4章 3話 名誉のための戦い
先生がコーヒーを一口飲んでから、
「この春からお父様が海外に行かれたのよね。何か困っていることはある?」
「騒がしいのがいなくなって、せいせいしてますよ。親父は子供がそのまま大人になったような人ですから。それは冗談にしても、親父からはたまに写真付きでメール来ますし、いつでも連絡取れますよ」
「でも、学校と家のこととの両立は大変でしょ?」
「うちは父子家庭で、家事は小さい頃からやってましたし、今は三人で分担してます」
先生は俺からリズとオリヴィアに視線を移し、
「二人は? 何かある?」
リズは少し緊張しつつ、
「恭平くんには、すごくお世話になっています」
「私も同じです。不満などは特にありません」
オリヴィアがリズに同調すると、先生は安心したように頷いた。
「そう。上手くやってるのね。実はお父様から、くれぐれもよろしくと言われてたの」
「そうなんですか」
親父なりに俺を置いて海外に行くことに、後ろめたさみたいなものがあったのだろう。
「あなたたちなら大丈夫だと思うけど、大人の力が必要なときは、すぐに言いなさい」
「はい。ありがとうございます」
突然、藤堂が口を開く。
「リューネブルクさんとオルブライトさんは、どこで寝ているの?」
「空き部屋だけど」
藤堂の眼差しが鋭くなる。
「この家の全ての部屋に、鍵は付いているのかしら」
「いや、付いてないけど。鍵があるのはトイレくらいかな」
「それじゃ、木場くんと二人は、お互いの部屋を自由に行き来できるわけね」
迂遠な言い方をしているが、明らかに思うところがありそうだ。
「何が言いたいんだよ」
「この家の中で完全に安全な場所は、鍵のあるトイレ以外ないってことね」
「俺を何だと思ってるんだよ。だいたい、百歩譲って仮に俺が妙な気を起こしても、オリヴィアに粛清されて終わりだ」
言ってて悲しいが、それが真実だ。
「寝込みを襲われたら、オルブライトさんでも、どうしようもないでしょ」
「そんなことするかよ」
「口では何とでも言えるわ」
「じゃあどうやって証明すればいいんだよ」
「監視カメラとか設置するしかないわね」
「無茶言うなよ」
俺が閉口すると、それまで藤堂を睨んでいたオリヴィアが、とうとう口を挟んだ。
「何故ここまで干渉されなければいけない? 貴様にそんな権利ないだろう」
「第三者の目で判断しないと意味がないでしょ。間違いが起こってからじゃ遅いもの」
オリヴィアが前のめりになる。
「恭平は私たちの嫌がることをするようなやつじゃない」
「随分彼のこと買ってるのね。それはいいけど、あなたは一つ勘違いしているわ。男である彼だけじゃなく、女のあなたたち二人も間違いを起こす危険性があるのよ。私はね、男だろうが女だろうが、だらしないのが嫌いなの!」
「私だけならともかく、リズ様も愚弄する気か!」
オリヴィアと藤堂がソファから立ち上がり、額が付きそうな距離で睨み合う。
御影先生が呆れた声で、
「そう熱くならないの。藤堂さんは挑発するようなことを言わない。オルブライトさんもいちいち反応しないで」
先生は少し、間を置いてから二人を諭す。
「保護者不在の状況で、若い男女が同居するのは不健全だ、という藤堂さんの主張はもっともよ。だけど、各家庭にそれぞれ事情がある。それに、木場くんたちのことをもっとちゃんと見てあげて。私はなかなか真面目で、信用できる子たちだと思ってるわ」
藤堂が俺たちを順番に見やり、
「私には分かりません」
そのままリビングから出て行った。
俺が思わず席を立つと、オリヴィアが冷たい声色で、
「あんなやつ、放っておけ」
しかし、リズは俯き、呟くように言う。
「藤堂さんは縁結び神社への行き方を教えてくれました。誤解されたまま、嫌われてしまうのは悲しいです」
藤堂はやり過ぎていると思う。
だけど、良いところもたくさんある。
「そうだな。リズの言う通りだ。もう一回、話してみよう」
「早く追いかけないと」
リズが立ち上がろうとしたとき、足をもつれさせてしまった。
急ごうとして、慌てたのだろう。
バランスを失い、そのまま前に倒れそうになる。
リズの運動神経では、顔面を床に打ち付けてしまう。
咄嗟にリズの体を抱えた。
何とか床との衝突は免れたが、俺がリズを組み伏せたような体勢になる。
すぐ目の前にリズの顔がある。
俺たちがどういう状態にあるのか理解したようで、顔を朱に染め、唇をわなわなと震わせたかと思うと――爆発が起きた。
最近は上手く回避していたから、結構久しぶりだ。
リビングのドアが開き、藤堂が入ってきた。
「今凄い音がしたけど…………何してるの」
藤堂は冷ややかな視線で、俺たちを見下ろす。
この光景だけ見れば、俺がリズを押し倒したように見えているだろう。
慌ててリズから飛び退くが、藤堂が眉宇に嫌悪を漂わせ、
「やっぱり思った通りだったわ。口では格好つけたこと言ってたのに、私がいなくなった途端にこれよ」
「いや、今のは違うんだ。リズが躓きそうになったのを助けたら、不運にも藤堂の勘違いを招くことになっただけなんだ」
「さっきの爆発の音って、木場くんが無理に襲って、拒絶されたんじゃないの?」
「リズは羞恥心が高まると、爆発を起こしてしまう体質なんだ」
「言ってる意味が分からないわ」
「俺だって分からねぇよ! でもそうなんだから、仕方ないだろ」
「その体質の話と、木場くんが故意に襲ったか事故だったかっていう話は別でしょ。あなたが無理に襲って、それで羞恥心が高まって、爆発を起こしたのかも知れないじゃない」
起き上がったリズが、
「恭平くんは私を助けようとしてくれただけです。本当なんです」
藤堂は怪訝そうな顔つきで、
「本当に? 口裏を合わせて、庇ってるだけじゃないの?」
「じゃあ先生に聞いてみろよ」
御影先生に水を向ける。
「木場くんの言ったことは本当よ」
藤堂は全く信用できないとでも言うように、腕を組んだ。
俺は若干自棄になり、
「じゃあ、藤堂が言ったみたいに監視カメラでも設置するか? 何なら藤堂自身が監視しろよ。自分の目で見れば、信用できるだろ」
勢いで言い放つと、思いもよらぬ一言が返ってきた。
「そうしましょう」
「いやいや、本気じゃないよな。だいたい、監視ってどうするんだよ。まさかうちに押しかけようとか考えてるんじゃないだろうな」
藤堂はかぶりを振った。
「それじゃ私の主張と矛盾するでしょ。その代わり、」
藤堂は有無を言わさぬ力強い口調で、
「木場くんがしばらく私の家に来てちょうだい」
「は? えっと、」
戸惑う俺に、問答無用と言わんばかりの勢いで迫ってくる。
「今日から一週間うちに泊まって、その期間であなたの腐った根性を叩き直してあげるわ」
「勝手に話進めるなよ」
「じゃあ、今日のことをクラスの皆に話すわ」
「汚いぞ!」
そんなことされたら、甚大な風評被害を受けることになる。
もう、腹を決めないといけない。
「分かったよ。女の子の家に泊まるのは気が進まないけど、そうしないと信用してもらえないのなら、甘んじて受け入れるよ」
これは名誉のための戦いだ。
ベタもいいよね。




