心の嘘 後編
アリサの死去した翌日。
リージア達は自分達に関連する証拠を全て回収し、母艦へと帰投していた。
すっかり夜も更けていたので、色々と疲れ果てたリージア達は整備そっちのけで休息を挟み、日をまたいだ後でフォスキアの解析が開始された。
アリサの事を信用していない訳ではないが、今のフォスキアの身体がどうなっているのかと言う興味などから、リージアとヴァーベナの共同で今朝から解析が続いている。
そんな彼女達の働く医務室の入口付近では、様子見のゼフィランサスと、フォスキアの大剣を返却しに来たモミザがパイプ椅子に腰かけていた。
「それにしても姉貴の奴、エルフィリアに変な改造施しやがって」
「ああ、あの二人が解析にあれだけかかるとは」
朝から忙しく動くリージアとヴァーベナだったのだが、太陽が天高く昇っても未だに解析は終わっていない。
「……ていうか、結局あのエルフ共何がしたかったんだ?あんなに殺したかったんなら、さっさと殺せばいい物を」
ベッドで医療器具に包まれるフォスキアの姿を見ながら、モミザは先日の事を思い出した。
エルフの王や貴族たちは、フォスキアの事を殺す事が一番の目的だった。
それなのに回りくどい事を行い、最終的に公開処刑を行う結論にたどり着いていた。
そんな事をする理由は、モミザの頭では理解できなかった。
「……通信で聞いた程度だが、恐らく、アイツ等が求めていたのは国全体の潔白だろうな」
「潔白?ああ、一族に悪魔と同化するような奴がでたからな」
「そうだ、大方、エルフィリアが悪へと身を落とし、あの事態を引き起こしたという事にして、各国の代表やら重役なんかの前で処刑する事で、汚名を払拭させる狙いだったのだろうな」
「そうなるか?」
「この世界は我々の世界のようにネットが普及している訳でもないからな、トップが納得すればそれでいい、それに、彼女がホムンクルスであるという事も、研究データさえ処分すれば後は炎の中だ、国際問題沙汰の違法行為は全て葬れる」
「何処の世界の政治化も、隠蔽が大好きって所か」
「そう言う事だ、裁判紛いな事をやったのも、あくまでも自分達は無関係だったという事の演出だろうな、ソイツが潰れたら、後は実力行使って所か?まぁ何にしても、どんな形でも処分して潔白を演じる事が究極の目的だったのだろうな」
一先ずフォスキアに裁判紛いの事をした時に聞こえて来た会話を元に、ゼフィランサスは考察を行った。
死人に口なしという事も有って、彼等が最終的などんな目的だったのかは定かではない。
それでも大体合っていそうだったので、モミザは少し拳を握り締めた。
一応モミザも、政府の隠蔽工作の被害者だ。
「ま、潔白を演じるつもりが、お姉ちゃんに返り討ちに遭って全滅だけどね」
「お、終わったのか?」
「うん、改めてお姉ちゃんの頭覗きたくなった、ね」
フォスキアの解析を終えたリージアはモミザ達の前に椅子を置き、グッタリとした様子で腰かけた。
やはりアリサのやる事はリージアでも付いて行けない部分が多く、頭を悩ませてしまっていた。
おかげで痛む頭を抱えながら、リージアは結果をまとめるヴァーベナの方を向いた。
「えっと、はぁ……え、エルフィリアさんの身体は、ですね」
「凄い疲れようだな」
「は、はい、何時間も夢中になってしまいましたから」
一応ヴァーベナは強制されていた訳ではなく、本人の興味から解析を行っていた。
あまりにもフォスキアの新しい身体が不可思議すぎて何時間も作業する事に成り、疲労感むき出しだ。
病人服に身を包むフォスキアは彼女達に妙な罪悪感を覚えながら、診断結果を訊ねだす。
「……それで、具体的にどんな感じだったの?」
「あえて言うんなら、機械と人間のハーフ状態だね」
「お姉さんがそんな事言ってたし、その程度は覚悟してたわ」
「そうなのか?見た感じ変わってないが」
リージア曰く、今のフォスキアはサイボーグ状態らしい。
しかし、モミザ達の目から見ればほとんど変わらない。
よく見れば眼球はリージア達の物と同じ挙動を見せる事もあるが、それ以外人間にしか見えない。
「外見だけ見るとね、でも、細胞の三分の一位がナノマシンで構成されてる感じ」
「ナノマシン?機械魔物やリージアと同様の物か?」
「い、いえ、隊長達の物は、金属探知機に反応するのですが、エルフィリアさんの物は、生体パーツのみで作られているので、探知器にも反応しないんですよ、なので、どのように体を構成しているのか解らなかったんです」
二人が解析に時間がかかったのは、アリサの作り出した新型のナノマシンが原因だ。
リージアの義体の物は、大元となる微生物を金属化させる事でナノマシンとして扱っている
しかしフォスキアの物は完全に生物状態でありながら、機械としての性質も持ち合わせている。
金属探知機にも反応せず通常の細胞とナノマシンの区別も行かない代物となっており、サイボーグでありながら人間としての質感を維持できる特徴がある。
「そうなのね、それで、何で聖剣で斬られた部分まで治るのよ?」
「あ~、多分、大丈夫な部分を細胞レベルで分解して、大まかに体を構成した後で、足りない部分を新型で補強した感じだね」
「……自分から了承したとはいえ、変な気分ね」
「うん、お姉ちゃんが、何かゴメン」
「良いのよ、そもそも私が望んだ事だし」
倫理観を疑いたくなる考察であるが、先ほどの解析で得た情報からはそのように考えられる。
おかげで少し落ち込む二人だが、その横でヴァーベナはナノマシンのもう一つの解析結果をまとめる。
「あ、あの、落ち込んでる所申し訳ございませんが、その、もう一つの方も」
「あ、そうだったね」
「もう一つ?」
「うん、ナノマシンの方におもしろい仕掛けが有ってね、ちょっといい?」
「え?ええ」
ヴァーベナに諭されたリージアは、おもむろに手術用のメスを手に持った。
その上でフォスキアの手を持ち、メスを軽く振り上げる。
「お、おい、何をして」
「フン!」
心配するモミザを他所にメスは振り下ろされ、刃はフォスキアの肌と接触。
その瞬間フォスキアの腕から火花が散り、メスの刃はへし折れて宙を舞う。
「あら」
「……どういう事だ?」
「何か、攻撃を検知した瞬間、どっかの上院議員みたいに硬化するみたいで、この程度なら簡単に壊せるし、任意で永続的に硬くする事もできるよ(お姉ちゃんの事だから他にも機能あるんだろうけど、全部把握するの絶対無理だね)」
カランカランと金属音を立てるメスの刃を回収したリージアは、ナノマシンの特徴の一つを解説した。
全身に散りばめられたナノマシンが攻撃を検知すると、防御力を向上させてくれるのだ。
だが、それは機能の一つ。
まだ機能は色々と確認できており、リージア自身も全てを把握できているか自信が無い。
「新型のこの性質を利用して色々と作ったみたい、特にこのウィングユニット何て最たるものだよ」
「あ、それだけ取り外し可能なのか」
おもむろにリージアが取りだしたのは、先日アリサがフォスキアの背中に作っていた機械仕掛けの翼。
片方だけであるが、一応取り外し可能らしい。
「まぁそれだけなら別に良いんだけど……これの飛行システム、この船に搭載されてる奴と同じなんだよね」
「マジかよ」
「なんかヤバい事情でも有るのか?」
「……この艦、いわゆる反重力で浮いてるんだけど、エーテル使っても実現難しくって、これ位大きくしないといけないから、アーマードパックにも搭載できなくて」
目を逸らすリージアの説明に、フォスキア達は苦笑した。
何しろ、艦艇クラスの大きさでようやく搭載可能な装備を人間サイズにまで縮小されているのだ。
こんな物を作るアリサの頭がどうなっているのか、本当に解らない。
そんな疑問を浮かべる面々であるが、考えても無駄だと思うので話を変える事にする。
「考えても解らんし、話を変えていくか……アリサとやらと同化したという事だが、人格云々はどうなっているんだ?」
「あ~、そうね……」
ナノマシンの話はもう置いておき、ゼフィランサスは現在のフォスキアの人格の事を訊ねた。
何しろ同化が中途半端な時は、二人の人格が混ざったような状態だった。
完全に一体化した事で、人格面がどうなったのかは気になる所。
「とりあえず、あの人の知識と記憶の一部とかが、薄っすらある位ね、貴女達の昔の事とか」
「へ、へ~」
「そ、そうなのか」
頭を抱えながら現在の頭の中を告げられ、リージアとモミザは少し視線を逸らした。
アリサの過去の一部が共有されているという事は、二人の知られたくない事も知られている可能性が有る。
その二人に気を使うかのように、フォスキアは別の話題へ逸らす。
「……それで、鎧の方は?(恥ずかしいデザインだから、あんまり着たくないけど)」
「え、ああ、そっちの方はヘリコニアと双子が調べてる(話逸らしたって事は、私達の恥ずかしい過去知ってるって事だよね?)」
「あっちも難航してるだろうな(大丈夫だよな?こいつの事だから言いふらすようなマネはしないだろうが……)」
一抹の不安を抱えながらも、リージア達は逸らされた話題に移行した。
不可思議なのはフォスキアの身体だけでなく、アリサが生成した装備類。
厨二臭いデザインの鎧や、良く解らない素材で出来た黒いインナー。
フォスキアとしては二度と着たくない恥ずかしい恰好であるが、せめて色だけでも変えて使いたいと考えているので、双子やヘリコニアが調べている。
もちろんアリサが作った物なので、そちらも難航してしまっているのは想像に容易い。
「それと、コイツの方も俺が調べてみたが、構成がマジでわからん、確かに姉貴の頭の中を覗きたいぜ」
「あ、どうも」
そう言いながら、モミザは背負っていた大剣をフォスキアへ返却した。
アスガルドに斬られた部分は完全に接合され、無機物からかなり有機的な雰囲気を漂わせている。
稼働箇所も散見され、柄にもライフルのような面影もある
「剣は剣だろ?何がそんなに解らないんだ?」
「何ていうか、何か生きてる感じがするのと、刻まれてる魔法陣が俺の頭じゃ解読不能って所か?整備は何時も通りできるんだが」
武器専門という事もあってモミザも変異した大剣を調べていたが、今の所解らない所だらけだ。
改めて見ると剣その物に毛細血管や神経のような物が確認され、まるで生きているような印象を受ける。
魔法陣まで解読不可ともなると、アリサの行っていた技は再現不能かもしれない。
「それじゃ、お姉さんみたいな事はできないわね、文字通り近くで見てたけど、あんな事をマネできるとは思えないわ」
フォスキア達の脳裏に過ぎったのは、アリサの使った技の数々。
もう凄腕のプレイヤーが行う、アクションゲームの攻略動画でも見ている気分になってしまった。
「……無理にマネしようとしなくていいよ、お姉ちゃんが異常なだけだし、それより、あんな事ができるのは、私達アリサシリーズと協力した時だから、今のまま変異しても前よりちょっと強く成ってる程度だから気を付けてよ」
「やっぱそうなのね」
「(ま、私でもあんな事できる自信ないけど)」
完全再現はできなくとも、同型であるリージア達との協力で近い事は出来る。
リージアもその手の機能を知っているが、アリサと同等の事ができる自信は無い。
「……そう言えば、アリサって、その……結構、サディストって言うか、嫌味な戦い方で、幻滅とか、しなかった?」
ついでにアリサのファイトスタイルを思い出したフォスキアは、少し心苦しくなりながら訊ねた。
アリサの戦い方は、痛めつける行為を楽しんでいる素振りが見受けられた。
最愛の姉がそんな事をして幻滅していないか少し不安な所も有ったが、二人は彼女の発言を鼻で笑う。
「は、はは、何て言うか、よくよく考えるとね、割と、ね?」
「ああ、割とそう言う所有ったな」
「他の子と模擬戦してた時チラッと見えたけど、あれ、負けて悔しがる所見て楽しんでたよね?」
「ああ、優越感に浸ってたっ言うか、何て言うか」
「そ、そう(ていうか、二人共立ち直り早)」
地雷原にダイブしたかと思ったが、割と二人共平然としている。
憧れ的な物が抜けたせいか、敬愛より不満が漏れ出ている。
黒い笑みを浮かべる二人を他所に、フォスキアは心配事を打ち明ける。
「……それで、私の心とかにも影響して無いわよね」
「……」
「明後日の方向かないで」
一応人格が混ざり合っている事に変わりは無いので、割とフォスキアの心配事が的中しそうで怖かった。
落ち込んでしまっている空気の中、ヴァーベナはオロオロとしながら手を上げる。
「で、ですが、その他の部分は全く持って健康体、という事はわかります、生活面でも、以前の身体と同じ感じで大丈夫だと思います」
「あ、その辺が知れて良かったわ」
「だね、一番分かんなかったのはナノマシンの方で、他は以前とあんま変わらなかったから」
不明な箇所は多かったが、一番助かったのは基本的な部分は変わっていないという事。
これで身体の仕組みも意味不明だったら、何か有った時の対応が困難だっただろう。
それでも、医者であるヴァーベナとしては一番注意してほしい事が有る。
「で、でも、お酒は、程々にしてくださいね」
「……分かったわ」
「間を開けずに答えてくれませんか?」
サイボーグ化で肝機能は回復していたが、ここでまた飲みすぎで悪化するなんて事は避けたかったが、どうもそう簡単は行きそうにない。
控える気が全く無さそうな態度には、本格的にドクターストップを言い渡そうかと考えてしまう。
『グゥ~』
そんな彼女の近くで、鈍い音が響き渡った。
「……エルフィリア」
「私じゃないわよ」
「ゴメン、私、昨日からロクなの食べて無かったから」
どうやらその変な音はリージアの腹の虫だったらしく、恥ずかしそうに手を上げた。
昨日の激戦の後では料理する気も起きず、二人は携帯食だけで済ませていた。
今朝も同様に軽く済ませたので、既にリージアとフォスキアの胃袋は空だ。
そんなリージアを見て、フォスキアは外していた髪飾りを手に立ち上がる。
「それじゃ、着替えて来るから何か作るわ、良いでしょ?」
「あ、はい、リハビリにも丁度良いでしょうし」
ヴァーベナの許可を取ったフォスキアは、髪飾りを付けて医務室を出て行く。
彼女を見送ったメンバーは、それぞれ顔を合わせる。
「で、では、私はここでカルテをまとめます」
「私はストリクスの整備に戻るとしよう、派手にやられてしまったのでな」
「俺も行くとするか」
「じゃ、私はフォスキアの所に行くよ、色々手伝いたいし」
「……」
持ち場へ戻る為にヴァーベナ以外は医務室を出ると、モミザは通路でリージアの肩を叩く。
「なぁ、リージア」
「ん?何?」
先に行くゼフィランサスは置いておき、モミザはリージアの事を呼び止めた。
無機質な通路で向かい合うと、モミザは口を開く。
「姉貴の言った事、覚えてるか?」
「え?ああ、うん」
「……俺はアニメキャラみたいに、核心をついたアドバイス何てできないが……姉貴の言う通り、もう心に嘘なんてつかなくて良いんだぜ」
「……心に、ウソ?」
アリサの遺言は、生き方だけでなく、これからは自由で居て欲しいという事だった。
それに関してはモミザも同じ気持ちだったので、同じような事を伝えた。
自分の感情を偽っているリージアも、そろそろ素直になって欲しい。
「エルフィリアの事だ、もっとよく、自分の心に呼びかけてみろ」
「……」
モミザに諭されて、リージアは視線を逸らしながら黙ってしまう。
そんなリージアを見たモミザは、少し悲しい顔をしながらその場を去る。
「そう言う訳だ、お姉ちゃんとの約束だぜ」
「……私の、感情」
フォスキアの事を考えるリージアの肩を軽く叩いたモミザは、その場を後にする。
残されて立ち尽くすリージアはフォスキアの事を考え出すと同時に、今までに無い位様々な感情が溢れ出て来る事に気付く。
「……フォスキア」
高鳴る胸を抑えるリージアは、顔を桜色に染めながら食堂へと向かった。




