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松島の風紋

膳はすでに並んでいた。焼き魚の皮は香ばしく、味噌汁の湯気が里芋と大根の匂いを立てる。小皿の浅漬けと胡麻和えはきちんと向きを揃えられ、箸置きはいつもの位置に収まっている。障子の隙間から差す夕の光が器の縁を淡く撫で、帳場の灯りが三人の影をゆらりと揺らした。お篠の所作は無駄がなく、布巾の畳み方ひとつにも几帳面さが滲む。


「腹に入るもんは、やっぱり落ち着ぐな」

弥六が箸を取りながらぽつりと言う。声には一日の疲れが混じっているが、どこか安堵もある。


玄照が袈裟の裾を押さえ、静かに箸を取る。お篠は湯飲みに酒を注ぎ、三つ並べられた湯飲みの一つを玄照の前に置いた。指先の動きに、日々の営みが刻まれている。


「仙台の話、聞いだが」

弥六が箸を止め、二人の顔を交互に見た。言葉は低く、店の中に確かな重みを落とす。


「聞こえてきます。人の流れが変わっていると」

玄照が静かに答えると、弥六はうなずいた。


「ここんとこ、仙台は急に変わったんだ。城下が整えられて職人や商人がどっと入ってきた。材木の需要が跳ね上がって、船大工の手が足りねぇ。先月だけで材木の値が二割上がったって話だ。米の流通も変わって、銭の回りが早ぐなった。うちみてぇな店でも、扱うもん増やさねぇと置いてかれるべ」


お篠は箸を置き、布巾をぎゅっと畳んでから言った。指先に力が残り、声にわずかな苛立ちが混じる。

「物の値段も上がってきだす。塩も油も、去年より高ぇ。若ぇ手代が仙台さ行ぎたがるって話もある。家の仕事が回らねぇと、私が余計に動がねばならねぇのは、正直堪える」


弥六は苦笑し、酒を一口含んだ。

「人手が足りねぇから賃金は上がる。だが上がった賃金はすぐ物に吸われる。商いは回るが、利幅が薄ぐなるところもある。だが、機会も多ぇ。仙台へ荷を回すだけで、今までの倍の銭が動ぐこともあるんだ」


玄照は味噌汁の湯気を見つめ、箸先で里芋をすくった。僧の顔と使者の顔が交差する。

「城下の整備は、政宗公の手だろうか」


「そうだべ」

弥六の返事は短く、確信を含んでいる。

「城を中心に町を作る。人を集め、職を作る。人が集まれば、情報も金も一極に集まる。良い面もあれば、悪い面もある」


お篠の目が細くなる。布巾の皺を指で伸ばす仕草に、彼女の不安と覚悟が滲んだ。

「良い面は客が増えること。だが、悪い面は……家の者が町へ出て行ってしまうことです。若ぇ手代が仙台さ行ぎたがると、うちの仕事が回らねぇ。私が余計に動がねばならねぇってのは、正直堪える」


弥六は肩をすくめ、軽く笑った。

「商いのやり方変えねぇといけねぇ。仕入れ先を増やし、信用を作る。信用は一朝一夕でできるもんじゃねぇが、外の風を嗅げる奴がいると助かる。玄照、お前みてぇな奴が情報持ってくると、こっちは早ぐ動げる」


窓の外、薄雲の合間に中秋の月が顔を覗かせ、冷たい光が海面を細く照らしている。秋の空気が帳場の隅まで入り込み、里芋の香りと混じり合った。外の話は店の中に重く残りつつも、膳の温かさが三人の間を和らげる。


「仙台の流れは、東北全体の流れを変えるかもしれねぇ」

玄照の言葉に、弥六の目が鋭く光る。


「そうなれば、こっちも動がざるを得ねぇ。商いの舵を切るのは、風を読む奴の仕事だ。だが風は、読めば読むほど裏をかいてくる。だからこそ、面白ぇんだ」


お篠は小さく笑い、膳を片付け始める。布団の支度は手際よく、無駄がない。外の風が軒を鳴らし、遠くで櫂の音が一度だけ聞こえた。三人の間に、商いの話が静かに落ち着き、夜は深まっていった。

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