3章 1話 縁結び神社
体を大きく揺らされ、起床した。
ベッドのそばに、オリヴィアが立っている。
「さぁ行くぞ」
オリヴィアは外着になっている。
どこかへ出掛けるつもりらしい。
時計を見やると、まだ早朝の六時過ぎだった。
睡眠欲に引きずられながら、
「……行くぞって、こんな時間にどこに」
「縁結び神社に決まっているだろう」
縁結び神社、と聞いて昨晩のことを思い出した。
三人で夕飯を食べているとき、テレビ番組でその神社のことを特集していた。
縁結び神社は隣町にあり、若者を中心に人気が沸騰しているらしい。
お参りをし、そこで販売している「恋愛成就のお守り」を購入すると、ご利益があるそうだ。
具体的には、片想いの相手と両想いになれる、運命の人が現れる、恋人と末永く一緒にいられる、などのよくあるご利益だ。
番組の企画は、リポーター役の若手芸人が実際にその神社でお守りを買い、参拝客にインタビューするというものだった。
それを観ながら、この芸能人が失恋して、この街の遊園地みたいにならなければいいけど、というようなことを考えた覚えがある。
そうだ。
その後、リズがそのお守りを欲しいと言ったんだ。そして、
「恭平くんはどうですか? 欲しいですか?」
「そうだな、ちょっと興味あるかな」
回想から舞い戻り、話の流れを理解した。
「行くのはいいけど、なんだってこんな早くに」
「あの恋愛成就のお守りはとても人気で、売り切れることもあると言っていた。だから早く出発しなければ、リズ様の分がなくなってしまうだろう。縁結び神社は七時から開門だ。そういうわけだから、早く行くぞ。リズ様たってのご希望だからな」
オリヴィアは張り切った様子で言った。
それにしたって、さすがに早すぎだろうと思うが、今のオリヴィアを止めるのは難しそうだ。
寝ぼけ眼で布団からのっそりと出る。
「ちょっと時間くれ。準備するから」
「特に必要なものはない。下着だけ穿いていれば準備万端だ」
「パンツ一丁のどこが準備万端なんだよ。どう考えても警察の世話になるんだが」
「ではきっちりとした印象を与えるために、下着にネクタイだけしろ」
「より変態感が増したぞ」
「誰も貴様の恰好なんて気にしない」
「パンツにネクタイの男を気にしないやつはいないだろう」
「ドレスコードの変態か!」
「いや、そのツッコミはよく分からんが」
「ごちゃごちゃうるさいな。仕方がない、半袖ハーパンでも履いてこい」
「コンビニ行くんじゃないんだから」
「もうこんなに時間が経ってしまった。どれだけ支度に時間がかかるんだ」
「まだ何の準備もさせてもらってねーよ!」
オリヴィアは剣を振りかぶり、
「支度にこんなに時間がかかるなんて、お前は女子か」
「大剣をハリセンみたいに使うんじゃないよ」
何だ、その斬新なツッコミは。
「この魔剣ヨルムンガンドは、王族から与えられたもので、オルブライト家で代々継承されている由緒ある剣だ。裁縫や高枝など、あらゆるシチュエーションで活躍する万能剣だ」
「由緒ある魔剣から、ただの便利用品になってるんだが」
「これを与えられたのは私が十歳のときだ。それ以来、どこへ行くときも肌身離さず持ち歩いている。ちゃんとマジックで名前を書いて、失くさないようにしてな」
「何してんの」
「風呂も一緒に入るし」
「錆びる錆びる!」
「寝るときなどは、布団の中に入れ抱きながら眠りについた」
「何か怖ぇよ。ぬいぐるみみたいに言うな」
話が進まない。
オリヴィアに外で待つよう言い、身支度を整える。
「遅いぞ」
外に出ると、オリヴィアが苛立っていた。
その隣で余所行きのリズが、バスケットを提げ、出迎えてくれた。
「おはようございます」
「眠そうだね」
「楽しみでなかなか寝付けなかったんです」
「遠足の前の日の心境だな」
「そのせいで、寝坊しそうになりました。恭平くんも約束の時間に起きれなかったということは、ちゃんと寝付けなかったんですか?」
「約束?」
聞き返すと、リズが小首を傾げ、
「あれ? オリヴィアから聞いてなかったんですか? 夕食の後、縁結び神社に行く話になって、恭平くんには自分から伝えるって言ってたのに」
「全然聞いてない。さっき叩き起こされた」
「そうだったんですか。ごめんなさい。もう、オリヴィア!」
俺は大丈夫だという意味で、首を振った。
「出発です。必ず恋愛成就のお守りを手に入れましょう」
オリヴィアはリズの希望ということで息巻いているようだ。
最寄りの駅まで歩き始める。
「気を引き締めろよ。遊びに行くのではないからな。おやつは三百円までだぞ」
「遠足かよ」
「バナナはおやつに入らないから、いくらでも買っていいぞ」
「だから遠足じゃねーか」
「ちなみにバナナチップスはおやつに入るから」
「チョコバナナは?」
「大丈夫だ」
「バナナジュースは?」
「ダメだ」
「はぁ? 固形は良くて液体になるとダメなのか? じゃあフルーツオレもかよ?」
「飲み物は基本的には水かお茶だ」
厳しいなぁ。
とりあえずバナナはバッグに入るだけ持っていくとして――って、ついつい遠足のノリになってしまった。
「とにかく、だらだらせず、緊張感を持って行動しろ。リズ様の足を引っ張るなよ」
「分かった、分かった」
ぞんざいに答えると、オリヴィアが立ち止まり、俺に言い放った。
「この間はリズ様のお役に立ったようだが、私はまだ完全に信用したわけではないからな」




