3章 8話 有難み
「あれじゃないか」
陽が落ち、薄暗くなりかけた頃、俺たちの前に真っ赤な鳥居が出現した。
その横に「縁結び神社」と彫られた石碑がそびえている。
「ようやく着いたな。長かった」
鳥居をくぐり、石段を上ると、社殿まで石畳の参道が長く伸びている。
敷地の中は神妙な雰囲気が漂い、しんと静まり返っていた。
決して拒絶するような感じではなく、むしろ心が落ち着いてくる。
本殿のある開けた場所に出る。ほとんど人はいなかった。
雨で浄化されたように、空気が澄んでいる気がする。
正面に拝殿が見え、右手に社務所がある。
恋愛成就のお守りが売られている売店はその隣だった。
このお守りは、お参りをしてから購入するというルールがある。
お参りの作法が書かれた看板があり、それに倣い参拝を済ませ、売店に行く。
途中の絵馬所を横切るとき、掛かっている絵馬を何となく一瞥すると、
――可愛い子と出会えますように 南条。
あいつも来てたのか。抜かりがないと言うか、何と言うか。
そのすぐ近くにもう一つ、知り合いの名前を見つけた。
――神様、結婚がしたいです 御影。
……見なかったことにしよう。
売店の中に巫女服姿の少女がいる。
黒髪をポニーテールにした大人しそうな子だ。
「すみません、お守りを売ってもらえますか」
巫女の少女は俺たち三人を見てから、申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさい」
「もしかして、売り切れですか?」
少女は気まずそうに「はい」と頷いた。
そんなことって……。
「大雨だったのに、そんなに参拝客が来たんですか?」
「雨が降る前に、修学旅行生の皆さんと、海外の観光客の方と、大学の寺社サークルの団体さんが来て、すごい勢いで売れてしまったんです」
がっくりと肩を落とす俺たちに、巫女さんは頭を下げた。
「せっかく来ていただいたのに、すみません。しかもそんな泥だらけになってまで」
豪雨の中、山を越えてきた俺たちは、同情を誘うほど酷く汚れていた。
絶望を通り越し、乾いた笑いがこみ上げてくる。
徒労に終わった参拝者を見かね、
「あの、これで良かったら」
と少女が懐からお守りを出した。
すぐには意味が分からず、それを凝視していると、
「私個人のです。もらってください」
リズが遠慮がちに聞く。
「え、でも、いいんですか?」
「はい。私はこの神社の娘なので、いつでも買えますから。お代はもちろん結構です」
俺たちはありがたくお守りをもらうことにした。
縁結び神社の娘さんから、恋愛成就のお守りを譲ってもらえるなんて望外だ。
代表してリズがお守りを受け取る。
「ありがとうございます」
「それ、そのままリズがもらえよ」
オリヴィアに視線を投げると、
「お前にしては良いことを言った。リズ様、どうぞお収めください」
リズは俺とオリヴィアを交互に見て、
「私だけもらっていいんでしょうか」
「いいよ。そもそも俺はお守り持つような柄じゃないし」
「リズ様の喜ぶお姿を見るのが、私の幸せですから」
俺たちがそう答えると、リズはお守りを両手で握り締め、嬉しそうに微笑んだ。
巫女の少女が小さく拍手をしながら、
「喜んでもらえて嬉しいです。お二人もよろしければ、通信販売をご利用ください」
「……通販なんてしてるの?」
「はい。うちの神社のホームページからご購入いただけますよ。このご時世、神社も経営が大変ですから」
仕事熱心な巫女さんは、強かに笑った。
通販って、何だそりゃ。
有り難みっていうか、ご利益半減しそうだけど。
っていうか、今日の苦労って一体……。
いや、さっきのリズの笑顔を見られただけで、今日は来て良かったか。
通販があるというオチが、私の実力です。
どうしようもないね。




