2章 11話 悪夢の一日(ワン デイ オブ ア ナイトメア)
「恭平くん、そんな……私を庇って」
「……心配しなくてもいい。ちょっとよろめいただけだから」
不知火が怪訝な顔をして、うずくまる俺を見る。
「どうして、そこまでするの? 痛い思いしてまでリズの味方するなんて、そんなに私とキスするのが嫌なの?」
「それだけじゃねぇよ」
炎球が直撃した箇所が、高熱を帯びながら、じんじんと痛む。
「もしもお前の作戦が上手くいったら、リズの立場が悪くなるだろ。それが問題なんだ」
「最近会ったばかりの単なる居候でしょ?」
軋むように痛む左足首が、悲鳴を上げている。
「リズは男が苦手だけど、両親や城の人たちのためにそれを克服しようとしてる。俺はリズのことを応援したいんだ」
神妙な顔つきで、俺の言葉に耳を傾けていたリズの体に、禍々しいオーラ――魔力が渦巻き始めた。
何が起こっているのか分からず、ただその様子を見守る。
魔力は暴力的に勢いを増し、リズを中心に旋風が生じる。
リズが不知火に両手をかざした。
「――悪夢の一日(ワン デイ オブ ア ナイトメア)!」
膨大な魔力の奔流が、リズの両手から放出された。
目を眇めると、あっという間に不知火を飲み込んだのが見えた。
リズの放った魔力の痕跡が跡形もなく消えると、不知火が地面に倒れ伏していた。
リズは肩で息をしていたが、眉宇に疲弊を浮かべ、へたり込んでしまった。
「今日はここまでのようですね」
どこからともなく、出雲さんが現れた。
そして、不知火を抱え、そのまま立ち去っていった。
本当は追った方が良いのかも知れないが、そんな余裕はない。
間もなく、オリヴィアが姿を現した。
「リズ様、申し訳ありません。敵に足止めされていました。お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫。それより恭平くんが私を庇ったせいで……」
オリヴィアは動けない俺を見て、
「貴様にしては良くやった。よし、褒美に後で頭を踏んでやるからな」
「俺を何だと思ってるんだ」
奇妙なことだが、オリヴィアの軽口を聞いて、自らの危機が去ったことを実感した。
胸に安堵が広がり、リズに声をかける。
「しかし、最後の力、凄かったな。火事場の馬鹿力みたいなものか?」
オリヴィアが興味を示すように、小首を傾げたので、
「それまで防戦だったのが、一発逆転したんだ」
「あれは……」
リズが言葉を詰まらせた。
やがて、言いづらそうに、
「エストロゲンという物質がサキュバスの体内にもあります。これは女性ホルモンや発情ホルモンと言われ、私たちの力は、このエストロゲンに大きく依存します。エストロゲンが多く分泌されれば、魔力は級数的に上昇します」
説明されるが、よく分からない。
眉をひそめる俺を見かね、リズは首より上を真っ赤にし、
「つまりですね、ドキドキすると強くなるということです」
リズが俺にドキドキしたってことだよな?
俺とリズの間で、気恥ずかしい空気が流れる。
何と言っていいか分からず、頭をかいていると、オリヴィアが大剣を振り上げ、
「勘違いするなよ! リズ様はシチュエーションに反応されただけで、相手が誰であってもドキドキされたはずだ!」
「わ、分かった。分かったから剣をしまってくれ」
怒鳴るオリヴィアと怯える俺に、リズが大声で叫んだ。
「そんな多情みたいな言い方しないで!」




