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心の嘘 前編

 リージアに呼び止められたアリサは、心の底から動揺していた。

 愛する二人の妹は目の前に居るだけで、これから消えようという決意が鈍る。

 今すぐフォスキアの意識を潰し、自分が残りたくなってしまう。


「……」

「お姉ちゃん、お姉ちゃんなんでしょ?ねぇ」

「あんな嫌味な戦い方するのは、アンタだけだ、そうだろ?姉貴」

「……」


 歩み寄って来る二人の声を耳に入れながらも、アリサはひたすらに目を背け続ける。

 拳を握り締め、己の誘惑を抑え込みながら。

 そんな彼女の姿を目に止めながら、リージアは手を伸ばす。


「お姉ちゃん」

「来ないで!」

「ッ!?」

「……」


 自分から拒絶しておきながら、アリサは自分の言葉の持つトゲに喉引き裂かれた。

 本当ならもっと近づくどころか、抱き着いて五六回はキスしたい。

 だが、そこまで踏み入ってしまえば、もう後戻りができる自信が無い。


「……私は、私は、貴女達の、お姉ちゃんなんかじゃ、ないよ」

「……怒ってるの?昨日、変な事言った事、ゴメン、ごめんなさい!私、私、気づかなくて」

「……そうじゃない、そうじゃないの」


 涙を流すリージアを見て、アリサは余計に心をえぐってしまう。

 こうならない為に、気取られる事無く消えるつもりだった。

 この大誤算のせいで、リージアも自分も傷つけてしまっている。


「姉貴、どんなに否定しても、アンタが俺達の姉である事に変わりない、みんな陰で言ってたけど、アンタは変な所で詰めが甘いんだよ、リーちゃん呼びとか特に」

「……うへ、また、やっちゃった(私、陰でそんな事言われてたんだ)」


 珍しく目に涙を浮かべるモミザは、アリサの詰めの甘さを指摘した。

 リーちゃん呼びや、処分し忘れた鼻血付きのチリ紙、そして、姉妹達へワクチン配布のタイミング。

 その詰めの甘さは、アリサ自身も自己嫌悪に陥る位だ。


「……でも、それとこれとは別、私、はッ!?」

「お姉ちゃん!?」

「姉貴!」


 セリフを続けようとアリサだったが、突然頭痛に苛まれて膝から崩れ落ちてしまう。

 それを見た二人は慌てて駆け寄り、アリサの事を介抱する。


 ――――――


 同時刻。

 アリサはフォスキアの精神世界で目を覚ますと、妙な浮遊感を覚えていた。


「んあ?あれ?え?何これ?」


 浮遊感と同時に感じて来るのは、背中の柔らかい何かの感触と、腹部のやたら強い圧迫感。

 今自分がどういう状況になっているのか、それに気付いた時にはもう遅い。


「フン!」

「ブヘッ!!」


 フォスキアの見事なジャーマンスープレックスがきまり、地面に叩きつけられたアリサの顔は深々と埋まってしまう。

 流石の彼女も反応しきれず、受け身の一つもとれずに突き刺さる。


「あ~もう、見てらんないのよ、バカ姉が」

「あ、ああ」


 手をはたくフォスキアは、頭の埋まったアリサに冷たい目を向けた。

 いや、ゴミを見るような目、と言った方が正しいかもしれない。

 そんな視線を向けられながら、アリサは地面から顔を引き抜く。


「ブハッ!ちょっと!何すんの!?」

「アンタに言われたくないわよ、ウジウジ自分で自分の傷えぐる位なら、さっさとお別れ言っちゃいなさいよ」

「……しょうがないでしょ、そんな事したら、私は」


 後戻りができそうにないと、アリサは胸を痛めてしまう。

 今にもフォスキアの首に噛みついてしまいそうだというのに、リージア達と触れ合ったらどうなるか解らない。

 だが、手を離せば今度はリージア達が悲しんでしまう。

 アリサの中の、ヤマアラシのジレンマである。


「貴女なら、わかるよね?生きる事ができる可能性が目の前に有るのに、それを捨てて、愛した人と自分から永遠に別れなくちゃいけない、私の気持ちが」

「……ええ、わかるわよ、鬱陶しい位」


 痛む胸を抑えながら、アリサは涙を流した。

 本当ならばもっと生きていたくとも、もうアリサはこの世に居ない筈の存在。

 生への執着を捨て、今生きている者達を優先しなければならない。

 何より、愛する妹の事を傷つけるようなマネはしたくない。


「ホント、ダメダメなお姉ちゃんだよね、こんな重要な所で、お姉ちゃんになりきれないんだから」

「……」

「愛したあの子達の事を優先できない何て、お姉ちゃん、失格だよ」

「そうね、確かにとんだダメ姉ね」


 いじけるアリサの姿見て、フォスキアは頭をかきむしりながら肯定した。

 さっきまで王様達をバカにしながら抹殺していたというのに、このていたらく。

 未練がましい所もそうだが、気分の上がり下がりを鬱陶しく思いながら言葉を続ける。


「最後の最後で、あの子達の事を愛せない何て」

「……愛してない?私が?」

「ええ」

「ふざけた事言わないで、私はあの子達が愛おしくて仕方ないの、ずっと手元に置いておきたくて、仕方ないのに」

「(それ、全く別の感情だと思うけど)」


 しゃがみ込みながら涙を流すアリサに睨まれ、フォスキアは表情を曇らせてしまう。

 愛した相手に徹底的に尽くすというのが、彼女なりの愛なのであろう。

 それ故に、愛した存在を手放したくないのだ。


「……どんな親鳥も、いずれはひな鳥を手放す物よ、せまい巣から、広い空に羽ばたけるように」

「……」

「アンタも解ってるでしょ?あの子達は、もうエサをねだるヒナじゃないのよ」


 しゃがんだフォスキアに肩を叩かれたアリサは、同じ目線に座る彼女と目を合わせる。

 以前からフォスキアの目を通してリージアとモミザの様子を見ていただけに、その言葉には賛同せざるを得ない。

 もう親鳥の力を使わなくとも、自分で羽ばたいてエサを取る事ができる。

 寂しい事この上ないが、リージア達はもう姉離れができる。


「……もう手放されても、あの子達は」

「……」

「(そうなったのも、この子が、全部奪っていったから、いや、奪ってくれた、かな?)」


 涙を拭い取ったアリサはゆっくりと立ち上がり、同じように立とうとしているフォスキアへ緩んだ目を向ける。

 なんだかんだ言って、リージアが姉離れをする一番のきっかけはフォスキア。

 彼女がリージアの心をしがらみから奪い取ってくれたのだ。


「(彼女に会って、あの子も随分……いや、もっと前だったのかな?あの子が自立できてたのは、もうあの子には、親鳥の私は必要無い、必要なのは、一緒に空を羽ばたけるツガイ)」

「……アリサ?」


 再び溢れて来る涙で歪む視界にツガイとなる渡り鳥を捉えながら、アリサは無理にでもほほ笑んだ。


「ありがと、フォスキア……手放すのも、また愛だよね」


 そう言いながら、アリサは止めていた魔法陣を再稼働させた。

 フォスキアとアリサの意識を隔てる最後の壁は取り除かれ、意識の同化が再開される。


「そう言う訳だから、せめてあの子達と最後のお別れ位、させてよね?」

「良いわよ、乗っ取らないって約束するなら」

「あはは、大丈夫……多分……もう、うん、そんな事しないから」

「せめてもうちょっとはっきり言ってくんない?」

「(猶予は三十五分くらいか)」


 ようやく涙も引っ込んだアリサは、リージア達との最期の別れを告げる為にフォスキアは意識を表に出す。

 後三十五分もすれば、アリサの意識は完全にフォスキアへと溶けてしまう。

 それまでにお別れをしようとするが、まだフォスキアに話したい事が有る。


「……あ、それとね、フォスキア」

「な、何?」

「ちょっと頑固で、不束な妹だけど、リーちゃんをお願いね、ベッドの上以外で泣かせたら、承知しないから」

「……」


 柔らかい言葉で最後の言葉を告げられたフォスキアは、顔を真っ赤にしながら静かに頷いた。

 そんな彼女の姿を見たアリサは無理矢理では無い、自然な笑みを浮かべる。


「ありがと、これで、安心して皆の所に行けるよ」


 ――――――


 現実にて。

 リージアとモミザの二人は、急に倒れたフォスキアを介護していた。


「お姉ちゃん?お姉ちゃん!?……あれ?これフォスキアの方心配した方が良いの?ねぇ!えっと、ふ、二人共!」

「姉貴!エルフィリア!」


 身体の方はフォスキアなのだが、今の中身はアリサ。

 そのややこしさを鬱陶しく思いながら、二人の事を呼びかけだす。

 困惑や心配だけでなく色々な感情で頭がこんがらがってしまう二人は、フォスキアの身体を揺らす。


「お姉ちゃん!フォス、キ……」

「あ」

「……よ~し、よし」


 呼びかけ続ける二人の身体は、起き上がったフォスキアの腕によって包まれた。

 昨日味わった時と同じ感覚に見舞われ、リージア達は涙を滝のよう流し出す。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」

「姉貴!」

「リーちゃん、マーちゃん!」


 号泣してしまったのは、アリサも同じだった。

 最愛の妹達の門出を間近で祝うべく、二人の事を力いっぱい抱きしめる。


「ゴメン、ゴメンね!ダメダメなお姉ちゃんで!二人に、重荷ばかり背負わせちゃって!」

「いい、そんなの、どうだっていい!私もゴメンね、気づかなくて!」

「アンタがそんな事言う事ねぇよ!俺だって、アンタに迷惑ばかりかけてたんだからよ!」


 涙を流しながら抱き合う三人は、互いに謝り続ける。

 徐々に彼女達の周りに隊員達も集結していたが、池でも作りかねない位泣きじゃくる三人からは空気を読んで距離を取っていた。

 三十分近く泣きまくった姉妹は、ようやく落ち着く。


「う、ぐ、でも、何時からフォスキアの中に?」

「ふ~……意識が完全に芽生えたのは昨日だね、それまでは、私とフォスキアの意識が混ざった感じになっちゃって」

「そう言う事だったのかよ」

「それで、その、また、一緒に居られるの?」

「……あ」


 事情を知らないリージアからのセリフに、アリサは言葉を詰まらせてしまう。

 我に返り、視界の隅に表示されているタイマーに目をやった。

 泣きわめいて時間感覚が曖昧になっていたとは言え、残り時間が三十五分程度だったのに、三十分泣くだけで使ってしまった。


「……やっべ」

「え?何が?」

「え、えっと、詳細はフォスキアから聞いて欲しいから端折るけど、お姉ちゃん、後五分で貴女達と今生の別れになっちゃう」

「……」

「……」

「……こんな事してる間に、後四分だけど」


 アリサの爆弾発言に二人は絶句してしまい、言葉どころか感情さえ無くしてしまう。

 もうカップうどんを作っている時間さえ無いという状況を叩きつけられ、無になっていた筈の二人の内側から怒りが湧いて出て来る。


「だったら早く別れムードに持って行ってよ!こっちは言いたい事も話したい事もまだ沢山有ったのに!!」

「そんなんだから変な所詰めが甘いって言われんだよ!バカ姉が!!」

「お、落ち着いて!言う事は最もだけど!そんな事言ってる場合じゃないから!!」


 二人そろって食い掛られながらも、アリサは何とか落ち着かせる。

 事実こんな事をしている間にも、タイムリミットは刻一刻と迫っている。

 一先ず二人は深呼吸で落ち着きだし、姉妹は互いに真剣な表情を浮かべる。


「……落ち着いたみたいだから、お別れの言葉、言ってもいいよね?」

「……早く、してね」

「うん、先ずは……」

「……」


 軽く笑みを浮かべたアリサは、沈み始める陽光をバッグにモミザの方を向く。

 身体はフォスキアとは言え、中身は長女であるアリサ。

 基本リージアLOVEであるモミザだが、やはり彼女にも深い尊敬の念は有る。

 そんな彼女に見つめられてオドオドとしてしまうモミザに、アリサは言葉を告げだす。


「マリーちゃん、相変わらず話すの苦手みたいだけど、気を張り詰めすぎないで、もっと気楽に生きてね、義妹もできるんだから」

「……分かった、姉貴」

「リーちゃん」

「……な、何?(義妹?)」


 また泣いてしまいそうなリージアだったが、グッとこらえてアリサの言葉に耳を傾ける。

 これで最期になる最愛の姉の言葉、その一字一句を聞き漏らさないように構える。


「……人間嫌いを治せ、何て言わないけど、でも、自分の心にはウソをつかないで、後悔の無いように生きて」

「……自分の、心?」

「そ、心の嘘は、自分を傷つけるだけだから」

「……」

「うん、いい子いい子」


 大粒の涙を流すリージアは、アリサの言葉に頷いた。

 俯いたままのリージアの頭をなでるアリサは、続いてモミザの頭も撫でる。

 まだ未練の多い二人のようだったが、それでも時間は残酷だ。

 タイムリミットを告げるように、白くなっていたフォスキアの髪は徐々に元の草色へと戻っていく。


「(そろそろか、せめて、後は)あ、ちょっとゴメンね」


 時間が迫っている事に気付いたアリサは、姉妹の後ろに立つゼフィランサス達へと目を向けた。

 当時は意識がほとんど定まっていなかったとは言え、彼女達には申し訳ない事をしてしまった。

 その事を思い出したアリサは妹達を押しのけ、頭を地に押し付けだす。


「……な、なんだ?」

「……ゼフィランサスさん、それと、仲間の皆さん、以前の無礼と幾多の犠牲、申し訳ございません、私の事はいくら憎んでも構いません、ですが、どうか妹達とは、これからもお友達で居てください」

「……」


 土下座による謝罪を受けたゼフィランサスは、ホホを軽くかきだす。

 事実アリサの手によって、ゼフィランサスは多くの部下を喪う事となった。

 思う所は有るが、このままアリサの頭を踏みつけにするような事をする気は無い。


「た、確かに、アンタの事は憎んでも憎みきれないな、だが、アンタが居なければ、私達は今頃エルフ共に殺されていた、その事には礼を言う」

「……」

「気にするなとは言わんが、せめてこちらの要求は呑んでもらう」

「私ができる事なら、何でも」


 立ち上がったアリサは、要求が有るというゼフィランサスと目を合わせた。

 向き合ったゼフィランサスは、隣に居たホスタと共に前へ出る。


「では、ウチのホスタと握手でもしてくれ、アンタ等の事を誰よりも憧れてたんでな」

「ちょ、少尉!?」

「そう言えばそんな事言ってたね、じゃ、この子の身体のままで良ければ」

「え、あ、その……」


 ホスタがここまで腕を磨いて来たのは、元はアリサ達に憧れての事。

 しかも目の前に居るのは、リージア達以上の英雄だ。

 言うなれば、プロ野球選手辺りと握手できる状況になったような物と言える。

 折角の機会という事も有って、ホスタは恐る恐る手を差し伸べる。


「はい」

「あ、ありがとう、ございます(右腕パーツ、取り換えて飾っとこ)」


 握手を終えたホスタは、早速握手をした右肘から先をパージし始める。

 嬉しそうな顔を隠しつつ行う彼女の背中を横目に、アリサはゼフィランサスの方を向く。


「次は?」

「いや、十分だ、それより、そっちの最期の別れをして来い、もう時間もないだろ?」

「あ、ありがと」


 髪色がほとんど戻っている事に気付き、ゼフィランサスは本当に最期の別れを言いに行かせた。

 その事に軽く頭を下げたアリサは、改めて二人の方へ向かう。


「さて、これで本当に最期のお別れだね」

「あ」

「ちょ」


 再び妹達を抱きしめたアリサは、目一杯力を込める。

 最期まで二人の感触、匂いを感じ取って行く。

 その上で、二人の顔を目に焼き付ける。


「ほら、悲しい顔しないの、最期位、笑顔見せて!」

「……うん!」

「ああ!」


 アリサの言葉を聞きいれ、二人は目一杯笑顔を浮かべた。

 最期に愛する妹達の笑顔を見たアリサも、全力で笑顔を振りまく。

 たとえ目から雫が零れ落ちようと、三人は笑顔を絶やさない。


「……スーちゃんにも伝えて、これからは、皆自由に生きて、それが、貴女達の、最後の使命だから」


 今にも泣きそうなのを我慢しながら、アリサは本当に最期の言葉を口にする。


「さようなら、私の、愛しい妹達」


 その言葉を最後に、フォスキアの髪の輝きは失われた。

 そして、身体の意識はフォスキアへと移り変わる。


「……リージア、モミザ」

「……ウ」

「……ク」


 アリサの死を感じ取った三人は、再び涙を流した。

 そして、その背後では静かに敬礼するゼフィランサス達が並ぶ。

 最愛の姉の最期を共に看取る者として、無粋な言葉はかけずに追悼の意だけを表す。


「……各員、帰投の準備」


 抱き合うのを止めたリージアは、深呼吸ついでに上空を見ながら指令を下した。

 上からは母艦が降下しており、彼女達は帰投する準備を開始する。


 ――――――


 その日の夜。

 リージア達が撤収した平原の戦場跡にて。


「戻ったぞ!!」


 アリサに蹴り飛ばされ、遥か彼方に飛ばされていたジャックはようやく戻ってきた。

 しかし、平原にはほとんど何も残っておらず、有るのはボコボコになった平原のみ。

 リージア達に繋がる兵器類は勿論、エルフ達のオリハルコンや人形達まで戦利品として回収されている。

 夜風だけが虚しくなびき、戦いはもう終わった事を彼へ続ける。


「……遅かったか……久しぶりに依頼失敗か」


 依頼の失敗に頭を抱えるジャックは、アリサに蹴られた部分を撫でる。

 危うく死にかける重症を負い、更にはただ働きだ。


「はぁ、腰痛って」


 蹴られて傷む腰をさすりながら、ジャックは帰路に就いた。

 その後、彼はここで起きた事を特に吹聴せず、全部忘れたかのように過ごすのだった。


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