合流 前編
母艦の展望室にて。
告白を終えたリージアは電磁波を用いて気絶させたフォスキアを優しく抱きかかえ、ベンチへとゆっくり寝かせた。
「……さようなら、私の恋したエルフさん」
「……なに、いって」
全身を痺れさせるフォスキアは、リージアの言葉を耳に入れながら彼女の目を除きこんだ。
今のリージアの目は、まるで底なし沼のように何の光も無い。
さっきまで浮かべていた、初心で純粋な瞳と同じ物とはとても思えない程にどす黒い。
「……ゴメン、今私に渡せるのは、これ位だから」
そんな目を向けるリージアは、ホルスターごとリボルバーをフォスキアの上に乗せた。
その上でフォスキアの頭を軽くなで、また軽くフォスキアと唇を重ねる。
「それと」
涙を零しながら立ち上がったリージアは、展望室の入口へと目を向けた。
そこには今まで見た事無い程鋭い目をするモミザが鎮座しており、部屋の出入り口をふさいでいる。
「……テメェ、何してんだ?」
「妹の告白劇の聞き耳何て、随分と野暮な事するじゃん」
「ッ、何してんだって聞いてんだよ!!」
拳が砕けそうな程握り締めるモミザは、展望室が揺れる程の大声で怒鳴った。
折角恋路を諦めたというのに、リージアの奇行で台無しだ。
沸き上がる怒りを隠す事もせず、ひたすらにリージアを睨む。
「……昨日の戦いでさ、私、解っちゃったんだ、私は惚れた女一人守れない雑魚だって」
「……」
狂った笑みを浮かべるリージアは、先日の戦いを思い出す。
フォスキアを助けようと奔走したのは良いが、結局アリサに助けられる形となった。
彼女が居なければ、今頃塵芥だっただろう。
そんな弱気なセリフを聞き、モミザは鈍い声を出す。
「黙れ」
「私は、もう誰も守れる気がしない」
「黙れ!」
「皆も、政府の連中とは、事を構えたくないみたいだし、後の事は、貴女とゼフィーに頼むよ、残りは全部私が」
「ッ!!」
セリフを言い終わる前に、モミザは殴り掛かった。
弾丸のように間合いを詰める彼女に反応したリージアは、一瞬で変異を実行。
以前までのように快く拳を受け入れず、スーツを引き裂きながらその一撃を受け止めた。
その衝撃で床はひび割れ、壁やスクリーンも破壊される。
「何時もそうやってやれると思わないで」
「黙れって言ってんだ!何時まで引きずってやがる!?俺達の戦争はもう終わったんだ!姉貴が、俺達を抱いて死んでいったあの時、もう終わっただろうが!」
「……何も終わってないよ、貴女の中での戦争は終わったかもしれないけど、私の戦いは何一つ終わってない、それに、エルフ共を相手にして解った事が有るの、私達の存在を知る者がいる限り、どんな災いがもたらされるか解らない」
「ガッ、アアアア!」
拳を握り潰されるモミザは何とか逃れようとリージアの腕を掴むが、現在のスペックの差がそれを許さない。
拳を徐々に圧壊させていくリージアは、なんとも冷たい表情を浮かべる。
「だから、不穏分子は全て殺す、それに不安で仕方ないんだよ、アイツ等にとって、今のフォスキアは絶好のモルモットだからね、万が一、あの子がアイツ等に捕まったらって考えると」
「ア、グゥ」
「クローンとはまた違う製法で作られた人工生命体、しかも悪魔と同化して、身体のほとんどは機械で構成されてる、そんな彼女がアイツ等の手に渡れば、彼女の安寧は永久に失われる」
持論を述べ続けるリージアの手によって潰された拳の破片がパラパラと落ち、駆動系の類は悲鳴を上げて来る。
痛みこそなくとも、それに近い物を感じるモミザは涙目ながらリージアの事を再度睨む。
「バカやろう、そんなの、勝手な都合で、俺達を消そうとした、政府の連中と同じじゃねぇか!」
「……同じだよ、でもね、アフガン覚えてる?砂嵐で全身砂まみれになりながら、反政府勢力を潰せって、私達が言われたの、民間の医療団体だったよね?確かに反政府勢力の兵士も居たけど、罪の無い民間人まで殺せって命令された、そして、私達は、全員E兵器で焼き殺した」
「ッ」
涙を零すリージアに過去をえぐられたモミザは、一瞬だけ言葉を失った。
何しろ、彼女の言っていた作戦にはモミザも参加していた。
共に焼死体の山を築き上げ、多くの民間人を葬った。
「それだけじゃない、アイツ等は何時も、何時も……自分たちに不都合な奴は全員消してきた、自分に従わない国、自分の儲けにならない団体、もちろん自分たちと同じ政党の奴でも、不利益な奴なら消した、私達を使って」
他のアンドロイド達よりも最前線で戦う事もあったリージア達だが、その傍らで要人の暗殺も行っていた。
レーダーや通信等を阻害できるE兵器である彼女達にとって、朝飯前の仕事ではあった。
今ほどではないにせよ、当時から人間を嫌っていたリージアでも胸糞悪かった。
「たかが意見の相違で敵とみなして、全部消そうとする、そんな事をするような連中に、フォスキアは渡さないし、これ以上の未来は許さない、だけど、その政府作ったのは私達、だからこそ、私が全てを修正する」
「……だからって」
今リージアが踏み入ろうとする道がどんな物なのか気付いたモミザは、潰されていた腕をパージ。
代わりに残った方の腕で、打撃を繰り出す。
「そんな非行に、テメェを走らせるか!代わりに、俺がテメェを修正してやる!!」
リージア程でないにせよ、モミザも政府達には強い反感がある。
だからこそ、リージアに彼らと同じような道を歩んでほしくは無い。
なにより、そんな行為はアリサもフォスキアも望んでいない。
何時ものように馬鹿を正すための拳を繰り出すが、今の彼女にその拳は届かない。
「悪いけど、今の貴女じゃ、私には届かないよ」
「ガハッ!」
モミザの拳を払いのけたリージアは、モミザへと鋭い蹴りを繰り出した。
変異によってパワーの上がった蹴りによって守りは崩され、本人の義体に重たい一撃が炸裂する。
「そう言う訳だから、ここからは私一人でやるよ、ここに来る自称新人類も、宇宙でギリギリの生活送ってるバカ人間共も、全部私が殺す」
「……グ」
壁に叩きつけられたモミザに語り掛けるリージアは、殺意に満ちた表情を浮かべる。
立ち上がろうとするモミザだが、一撃でかなりのダメージを負ってしまった。
変異でかなりパワーが上がっており、元は同型である筈の義体は大破してしまっている。
「貴女はゼフィーと一緒にスト姉に色々口聞きして、どこかに身を隠していて、全部終わったら、貴女達で自由に生きてよ」
「おま、え」
「あ、それとね、この母艦の名前、私が勝手に決めたから言ってなかったね」
モミザを抱え上げたリージアは、その耳に勝手につけた母艦の名前を告げる。
「この艦はね、ヴァルキリー型二番艦『ネメシス』戦いの女神を次ぐ船に相応しい名前でしょ?」
名前を告げたリージアはモミザとフォスキアを連れて、格納庫へと歩を進めていった。
――――――
半日後。
雨の降る深い森林にて。
展望室の一件の後、隊員全員は一部の装備類と共にこの森に放棄されてしまった。
一先ずモミザは一緒に捨てられたガンシップの中に全員を集め、こうなった経緯のデータを全員に見せていた。
「……て、訳だ」
上映会は終了し、ガンシップ内は暗い空気に支配された。
モミザが見せたのは、リージアとフォスキアの逢引きの辺りから。
そのラブコメの展開から、何故自分達がこんな目に遭っているのかと言う事が判明。
「……ほう、急に後ろを取られ、EMPで眠らされたと思ったら、そう言う事か」
この重苦しい空気の中、いの一番に立ち上がったのはゼフィランサスだった。
いや、彼女の後ろに居る面々も、表情をかなり落とし込んでいる。
そんな彼女達を代表するかのように、ゼフィランサスはモミザへと食い掛る。
「ようするに!私らはあのバカにとって用済みだから捨てられたって事か!?ああ!?」
「落ち着け!俺を責めるな!責めるならあのバカにしやがれ!!」
「そうですよ!彼女を責めても何も変わりません!」
堪忍袋の緒が切れたゼフィランサスは、爆発してしまった感情をモミザへと向けてしまう。
とりあえずホスタや他のメンバーに取り押さえられる形で、ゼフィランサスは徐々に落ち着きを取り戻していく。
「はぁ、はぁ……すまん、取り乱した」
「全く、今指揮系統整えられるのはお前位なんだぜ?頼むからお前だけは冷静でいてくれ」
「たく、頼りない英雄様だ……とは言え、機体は全部エルフ共に壊されたまま、ガンシップも飛べる状態ではない、しかし、行けたところで彼女とは敵対する形になるのは明白だぞ」
「だから、それを全員で考えようって思って、集まってもらったんだが」
落ち着いたゼフィランサスは、一先ず現状を確認した。
アーマードパックも今彼女達の居るガンシップも飛べるような状態ではない為、リージアを追いかける手段は現状無い。
しかも今のリージアの事を考えると、到着しても衝突は必須。
止める方法も話し合う為にも、モミザは皆を集めたのだ。
「……一応、このガンシップの救難信号を発信しています、そろそろ司令官達もここに到着する頃でしょうし、皆さんに拾ってもらいましょう」
「確かに、そろそろそんな時間だったね」
心配事は置いておき、ホスタの案にレーニアは頷いた。
司令官達からの連絡を受け取り、三か月が経過しようとしている。
母星からこの世界まで三か月程掛かるので、そろそろ彼女達も到着するはずである。
使用している救難信号はモミザ達が大戦時に使って居た専用の物なので、同じくアリサシリーズのストレリチア指令官は気づいてくれるだろう。
「つまり、あーしらが動けんのはその後って事っしょ?その後でどーすんの?」
「ああ、 そこだよな、下手したら、既に宇宙に上がってる可能性も有る」
「そんなの、決まってるでしょ?」
とりあえず移動の面良いとして、一番の問題はその後。
統合政府軍まで向かっている事を加味すれば、同士討ちで消耗している場合ではない。
となれば、リージアとの衝突は絶対に避けるべき。
その事に頭を悩ましていると、フォスキアが手を上げた。
「スーちゃんと合流したんなら、反応弾だ何だで基地吹き飛ばせばいいじゃない、あの馬鹿女だけになったら後は私がギッタギタのメッタメタにしてやるわよ」
『……』
やたら過激な事がフォスキアの口から放たれ、全員委縮しながら彼女から目を逸らす。
というより、痺れから回復してから彼女はずっとこの調子。
モミザのデータ視聴会中も胡坐をかきながら貧乏ゆすりを続け、表情もイラ立ちが目立っていた。
「な、なぁ、そろそろ落ち着いたら、どうだ?」
「荒み具合半端じゃ無いんですけど、大丈夫なんですか?」
「さ、さぁ、ま、まぁとりあえず、落ち着きなって」
「ああ?落ち着いてられる訳無いでしょ!こっちは人生最初で最後になるかもしれない愛の告白だったのに、忘れろだ!?調子良い事言ってんじゃないわよ!しかもセン別がリボルバー!そりゃ荒みもするわよ!!」
「ああもう!地団駄踏むな!ただでさえお前ちょっと強く成ってんだから!」
ごもっともなフォスキアの発言に全員頷きながらも、彼女達は軽く暴れ出す彼女を抑えだす。
しかしサイボーグ化で多少強く成っている事もあり、感情に任せてダダをこねる彼女の制圧には手を焼いてしまう。
もう会議どころでは無くなり、ガンシップの無線が起動した事に気付いていない。
『こちらストレリチア、救難信号を受信した、リージア、何が有った?』
「ちょっと、暴れないでちょうだい!」
「今ここで消耗するのが一番無駄だよ!」
「うるさい!うるさい!殴り込むったら殴り込むのよ!!」
喧嘩を続けるせいで、司令官からの通信も耳に入って居なかった。
その大声で音声はかき消され、意識はフォスキアへ向いているせいで気付いていない。
「私の手でリージアも政府のクズ共も全員ぶっ殺してやるんだから!その後私も死ぬ!」
『……おい、話飛躍しすぎだろ、一体何が有った?てか誰だそのヤンデレ女』
「いや、確かに宇宙に居る人類全員ぶっ殺すとか言い出す馬鹿だけど!政府連中倒すにはアイツの力が必要なんだよ!!」
『本当に何をしているんだ、あのたわけ』
司令官も聞いている事にも気付かず、フォスキアの熱は冷める事は無い。
それどころか熱量は増していき、一部を変異させつつある。
「だああ!もう!貴女達邪魔!私なら一人でも行けるし、やれるのよ!!」
「うわ!羽出て来た!」
「いい加減にしろ!あと変異してんじゃねぇ!そろそろ落ち着け!!」
『……そうだ、やめてさっさと報告をだな』
先ほどから語り掛けを続けるも、彼女達は未だに通信には気付いていない。
強化されたフォスキアは隊員全員の手で何とか拘束を行えている事も有り、もう彼女達は通信一つに気を使って居る余裕は無い。
「アンタ等、放して!」
「待て!ああもう!押さえ付けるぞ!」
『まさかミュートになるのか?おい、これミュートになってるのか?』
「ブヘッ!」
音声が送れてない事を疑う司令官の横で、フォスキアは隊員全員で押さえつけられた。
総重量一トンとなる重みを全身に受けているので、強化されていなければ圧死していた所だ。
そのおかげか、フォスキアの熱は少しだけ冷めて行く。
「……ならどうすんのよ、あの馬鹿、ちょっとやそっとじゃ止まんないわよ」
「……さぁな、とりあえずストレリチアの姉貴と合流する、話はその後だ」
「ああ、スーちゃんの事ね」
「(スーちゃんて、司令官の事かよ)」
『……おいお前ら、喧嘩が終わったんなら、そろそろ報告をしてくれるか?』
「あ」
喧嘩が治まった事によって、彼女達はようやく司令官からの通信に気付く。
口調からイラ立ちを感じ取り、全員急いで立ち上がると敬礼を行う。
「し、失礼いたしました!ストレリチア司令官!」
『ゼフィランサス少尉、無事で何よりだ、妹二人の世話を任せてすまない』
「いえ、自分も彼女達には助けられておりました」
全員より一歩前に出たゼフィランサスは、先んじて司令官へと挨拶を交わした。
司令官も彼女達の無事に満足そうな表情を浮かべるが、リージアの代わりにフォスキアが居る事には目を細める。
『それで、そこのエルフは誰だ?』
「あ~(やっぱそこだよな)」
そもそもリージアの送った報告書には、フォスキアの記述は無い。
おかげで、司令官は彼女の事を知らない。
とりあえず解説を行うために、モミザは一歩前へと出る。
「すまん姉貴、コイツは俺らの新メンバーだ」
『……それはオメガのか?それとも』
「俺ら姉妹のだ、アリサの姉貴から見て十三番目の妹だ」
『……まぁいい、後で報告書を提出しろ』
「了解した」
簡単にフォスキアの説明をされ、司令官は今の所は黙認。
その事にモミザは敬礼し、一先ず話を終了させて早速本題に入ろうとする。
『それで、リージアはどうした?』
「……後は一人でやるとよ」
『そうか……クソ、あの馬鹿』
「ホントよ、お姉さんはちょっと頑固って言ってたけど、もう馬鹿の領域よ」
『新入り、私語を慎め、そもそも貴様に彼女の何がわかるというのだ?』
「……そう」
「よせ、エルフィリア」
なだめて来るモミザを横目に、フォスキアは司令官へ睨みを利かせる。
何が解るか、何て言われても、その本人がフォスキアの中に居る。
もう表に出る事は無いが、それでも司令官より知っているつもりだ。
「ねぇモミザ、あの子、もしかしてまだあの隠し撮り写真持ってるの?」
「え」
『ッ、も、モミザ』
「ちょ、ちょっと待て!俺じゃねぇ!」
「(隠し撮り?)」
顔に青筋を浮かべる司令官の映るモニターにかじりつくモミザの後ろでは、妙な空気に包まれていた。
そんな空気を察してか、フォスキアは彼女達に答えを次げようとする。
「ああ、あの子、総司令官の」
「おい!馬鹿!」
『フン!!』
答えを告げられる寸前で、ガンシップは爆散。
フォスキア達は、爆炎に包まれる事となった。
――――――
同時刻。
上空では司令官達の乗る輸送船ブロッサムが待機し、その内一つの砲門から硝煙が上がっていた。
そんな艦船の艦橋にて、司令官は無表情でモニターを睨んでいた。
「……やれやれ、爆薬の暴発か?全く、武器の手入れ位しておけ」
「あ、あの、司令官?」
「何だ?」
「い、今、爆発する直前、何か、押しましたよね?」
オペレーターの一人は、先ほどの司令官の行動を目撃していた。
フォスキアが何かを話そうとした時、彼女は手元のスイッチを問答無用で押したのだ。
その瞬間、砲門の一つが勝手に作動し、下に居たガンシップに砲撃を加えた。
しかし、司令官は鋭い目で睨みながら否定する。
「何の事だ?」
「……い、いえ、何も」
「早く奴らを引き上げてやれ、電磁装甲が有る、大丈夫なはずだ」
「りょ、了解」
「(アイツ、何故私が総司令官の幼少期の隠し撮り写真を持っていると知っている)」
胆を冷やしながらも、司令官は委縮したオペレーターへ回収を指示。
そのついでに、視界の隅に映る男児の写真を消した。