エピローグ
ありさは健太さんと黒田先生の最後の激突の前に目を覚ました。
最後の一撃を放って本当に力尽きたのだろう。
健太さんが倒れていく。
星野さんがそれを支えているのが目に入った。
しばらくすると、ありさが目を覚ましたことに気付いたのか星野さんが手を振ってくる。
それに応えるようにありさは手を振り返して近づいていった。
「どうやら片付いたようですね」
周りを見渡しながらありさが溜息混じりにそう言うと
「そうね。でもこれからどうしようか?」
と星野さんも天を仰いでいた。
「まあ、そう心配することもないだろう」
何食わぬ顔をした比呂様がそこに立っていた。
「比呂さん。何でここに?」
「こんな騒ぎになってるのに気付かん方がどうかしているだろ? ほっほほ」
といつも通り、快活に笑っている。
「ちっとも笑い事じゃないわよ」と星野さんはスゴイ剣幕で怒っていたが、ありさはそんな彼女をなだめながら比呂様に問いかけた。
「でも、本当にどうしますか? この騒ぎ」
「なに心配要らんよ。わしに任せておきなさい。それより、ひと先ず健太を連れて逃げてくれんかな? 騒ぎが収まったから先生達が来ちまった」
そう言って比呂様は周りを見渡し、倒れている戦闘員やヴァーダム星人、黒田先生を次々とトラックの荷台に放り投げていく。
そして、あっという間に作業を終えて「じゃあ、わしは先に帰るから」と言い残して逃げるように去っていった。
先生達がそのトラックを追って走っていくのが見える。
トラックに走って追いつけるわけないのに御苦労さまだなあ、と他人事のようにありさは眺めていた。 そんな光景を見ていると身元がわからないようにちゃんとナンバープレートにテープを張っているのが目に入って芸が細かいな、となんだか笑ってしまった。
事件が解決してありさの気も抜けていたのだろう。
それを自覚すると、またおかしくなってくる。
そのとき、先生達が不審車両を追いかけるのを諦めたのかこちらの方に走ってきた。
「星野さん。わたし達も逃げましょう」
「そうね」
と二人は目を見合せて笑い合った。
ありさは健太と紗也香を担ぎあげて飛ぶように去っていった。
校舎内は興奮が冷めずに盛り上がっている。
今日一日は授業にならないだろう。
ありさは自分の家に星野さん達を連れてきていた。
リビングのソファーに健太さんを寝かせると、変身がちょうど解けるのか健太さんの身体が光り出す。
そして、メガネが砕ける音が部屋に響いていた。
「はあ、健太になんて言おうかな?」
星野さんがぼやいていた。
「そう言えば健太さんって変身中の記憶はないんですよね?」
「そうなのよ。こんな騒ぎを起こしといてね」
彼女は呆れたようにそう言うと健太さんに優しげな視線を向けている。
なんだか敵わないな。
ありさはそんなことを考えていたが、不思議なことに悔しさはなかった。
だから、素直にいまの気持ちを彼女に伝える。
「わたし健太さんをヒーロー星に連れて帰るの、諦めます」
「でも、健太の力が必要なんでしょ?」
「ええ、わたしはあんな格好で戦うのも。わたしの妹や娘たちが人前であんな格好を晒すのも嫌でここに来たんですが……。あの力はメガネ族の力は危険過ぎます。ヒーロー星の幹部達があるのがわかっているのに手を出さなかった理由が何となくわかりました。個人の思惑とかであの力は使ってはいけないのだと思います」
「あんたの一族の命運ってそんなことだったの?」
「そんなことって! あの恰好で戦うのは死ぬほど恥ずかしいんですよ!」
ありさの剣幕がおかしかったのか星野さんが吹き出していた。
「なに笑ってるんですか!」
と怒ったもののありさもつられて笑ってしまう。
そして、ひとしきり笑い終えた紗也香が疑問を口にした。
「でも、どうするの?」
「また、考えますよ。何か他に方法はあるはずですから」
そう言ったありさは憑きものが落ちたかのようにスッキリしていた。
「それに健太さんだけに全てを背負わせて戦わせるのもどうかと思いますしね」
「そうね。健太ひとり戦わせてそれを見ているだけってのはツライもの……。わたしにも戦う力があれば……」
星野さんは先程の戦いを思い出しているのか悔しそうに下を向いている。
自分が囚われて健太さんが死ぬところだったのだ。
そのことが彼女の心にしこりとなっているのかもしれない。
そんな紗也香を見て、ありさはなんで健太がこちらを向いてくれなかったのかわかったような気がした。
ありさは健太さんを利用しようとか、守って貰おうとか、上に立つか、下につくか、それしか考えていなかった。
それに対して星野さんは健太さんの隣を歩くことしか考えていないのだ。
これでは勝ち目がないはずだ。
知って見ると随分簡単な問題だったんだなぁ、とバカバカしくなってくる。
「それに、恋をしてないのにそう言う関係になるのはやっぱり嫌ですからね。初めては好きな人としたいですし」
ありさは話題を変えるため少し照れながらそんな事を言っていた。
「そんなの当たり前じゃない。打算でそんなことしちゃ絶対にダメよ。初めては大切なものなんだから。自分を粗末にしちゃダメ」
紗也香は顔を真っ赤にして力説している。
その必死さが何だかおかしくて、嬉しくて、ありさは思わず吹き出してしまった。
「クスッ、うふふふ、あははははは」
「ちょっと? なに笑ってるのよ? わたしは真剣に……クスっ、あは、あははははは」
完全に緊張が解けてしまって二人は笑いが止まらなくなっていた。
しばらく二人で笑っていると、ありさの身体が光に覆われていく。
変身が解けるのだ。
ありさは目をつぶり、じっとしているとその光はだんだん弱まってくる。
「……ううん。眩しいなぁ。紗也香? おはよっ――」
健太さんが寝ぼけ眼でそんなことを言っていた。
どうやら変身解除の光に反応して目を覚ましたらしい。
そして、健太さんの視線の先には星野さんとありさが……。
「…………」
三人とも押し黙っていた。
立ち尽くしているありさの身体を健太さんの視線が上から下へと這いまわっている。
健太さんは現状が理解できないのか目を丸めてこちらを凝視していた。
なんでそんなにわたしを見詰めているの?
不思議そうにありさは健太さんを覗き込む。
健太さんはその視線に耐えられなかったのか顔どころか全身を染めていた。
そう言えばいま変身が解けたばかりで……
あの、
えっと、
ええええええええええええええええええええ!
「きゃあああああああああああ」
ありさの悲鳴がマンション中に響き渡った後、「パシーン」と軽快な音が鳴った。
あまりの大きな声に星野さんが耳を塞いでいる。
健太さんの左の頬に赤い手形が浮かび上がっていたがありさはそんなことを気にしていられなかった。
健太さんはと言うと引っ叩かれたことも忘れて呆然とこちらを見ている。
もうこちらを見ないでください。
ありさは身体を折るように座り込んだ。
その時、我に返った星野さんが慌てて健太さんをグウで殴り飛ばす。
「あんた、なに見てるのよ! あっちに行ってなさい!」
と健太さんを引き摺ってリビングから出ていった。
そうなのだ。
健太さんが変身を解くとメガネが砕け散ってしまうようにありさが変身する為に使っていたスクール水着も……。
「もう、お嫁にいけない……。」
ありさは顔を真っ赤にしながら身体を隠すように俯いていた。
次の日の朝、待ち合わせ場所になっている交差点で三人が集まっていた。
「星野さん。おはようございます」
「おはよう。それとその星野さんっての止めない? 紗也香でいいわよ」
「じゃあ、紗也香さんおはようございます」
「うん、ありさ。おはよう」
「ありさちゃん。おはよう」
二人の和やかな会話を聞きながら、健太も挨拶をした。
それでこちらに気付いたのか、ありさちゃんは恥ずかしそうに目を逸らして紗也香の背後に隠れてしまった。
紗也香はと言うと昨日のことでまだ腹をたてているのか、話しかけても返事もしない。
二人は並んで先に行ってしまう。
昨日はよくわからない内にありさちゃんの家にいて……
健太は鮮烈に脳に焼き付いた映像を思い出してニヘラと表情を崩していた。
それに気付いた紗也香の鞄が頭に突き刺さる。
「なに思い出してんのよ。このスケベ」
いつもなら紗也香の暴力に反論してくれるありさちゃんなのだが、今日は顔を真っ赤にしたまま何のフォローもしてくれなかった。
「行こっ!」と紗也香が言うと、ありさちゃんも走っていってしまう。
健太は溜息を一つ吐いたあと紗也香のカバンを拾った。
顔を上げた時には、もう二人の姿は見えない。
健太が「しょうがねえなあ」と後を追って歩き出すと、次の曲がり角で二人が待っていてくれた。
そして、二人はジト目でこちらを見ている。
「もう、何ちんたら歩いてるのよ? 女の子を待たせていいと思ってるの?」
「二人が勝手に走って行ったんじゃ……」
「何か言った!」
紗也香がこちらを睨みつけて鞄を奪うように持っていった。
そして、何事もなかったかのようにありさちゃんと楽しそうにしゃべりしだした。
「もう、何なんだよ」
と健太が呟いていると、ふとある事に気付いた。
「あれ? 二人とも急に仲が良くなってない?」
「そう?」
と二人が揃ってとぼけている。
「ええ、何かあったの? 教えてよ」
健太が興味津津で尋ねると二人は笑って「「ひ・み・つ」」と言って走り出した。
「もう、待ってよ」
と健太は二人を追って走り出した。
息を弾ましながら紗也香達は走っている。
後ろを振り向くと健太が追ってきていた。
何だか楽しくて頬が緩んでいる。
その時、ありさが顔を寄せてきた。
「紗也香さん。わたし決めました」
「なに? 何を決めたの?」
「これからは自分の気持ちに正直になろうと思います」
「言ってることがよく分からないんだけど」
「健太さんのことです」
「えっ、どういうこと?」
「わたし、健太さんの心を捕まえる為に頑張ります」
「えっ、だって健太をヒーロー星に連れ戻すことは諦めたって――」
「健太さんの力を利用することは諦めたって言いましたけど、別に健太さん自身を諦めたとは言ってませんよ」
「えっ?」
と紗也香が驚いて立ち止まる。
ありさはスカートをひるがえしながら振り返ると不敵な笑みを浮かべた。
「これからは本当のライバルですね」
「えええええええ!」
澄み切った青空の下、紗也香の悲鳴が住宅街をこだましていた。




