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2章 9話 戦後最上級のロリコン

 連れて来られたのは、用務員室だった。

 畳の部屋にちゃぶ台がある。


 室内には誰もいない。

 用務員さんが花壇の手入れをしているのをよく見るし、仕事に出ているのだろう。

 不知火は俺を畳に転がすと、


「これで本当に邪魔者はいなくなったね」


 舌なめずりをし、顔を近づけてくる。


 万事休すだ。

 俺は死を悟った草食動物のごとき心境で、強く目を瞑った。


 しばらく身構えていたが、何の変化もない。

 恐る恐る目を開けると、不知火が真っ赤になって固まっている。


「うぅ……」

「自分から迫っといて、勝手に赤面するって何だよ」


 まぁ、助かったからいいか。

 とにかく逃げないと。


 転がって出入り口を目指す。

 目が回るし、体中痛いが、背に腹は代えられない。


「恭平くん、大丈夫ですか」


 リズの声が聞こえた。


「なんでここに?」

「この部屋に入れられる恭平くんの姿が見えたからです」


 急に後ろに引っ張られる。

 不知火が俺を部屋の奥へ引きずり込もうとしている。


「やっぱり姫ちゃんだ」


 リズが不知火の顔を見て、そう言った。


「久しぶりね、リズ」


 二人は知り合いなのか?


「いつこっちに来たんですか?」

「つい最近――って、馴れ馴れしくしないで!」

「え~、そんな、ひどいです。私たち友達じゃないですか」

「昔のことでしょ」


 一方的な感じだ。

 リズに尋ねる。


「二人はどういう関係?」

「お城で催される社交パーティで顔を合わせるうちに、仲良くなったんです」


 それを聞いた不知火が吐き捨てるように、


「私の家が落ちぶれるまでの話よ」


 不知火は俺を力強く指差し、高らかに言う。


「私はあなたより先にこの男をメロメロにして、一族を再興するんだから!」

「そんな!」


 愕然とした表情になるリズに、俺は教える。


「こいつとこいつの仲間に捕まったんだ。もう一人の方は、オリヴィアと戦ってる」

「それで恭平くんをこんな目に遭わせてるんですか。今すぐやめてください」


 リズが不知火に近づこうとすると、


「こっちに来ないで。妙な真似をしたら、彼の身の安全は保障しないから」


 不知火は俺の脇腹をこちょこちょとくすぐった。


「ちょ、やめろ、やめろって、ホントに」


 苦しむ俺を見て、リズが青ざめる。


「なんてことを!」


 不知火が大笑いする。


「あはは! これなんか楽しい!」

「ちっとも楽しくねぇ!」


 今度は俺の顔に何やら落書きをし、手鏡で見せてくる。

 鏡文字になって読みにくいが、右頬に「ロリコンの申し子」と書かれている。


「おい、何してくれてんだよ!」


 反対の頬に、「戦後最上級の」と書き足される。


「やめろ、やめろ!」


 不知火は体をくの字にし、腹を抱えて笑っている。


「あはははは! おかしい! 笑い過ぎてお腹痛いよー」

「とりあえず笑うのやめろ、腹立つから」


 溜まった涙を指先で拭う不知火。


「君、ホントおもしろいね」

「てめぇが勝手にやって、てめぇだけが勝手に笑ってるだけだろ!」

「まぁまぁ、そんなに大きな声を出さないで。イライラしてもいいことないよ?」

「誰のせいだよ、誰の!」

「カルシウム足りてないの? 牛乳買ってこようか? あ、飲もうと思って買ってた抹茶オレならあるよ。飲む?」


 どこからか紙パックを取り出し、ストローを頬にぐいぐい押し付けてくる。


 地味に痛い。

 こいつマイペース過ぎるだろ。


 リズが羨ましそうに俺たちを見る。


「何だかすごく楽しそうです……」


 リズにはどう見えてるんだ?


 不知火は得意げに胸を張り、


「カレはもう私の虜なんだから。あなたはそこで見てて」


 三度、顔を寄せてくる。

 リズの目の前で、唇を奪おうとしているのか。

 マジで洒落になんねーぞ。


 不知火は頬を染め上げ、唇をきつく結んだまま、動かなくなってしまった。


「うぅ……」

「だから、恥ずかしいならやめろよ!」

「黙ってて。今すぐ私の唇で、その口を塞いでやるんだから」


 もう何度目か、不知火はキスを試みるが、顔を両手で覆い、


「やっぱりできない!」

「何がしたいんだよ、マジで!」


 これは逃げるチャンスだ。

 俺は再び転がって逃走を図る。


 すぐに何かにぶつかった。

 目の前に足があり、見上げると、リズの顔があった。


 どうやらリズの足元に転がったようで、図らずもこのアングルからだと、スカートの中が見える。

 俺の視線に気付いたリズは、


「きゃあああああっ」


 と金切り声を上げ、スカートを抑え、そして爆発が起こった。

 リズの羞恥心が沸点を迎えたようだ。


「わ、悪い、リズ」

「いえ、恭平くんはわざと見たわけじゃないのに。私こそすみません。大丈夫ですか?」


 リズが俺の腕を取り、起こそうとすると、


「逃がさないんだから」


 不知火が反対側の腕を引っ張った。

 リズも引っ張り返し、


「ダメです。恭平くんは渡しません」


 戦後最上級のロリコンの申し子と書かれた男が、拘束された状態で、見た目が幼い二人の少女に取り合われている。

 何とも名状しがたい状況だ。

 二人はヒートアップしていき、とうとう不知火がリズの頬をつねった。


「彼は私のものよ!」


 リズも不知火の頬をつねり返す。


「やめてください、恭平くん嫌がってるじゃないですか! それに姫ちゃんのものじゃありません!」

「じゃあ、誰のだって言うの?」

「みんなのものです!」


 アイドルかよ。

 そんな大層なもんじゃねぇわ。


「なによ、このピーマン!」

「姫ちゃんなんて、人参です!」


 子供の喧嘩のような小競り合いが繰り広げられる。


 閉口しながらその様子を見ていると、体に食い込む縄の締め付けが弱くなっているのを感じた。

 まさかと思い、力を入れてみると、縄がするりと解けた。

 さっきのリズの爆発によって、縄が切れたようだ。


「リズ、逃げよう」


 人間である俺では、どうすることもできない。

 とりあえず、オリヴィアと合流した方がよさそうだ。

 リズはすぐさま小競り合いをやめ、


「はい。でも、私走るの得意じゃないんです。だから恭平くんだけ逃げてください。ここは私が何とかしますから」


 真剣な眼差しで訴えかけてくる。


「そんなことしたら、俺は一生自分に自信を持てずに、生きていかなきゃいけなくなる」


 俺一人で逃げるなんてごめんだ。

 視界の端に台車を捉えた。


「これに乗って」


 リズを台車に乗せるやいなや、


「そうはさせないよ」


 不知火が追いかけてくる。


「しっかり捕まってろ」

「はい!」


 用務員室を出て、台車を押しながら廊下を突き進む。

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