあ驚くのも無理はないだろうが、少しお茶でも飲んでいかないか?損をすることはないと思うぞ?」
歩みを進めていくと、私は先程までいた図書館のような場所にいることがわかった。目の前には貸出を行うカウンターがありそこには綺麗な少女が座っていた。声の主は恐らく彼女だろう。
「あの、私家に帰ったはずなんですけど、気づいたらここにいて……ここってどこなんですか?」
「それを知るためにも、話を聞いていくと良い。ああ、申し遅れたが、私は伝承者、葉月史乃だ。ようこそ選ばれし者、紅樹彩よ。」
「な!なんで私の名前!?」
「私が伝承者で、君が選ばれし者だからだ。他に理由はないよ。」
「答えになってない……」
葉月史乃と名乗る少女は欲しい答えをくれなかった。しかし、彼女は私のことを見透かしているように話すので、少し恥ずかしかった。
「とりあえず座らないか?」
「じゃ、じゃあ……」
葉月史乃に促されて椅子に腰をかける。すると必然的に彼女の真正面に座ることなった。近くで見ても人形のような美しさだった。
「あの、あなたのこと、どう呼んだらいいですか?」
「ん?そんなことを聞かれたのは初めてだな。好きに呼んでくれて構わない。呼び捨てでもなんでもな。あと、敬語で話す必要もないのだぞ?」
「そう。えっと、なら、史乃って呼んでもいいかな?私、下の名前で相手を呼び捨てすることが多くて……」
「構わない。」
史乃は嫌そうな顔どころか表情を全く動かさずに了承してくれた。呼び名は愚か、自身の名前すらどうでもいいかのようだった。
「あの、それで話っていうのは?」
「ああ。そうだったな。実は今、私はとても困っているのだ。」
「なにかあったの?」
「これを見てくれ。」
そう言って史乃は植物の球根らしきものを出してきた。
「これは……球根?」
「その通り。ポッピンフラワーという名前の球根らしい。一つの花から様々な色を咲かせるという珍しい花らしい。だが見ての通りここには植物を育てるものはなくてな。それで困っているのだよ。」
「ちょっと待って。ポッピンフラワーってもしかしてこんな花じゃない?」
私はこっそり蜜の家に咲いていたカラフルな花をスマホで撮影していた。それを史乃に見せると、少しだけ表情が動いたように見えた。
「本当にカラフルで綺麗な花だな。しかし私は実物を見たことはなくてな。写真もない。君の見せてくれた写真がポッピンフラワーだという確証もないが恐らくはそうだろう。」
「ならそれ、私にくれないかしら?ほら、私の家は庭もあるし植物を育てるにはいい環境だと思うのよね。花が咲いたら史乃にあげるわ。どうかしら?」
「私の代わりに君が育てるということか。わかった。ではこれは君に預けるよ。」
「ありがとう。あのね、実は私もこのカラフルな花のこと調べているの。何もわかったことはないけど、この球根が本当にポッピンフラワーって言う名前の花なら私の夢に一歩近づけるなって思ってさ。」
「夢?」
「そう。私、興味あるものが何もなくて毎日が退屈だったの。でも、親友の家でこの花を見てから植物に関わる仕事をして、いつか自分で作った図鑑を出版したいなっていう夢ができたの。だから、史乃の代わりに育てるのは私のためでもあるんだ。なんかズルくてごめんね。」
史乃の申し出は願ってもいない事だった。まさに棚からぼたもちとはこのことだ。
「構わない。私は本物のポッピンフラワーが見れたらそれでいいのだからな。」
「本当にありがとう。あ、お茶もおいしかったよ。」
「それはよかった。ではそろそろ君を家に帰さないとな。球根も育ててもらわないといけないし何より、夢の邪魔をするのは忍びない。」
「私頑張るね。またね。」
「ああ。」
そう言うと、周りが光に包まれ気がつくと家の玄関に立っていた。
「お帰り。もうそろそろご飯できるわよ。」
「え?あ、ああ、うん。荷物置いてくるね。」
私は今までの出来事が夢だったのかと思った。だが、私の右手には史乃からもらった球根が握りしめられていた。
次の日から、史乃からもらった球根を大切に育て始めた。何かに打ち込む時間はとても有意義で楽しかった。
「ヤッホー。遊びに来たよー。」
「蜜!いらっしゃい!」
庭で球根の世話をしていると蜜が訪ねてきた。
「何か不思議な気分だよ。何しても楽しそうじゃなかった彩がこんなにも楽しそうに植物育ててるんだもん。ちょっと妬けちゃうな。」
「えへへ。でも、蜜のことももちろん大事だし大好きだよ。だけど、花が咲くのが楽しみ過ぎて、まだ芽がでないってわかっているけど、つい眺めちゃうんだよね。」
「はいはい。ほどほどにね。」
「わかってるって。」
「じゃ、うちは帰ろうかな。」
「え?もう?」
「うん。楽しそうな彩の様子を見に来ただけだもん。じゃあね。」
「またね。」
蜜は来て早々に帰ってしまった。球根を育て始めてからはほとんど蜜の家には行っていない。植物に時間を使いすぎて蜜との時間をおろそかにしてしまっているのかもしれない。少し申し訳なくなったが、学校でその分たくさん話そうと思った。
月日が経つのはあっという間で、私は高校3年生になった。だが今の私は進路希望の紙を白紙で出した私ではない。しっかり希望を書ける私になっていた。史乃からもらった球根はというと、綺麗な花を咲かせ、蜜の家に咲いていたものと同じだったことから、あの花がポッピンフラワーという花であることが証明された。後は花を史乃に届けるだけだが、どうやってあの場所にいけばいいのかは聞きそびれてしまい分からなかった。
「場所くらい聞いておくんだったな……」
「何ブツブツ言ってんの?」
「わっ!蜜!ビックリしたよー。」
「ふっふっふ。上の空の彩にはこうだー!」
「ちょ!わ!あはははは!やめてよー!」
蜜に脇腹をくすぐられ爆笑する私。毎日が輝かしく楽しい。こんな毎日が続けばいいと思った。それなのに……
「次のニュースです。昨日、高校3年生の紅樹彩さんが、行方不明となりました。彩さんは……」
ニュースキャスターは私が行方不明であると告げた。
「どうして……」
私は学校から確かに帰宅したはずだった。だが、以前のように玄関を開けると史乃のいる図書館に繋がった。すると史乃は突然テレビをつけ、このニュースを見せてきた。
「どういうこと!?てか、ここはあの世なの?」
「君には悪いことをしたと思っている。私が君に渡したポッピンフラワーの球根さえなければ、君は行方不明などにはならなかったのだからな。」
「なんなの……私は!これからだったの!夢も見つけて将来のこともしっかり考えられるようになって!これからって時に!なんで……」
八つ当たりなのはわかっている。それに行方不明ってだけで死んだとは言っていないのだ。ここから出れば元に戻れる。そう思ったけれど、史乃の様子からそうではないのだと何となく察ししてしまった。
「君が育てたポッピンフラワーという花は、人間の命を養分として育つ植物であることがわかった。1年かけて育てている人間の命を奪い花を咲かせる。そしてさらに1年かけて球根になる。これがポッピンフラワーの正体だ。」
「な……」
魅力的なあの花は、命を食らう恐ろしい植物だったのだ。信じられないが、私があの花を育て始めたのは1年前。そして1年経った今日、私は行方不明になった。辻褄が合うのだ。嘘だとは言い切れなかった。
「史乃は知っていたの?」
「いいや。私も知らなかった。」
「でも今はしってるじゃん!なんで?!」
「花が咲いたからだ。」
「は?」
「私は伝承者。ポッピンフラワーについて世に伝承を伝えていかなくてはならない。」
「だからなによ。」
「ポッピンフラワーの伝承は花を咲かせなければ知ることは叶わなかったのだ。」
「じゃあ、私が花を咲かせたから分かった事実が、ポッピンフラワーが化け物だったってことなの?」
「ああ。分からなかったとはいえ、結果的に君の命を奪ってしまった。だから、申し訳ない。」
史乃は本当に申し訳なさそうに頭を下げた。なんだ。感情がないわけでも無表情なわけでもなかったのか。
「はあ。で?私の死体はどこにあるのよ?てか、これ作ったの誰なの?」
「君の遺体はポッピンフラワーの下にある。そもそもピッポンフラワーは昔から謎の花だったんだ。誰が作ったとかそんなのも不明だ。分かっているのは土葬された所に遺体を覆うように突如として咲いた花で、弔い草とも呼ばれていたというくらいだ。」
「でもさっき、1年かけて人の命を食らって咲くとか言ったじゃん。」
「ああ。それは熱心にポッピンフラワーについて研究していた男がいてな。彼は、ポッピンフラワーが人間を養分にして花が咲くのではないかと考え、人を殺しては土に埋めたり、体の一部を切断して埋めてみたりと、どうしたら花が咲くのかを徹底して調べたそうだ。その結果、何も咲くことは無かった。だが彼は諦めきれず、今度はポッピンフラワーの咲いている墓を掘り起こすことにした。しかしでてくるのは遺体だけ。だか奇跡が起きた。」
「奇跡?」
「彼はふと、枯れているポッピンフラワーの下を掘り起こそうと思ったのだ。そして掘り起こした結果、そこにあったのは遺体ではなく球根だったのだ。これがポッピンフラワーの球根であると確信した彼は持ち帰って育てた。だがは球根を手に入れるために多くの犯罪を犯してきた。当然彼は捕まってしまった。しかし1年後、彼は刑務所から姿を消した。警察が血眼になって探したが見つからずただ、無人であるはずの彼の家には綺麗なポッピンフラワーが咲いていた。この花が墓場にしか咲かないことを知っていた警察は花の下を掘り起こし、彼の遺体を発見した。これがポッピンフラワー誕生の物語さ。」
「弔い草からポッピンフラワーになったのはなんで?」
「土葬というのがなくなって、色とりどりの花を咲かせることから名付けられたらしいが、正直本当の意味はよくわからない。」
「そう。」
私が黙り込むと、史乃も同じく黙り込んだ。しばしの静寂の末、私は史乃にある提案をしようと思い立った。
「ねえ、史乃はポッピンフラワーについてみんなに知ってほしいんだよね?だったら私の頼みを聞いてくれない?」
「頼み?」
史乃はきょとんとした顔をしていたが構わず言葉を続けた。
「私はこの通り死んでしまって折角の未来を奪われてしまった。その責任を感じているなら私の夢を叶えてくれないかしら?」
「つまり何をしろと?」
「決まっているじゃない。図鑑を作るのよ。前に言ったでしょ?」
「なるほど。わかった。その夢、叶える手伝いをしよう。」
「ありがとう。」
死んでしまった事実は覆らない。史乃は伝承者で神様じゃないから。でも両親や蜜は心配しているだろう。だからこそ、届けたい。私が命をかけて掴んだポッピンフラワーの真実を。
行方不明になったその日から私は史乃と共に図鑑作りに励んだ。といってもほとんど私一人で作っているようなものだが。でも、ネット環境や本を作る材料とかはすべて用意してくれたから文句はない。
―コンコン。
扉がノックされ、史乃が部屋に入ってきた。
「どうしたの?」
「進捗状況を確認しに来た。あとどれくらいで完成するんだ?」
「えーと、まだ少しかかるかな。でもそんなにはかからないよ。だって私、まだまだ植物のこと知らないから。メインはポッピンフラワーについて書くつもりだし。」
「そうか。ではできたら本にしてすぐに書店に並ぶように手配しておく。」
「ありがとう。」
優しい言葉はかけてこない。だけど、嫌な感じはしなかった。
図鑑を作り始めてどれくらい経ったのかはわからないが、無事に完成した。
「史乃!完成したわ!」
「ふむ。では早速製本しよう。君は座って待っていてくれ。」
「ああ、うん。わかったわ。」
史乃はいくつもある扉のどこかに入っていってしまった。
しばらくすると、史乃が戻ってきた。
「書店に、君の図鑑が並んだ。」
「え?もう?」
史乃は淡々とそう告げると、テレビをつけた。
「速報です。研究者の間で長らく謎に包まれていた植物について書かれた図鑑が本日発売されました。さらに驚きなのは、先日行方不明になった女子高生、紅樹彩さんが執筆したということです。書店には多くの人が押しかけています。」
「私の図鑑が……」
「有名人だな。」
「……そうだね。」
たくさんの人に自分の作った図鑑に興味を持ってもらえることがすごく嬉しい反面、みんなの反応を直接受け取ることができないのが悔しかった。
「ありがとうね。夢を叶えてくれて。もちろん、死んだことは今でも許したわけじゃない。家族とそして蜜とこれからも歩いていきたかった。だけど、ポッピンフラワーについて知って図鑑を出版できたことは心から感謝してる。ただ死んだだけじゃないから。私が生きてたって爪痕も残せたしね。」
「そうか。」
「ねえ、それから……うっ!」
家族の様子を見たいと頼もうとすると、突然息苦しくなり、床に血を吐いた。
「けほっけほっ!な……に……」
意識が朦朧とする。
「図鑑が発売されたことによって、君が育てたポッピンフラワーが掘り起こされた。そして君の遺体が発見された。ここはあの世ではない。あの世とこの世の境みたいなものだ。私が無理矢理君をここに引き留めていたにすぎないのだ。」
「うっ……」
「死んだとこの世で発覚するれば、あの世に引っ張られてしまう。君の場合はここに居る時間も長かったから魂に負荷がかかったのだろう。」
「ね、ねえ……家族の様子がね……あと、蜜の……」
「君の家族はとても悲しんでいる。君は愛されてたのだな。それから草壁蜜といったか。彼女とはすぐに会えるだろう。」
「どう……い……う……」
蜜にすぐ会える。どういうことなのだろうか。私は聞く前に意識を失ってしまった。
「うっ……ここは?」
目が覚めると、図書館ではなく何もない真っ白な所だった。体はさっきまで血を吐いて苦しかったことが嘘のように軽かった。
「彩。」
「え……蜜?」
少し距離を置いたところに蜜がいた。そういえば、史乃は蜜とはすぐに会えるといっていた。
「どうしたの?なんで蜜がこんな所に……っ!」
蜜はポッピンフラワーの球根を取り出した。
「彩。後1年だけ待っていて。そしたらうちもそっちに行くよ。」
「駄目だよ!蜜は生きないと!」
「彩。この球根はね、パパなんだよ。ねえ彩。うちね、決めたの。ママとこの球根を植えて育てるって。家族みんなで花になるんだ。ねえ、素敵でしょ?」
「嫌だよ……私はそんなことのために図鑑を作ったんじゃない!」
「またね彩。」
「待って!蜜!蜜!」
蜜は真っ白な景色に溶けていった。
「私は……私は……」
涙がこぼれて止まらない。気づけば私の体も真っ白な景色に溶けていった。




