5章 6話 煉獄爆炎弾
外に出ると、すっかり夜の帳が下りていた。
出雲さんの話通り、不知火と別れた場所の少し先に公園がある。
名前のない、小さな公園。滑り台やシーソーはあるが、遊具の数が少ない。
狭い砂場にスコップやバケツが、取り残され、所在なげに佇んでいる。
所有者に忘れられた道具には、行き場がない。
二つ並んだブランコの片方に、不知火が俯いて座っていた。
近づいていくと、俺に気づき、顔を上げた。
よほど意外だったのか、目を丸くしている。
そして、何かを察したように口を開いた。
「彩羽に何か言われたの?」
答えられずにいると、
「同情とかなら、いいよ。余計惨めになるから」
不知火はそっぽを向いた。
「もういいの。諦めて、魔界に帰るわ。せいせいするでしょ」
そんな風に言うなよ、と言いかけて、慌てて口を閉じた。
俺には資格がないように思われたからだ。
不知火が地面に視線を落とし、卑屈に言う。
「サキュバスのくせに男性恐怖症の落ちこぼれどころか、ただの人間の風紀委員にも遅れをとってるようじゃ、どうしようもないわ」
ブランコから下り、俺の横を通り過ぎる。
声を掛けることも、その細い腕をとることもできない。
「さよなら」
消え入りそうな声が聞こえた。
そのとき、公園にいくつもの人影が現れた。
頭から角、背中と腰から黒い翼と尾が生えている。
夢魔だ。
男ばかりだから、インキュバスということか。
大勢の中から一人が前に出てきた。
「姫様が護衛もつけずに散歩とは、いささか不用心ですな」
そのリーダー格と思われる男は不遜に笑った。
不穏な空気が漂う。
不知火の表情が一変する。
「人間界まで斜陽の一族を追いかけてくるなんて、仕事熱心なのね」
「不知火家がかつては名家だったことは、存じ上げております。あなたが所有されている広大な土地と、大きな屋敷には充分な価値があります」
喋っていた夢魔が突然、刀を出現させた。
それが合図だったように、他の夢魔も刀を出し、戦闘態勢に入った。
殺伐とした緊張感が強まる。
不知火が言い放つ。
「返り討ちにしてあげるわ」
戦うつもりのようだが、どう考えても不利だ。
多勢に無勢だろう。
不知火は擬態化を解き、角と翼と尾を持った、本来の姿へ戻る。
それだけでなく服装も、膝の上までの丈の短い、桜色の振り袖になった。
「逃げないとやばいんじゃないか?」
「君には関係ないから。離れてて」
不知火は俺の言葉を一蹴し、敵陣に突っ込んでいく。
両手の拳に火炎の球が発生させ、インキュバスたちに目掛けて放った。
一斉に回避しようとするが、炎球は高速で一直線に向かい、敵の一人に着弾した。
不知火は次々に炎を放出し、順調に倒していく。
しかし、最初こそ調子よく攻めていたが、次第に疲弊の色が滲み始める。
それに伴い、火炎の威力が落ち、命中率も下がっていく。
そして俺は、あることに気づいた。
いつの間にか、敵に四方を囲まれている。
適当に逃げているように見えたが、戦いやすい陣形を整えていたのだ。
リーダーの男が嘲るように、唇の端を歪めた。
「ここまでのようですね」
「まだまだこれからよ」
不知火は強く言い返すが、戦闘の素人の俺でも虚勢だと分かる。
「我々の言うことを聞くなら、命までは取りませんよ。ただし、人質にしてあなたの一族の全てを奪いますがね」
「ふざけないで」
再び両者が対峙したのを見て、俺は前へ出た。
「待ってくれ」
不知火が煩わしそうに、俺を睨んだ。
「勝手なことしないで」
「もういいだろ。このままじゃ本当に」
その続きを遮るように、不知火が叫ぶ。
「こんなやつらに良いようにされるくらいなら、ここで殺された方がましよ」
「命の方が大事に決まってるだろ!」
「関係ないって言ったでしょ」
「散々俺の周りをうろちょろして、今更関係ないってなんだよ」
リーダーの男が俺たちを見て、薄ら笑いを浮かべた。
「姫様のことは少し調べさせてもらいましたよ。こちらの世界でご健闘されているようですが……しかし、人間一人誘惑できないとは、所詮小娘では一族再興などできるはずがなかったのですよ」
そう言って、下卑た笑いを浮かべた瞬間、俺はその男に殴りかかっていた。
だが、簡単にかわされ、鳩尾に膝を入れられる。
「うぐっ……」
俺は低い呻き声を漏らして、地面に崩れ落ちた。
男は俺を見下ろし、
「人間風情が我らに楯突くとは、まったく愚かなことだ」
俺は蹴られたところを押さえ、男を睨みつけてやり、
「不知火はな、俺なんかを籠絡しなくても、自分の力だけで家名を上げられるんだよ」
その瞬間、不知火の魔力が燃え上がるように増幅していく。
そして、不知火を中心に渦を巻き、巨大な炎の柱となる。
不知火は右手を天に向けた。
火炎の球が生まれ、どんどん大きくなっていく。
やがて、直径五メートルほどまで膨れ上がる。
インキュバスたちは一様に慄然と口を開けて、その巨大な炎球を見上げている。
敵の一人が逃げ出した。
リーダーの男が呼び止めるが、聞く耳を持たない。
恐怖は連鎖する。
まるで炎が延焼するように。
一人また一人と、背を向けて逃走していき、とうとうリーダーだけになる。
膨張を続ける炎球は、まるで夜闇に浮かぶ太陽のようだ。
「ちくしょう」
男はそう吐き捨て、身を翻し、逃走を図る。
不知火は逃げていく敵の群れに、巨大な炎球を放つ。
「――煉獄爆炎弾!」
敵は全て、業火の中に沈んでいく。
爆風が俺のいるところまで届き、公園の植え込みや不知火の髪を揺らしていった。
どの章も、基本的に同じ構造。