第一章 記憶を失くした少女 四
「――――・・はく・・・
・・・――瑚珀っ!」
男の子の声で、目が覚める。
・・・痛。
頭が、鉄球で殴られてるみたい・・・。
側にいた少年が、口を開いた。
「あ、よかった、気が付いた。
なぁ、瑚珀。結界張っただけで倒れるって、大丈夫?
・・・てゆうか、どうやって、城、抜け出したの?」
・・・瑚珀って・・・。
誰なのさ。
そして、何故城?
「えと・・・。瑚珀って、誰のこと?」
体を起しながら、頭を抑えて聞いた。
少年は、目を丸くした。
まるで、びっくりした時の魚みたいだった。
「・・・え?・・・瑚珀・・・だよね・・・?」
し、知らない・・。
第一、自分のことさえ、何一つ、覚えていないのに・・・。
すると、単なる人違い・・・?
失礼な男子も増えたもんだ。
「だから・・・瑚珀って、いったい誰のこと?」
気まずい空気が、暗闇をすり抜ける。
その空気を打ち負かすように、少年はいきなり吹き出した。
「瑚珀ったら、相変わらず冗談が下手だねっ!
とぼける前に、その指輪、外しときなよっ!!」
と、笑い転げてる。
いったい、何がそんなに可笑しいのか・・・。
というか。指輪、外れないし。
はっきり言って、近所迷惑じゃないのかな。
夜中だろうし。この気温じゃ。
「・・・。指輪。外せないんだけどな。
外せたら、こんな安そうな指輪、さっさと捨てていたよ?」
私の一言に、少年の笑い声が、ピタリと止まった。
「・・・瑚珀が指輪を捨てようとした・・・? 」
聞き取り難い程、小さな声だった。
そして、その声は、怪物に襲われたかのように、怯えていた。
「・・・俺の名前、判るか?」
少年は、私に詰め寄ると、そういった。
判るわけ、ないじゃん。。
「・・・。判んない。
私、自分の名前も判らないし、ここがどこかって事だって、判んないんだからっ。」
後方へ飛びのいて、腕をブンと、振り上げる。
全然、怖くなんか無かったのに、今になって恐怖が押し込めていた。
泣きたくなった。
なんで、今、こんなに怖いんだろう。
さっきまで、つい数秒前まで、全く気にならなかったのに・・・。
「お前、どこから来た?どこに居た?」
少年は、質問を続ける。
今度は、近寄ってこなかったが、真剣な声だった。
「・・・。」
何も答えなかった。
・・・答えられなかった。
今の私と少年を、たとえるなら、「蛇に睨まれた蛙」。
その場から、一歩も動けなかった。
逃げ出そうと思えば、逃げられるのに・・・。
でも・・・初対面の異性に、自分のことを言うような、いい子ちゃんでもない。
「知るかよ。チビ。」
私は、元々、口が悪かったのだろうか・・・。
助けてもらった恩はともかく、他人だ。少なくとも。
それに、チビって、言ってやれば、向こうも怒って帰ると思っていたのに、この少年は、
「アハハハハッ!!やっぱり瑚珀だっ!!」
・・・なんていって、また笑い転げた。
な、何で・・・?
少年は、腹を抱えながら、続けた。
「だって、俺のこと、チビって呼べたの、この世でたった一人だけだもんっ!」
「・・・で?」
正直、もう、飽きてきた。
「で、そいつが瑚珀、お前だ!!」
ふーん。瑚珀ねぇ。
でも・・・。それ、人違いだよ。きっと。
「あーでも待てよ?」
少年は、また真顔に戻った。
「なぁ、瑚珀。その指輪、何の為にあるか、知ってるか?」
知らない。
というか、勝手に瑚珀って呼びつけないでよ。
「・・・まさか、知らねぇのか、本当に。」
黒い癖っ毛を、かき上げる。
その通りだよ。
で、そんな目で見つめないでほしい。
何も言えなくたってしまうじゃない。
「あのね?言ってる意味が、全く判らないんだけど。
私は、瑚珀なんかじゃないの。」
「じゃ、名前、なんて言うの?」
即答。
しかも、答えられない。
「どこで生まれて、どこで育ったのか、言えるか?」
「・・・・・・。」
・・・何も、言い返せない。
覚えていないんだから。
自分のことは、何一つ。
「ふーん。覚えてないんだ。」
何故判る。
「でもなぁ。瑚珀に妹いたなんて、聞いたこと無いしなぁ・・・。」
知るか。
「とはいえ、お前、瑚珀そっくりだ。瓜二つ。」
そーですか。
「あ、そうそう、忘れてた。なぁ、瑚珀・・・。」
「瑚珀じゃないっっ!!!」
キレた。当然です。
「何も言わずに聞いていたら、何!?
人のこと、勝手に『瑚珀』なんて、呼びつけて!
からかうのも、いい加減にしてくれない!?」
少年が、何もいえなくなっているのを見て、私は我に帰った。
・・・少年の目が、変わった。
寂しい、冷たい瞳
「そっか、そうだよ・・・な。
瑚珀なわけ、無いよな・・・。」
少年は、その場に座り込むと、一粒の透き通った涙を流した。
宝石のような、紅色と緑色も、
泥にまみれたように、光を失っていた。
「・・・。」
なにも、いえなかった。
泣き止むまで、待つしかなさそうだった。
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