5章 7話 一番可愛いもの
しばらくしてから、俺は不知火に言った。
「さっき言ったこと、俺の本心だよ」
「私、決めたわ。君を籠絡して、リズを出し抜くのはもうやめる」
「そうか」
それはつまり、魔界に帰ることを意味している。
だけど、このまま匙を投げるわけではないだろう。
俺を籠絡して、リズを出し抜くというのは、一族再興のための手段の一つに過ぎない。
不知火ならそんな姑息な手段に頼らなくても、他の方法を探せるはずだ。
「不知火ならできる。大丈夫だ。魔界に帰っても頑張れよ」
不知火は小首を傾げた。
「私、魔界に帰らないよ?」
「え? でも今、俺を籠絡して、リズを出し抜くのはやめる、って言ってただろ」
「うん。リズを出し抜くなんて真似せずに、君を手に入れて、私が夢魔最強になるの」
愕然とする俺に、不知火は恍惚とした表情を浮かべ、
「さっきインキュバスたちを倒したとき、今まで感じたことのない力が溢れてきた。それで、分かったの」
不知火は俺をびしっと指差した。
「私には、君が必要だって。君が側にいれば、私は誰にも負けない」
そう断言し、ぐっと俺に近寄ってきた。
「君も言ったよね。不知火ならできる、って」
まさかそんな方法、思いつくとは考えてもいなかった。
不知火は満面の笑みを向けてくる。
「これからも、よろしくね」
不知火が帰っていくと、近くの茂みから出雲さんが出てきた。
「お疲れ様でございました」
「いつからいたんですか? 見てたんなら、助けてくださいよ」
「申し訳ありません。本当に危なくなったら、出ていこうと思っていたんです。それよりも、さすが恭平様です。姫を正しい方向に導いてくださったのですね」
「いや、俺は何も」
出雲さんは「ふふっ」と小さく笑い、
「不思議な人。次から次へと女の子を落としていって」
「人聞き悪いですよ」
「オルブライトさんや風紀委員のお嬢さんも、最近表情が変わったように見えます。私も愛人で構いませんので、寵愛を恵んでいただけませんか?」
「冗談はやめてください。だいたい、不思議なのは出雲さんですよ。今日一日、出雲さんなら不知火のことを完璧にフォローできたはずなのに、どうして中途半端にフォローしてたんですか? 料理の味付けもそうだし、映画館も喫茶店もそうです。俺に見られないように起こしたり、初めから甘いコーヒーをもってきたりすれば良かったじゃないですか」
怪訝に眉をひそめる俺に、出雲さんは即答する。
「一生懸命背伸びして、失敗しても頑張る女の子より、可愛いものなんてないでしょう?」
さも当然でしょ、というように、例えば、太陽は東から昇ってくるでしょ、みたいな口ぶりだった。
馬鹿げているかも知れないが、俺にとってそれは、ほとんど真実のように聞こえた。
出雲さんはそれから、俺に会釈し、
「それでは」
と立ち去ろうとしたが、すぐに踵を返した。
「愛人の話、真剣に考えておいてくださいね。本妻はおこまがしいので、二番目で。いえ、何番目でも、たまに私のところへ立ち寄ってくだされば、それで構いませんから」
そう言って鷹揚に微笑む出雲さんを見て、俺は背筋が凍る思いだった。
やはり、この人が一番危険な気がする。
自分はつくづく、ラブコメが好きだなぁと思う。




