表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/52

3章 9話 バカ

 リズは帰りの電車からうとうとしていたが、風呂から上がると、ぜんまいの切れた人形のようにぱたりと眠ってしまった。

 よほど疲れていたのだろう。

 今日一日を振り返れば、無理もない話だ。


 俺も食事と風呂を済ませると、強い倦怠感と睡魔がどっと押し寄せてきた。

 少し横になるだけのつもりだったベッドから、体がくっついてしまったように動けなくなる。

 目蓋が重たくなり、そのまま睡眠の快楽に身を委ねようとしたとき、


「ちょっといいか」


 部屋の外からオリヴィアの声がし、眠りの世界から引き戻された。

 ドアを開けると、長い銀髪を下ろした、パジャマ姿のオリヴィアが立っている。


「話があるんだが、中に入っていいか」


 オリヴィアが俺の部屋を訪れるのは珍しいことだ。

 中に入れるが、居心地が悪い。


「そうだ、オリヴィア。ベランダに行かないか」

「構わないが」


 ベランダに出ると、心地よい夜風が頬を撫でていった。

 思った通り密閉されていない分、室内よりは落ち着く。


 オリヴィアがおもむろに話し始める。


「今日はご苦労だったな」

「お前もな」

「そう言えば、あの恋愛成就のお守りには、微量だが神妙な力が宿っているようだ」

「神妙な力ってなんだよ」

「あの神社で祀られている神の力だと思う。それによりお守りの所有者は、一種の魔術のような力を手にしているのだろう」


 この世には俺の知らないことがたくさんあるんだな。

 オリヴィアは続けて口を開く。


「山小屋でも少し話したが、今日はいろいろ助かった」

「いいよ、そんなのは」


 いつも強気のオリヴィアが妙にしおらしく、もじもじと視線を逸した。

 まるで別人だ。


 雨をシャワーのように浴びたし、さすがのこいつでも風邪を引いてしまったのかも知れない。

 何だか顔も赤いような気がする。


「熱でもあるのか?」

「熱などない。ただ、その……」


 オリヴィアは一瞬言い淀んだ後、


「今朝のことなんだが」

「今朝? 俺がお前に叩き起こされたことか?」

「違う! 私がお前のことを……信用していないと言ったことだ」


 言われてみれば、確かにそんなようなことを言われた覚え気がある。

 オリヴィアはばつが悪そうに頭を下げ、


「すまなかった」

「そんなこと気にしてたのか? 案外繊細なんだな」

「うるさい! こういうのはちゃんとしたい性分なんだ」


 早口で言い、それから黙ってしまうオリヴィア。


「気にしてないよ。昼間言った通りだ。オリヴィアはリズのために、護衛として然るべき態度を取っているだけだって分かってるから」


 ずっと口を閉ざしていたオリヴィアが、やがて、


「お前ならリズ様のこと、何とかしてくれるかも知れないな」

「今日一番の功労者にそう言われると、恐縮するよ」

「私への嫌味のつもりか?」


 口を尖らせるオリヴィアに、


「違うよ、そのままの意味だ。強い強いとは思っていたけど、あんなでかい熊と渡り合うなんてびっくりしたぜ」

「あれくらいは当然だ」

「特に崖から転がってきた大岩を、真二つにしたのは凄かったな」


 オリヴィアの顔の赤みがさらに増した。


「からかってるんだろう!」

「は? なんで?」


 単純に褒めてるのに、オリヴィアは何故か怒り心頭だ。


「本当に分からないのか?」


 俺が頷くと、言いづらそうにしてから、唇を動かし始める。


「あれはだな……、私の体内でエストロゲンが放出されたことにより、一時的に魔力が増幅したのだ」


 エストロゲン……聞き覚えがあるな。

 どこで聞いたんだっけ。


 ――女性ホルモンや発情ホルモンと言われ、私たちの力は、このエストロゲンに大きく依存します。

 エストロゲンが多く分泌されれば、魔力は級数的に上昇します。


 ――ドキドキすると強くなるということです。


 そうだ、この間のリズと同じ現象か。

 ん? ということは、つまりオリヴィアは――。


 オリヴィアに視線を向けると、バチっと目が合った。

 サキュバスにはエストロゲンが分泌されると、魔力が上昇する特性がある。

 つまりオリヴィアは、俺にドキドキしたってことだ。


「えっと、男冥利に尽きるよ」


 俺の一言で、オリヴィアの顔がとうとう林檎と同じくらい真っ赤になり、


「バカッ!」


 と大声で叫んで、逃げていってしまった。

 しかも、俺が追えないように、室内からベランダの鍵をかけやがった。


「おい、中から鍵閉めるな! 開けてくれ!」


 俺の声がオリヴィアに届かないまま、見事に締め出されてしまった。

 俺はオリヴィアの後姿を見送り、深い溜め息を吐いた。

 少し前から、鼓動が速くなっているのを感じる。

 いつの間にか、眠気は綺麗に消え去っていた。

この章のラブコメとしてのオチ。

ツンデレには様式美すら感じる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ