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松島の朝、商屋にて

松島の朝は、潮の匂いと商人たちの声が混じり合い、どこか湿り気を帯びていた。

玄照は法衣の裾を整え、弥六の商屋へ足を踏み入れた。


義姫への使者というのは表向きの務めにすぎない。

玄照が確かめたいのは、政宗という風がいま、どちらへ吹こうとしているのか――それだけだった。


広げる風か、たたむ風か。

豊臣の空を読む風か、徳川の雲を探る風か。

あるいは、誰も見ていない方角へ吹き抜ける風なのか。


その気配は城下の端に溶け込み、玄照の胸に小さな風紋を残した。

彼はその風紋を嗅ぎ分けに、松島へ来たのだ。


店先には朝の荷が積まれ、手代たちが威勢よく声を掛け合っている。

帳場の奥で算盤を弾く弥六の姿を見つけた瞬間、玄照の胸にふっと安堵が広がった。

戦乱の中で多くが変わっても、弥六だけは変わらない。


羽黒衆の家に生まれ、寺の雑事を手伝い、やがて商いに心を寄せた男。

奉公を経て東北から関東に支店を持つまでになったが、顔を上げたときの笑みは昔と同じだった。


「おう、玄照。ちょいと待ってくれ。こいつを片付けねぇと手代どもが迷う」


その声に、玄照は静かに座敷へ腰を下ろした。ほどなくして、おしのが茶と漬物を運んでくる。

棚は整い、器は揃い、商家の温かい空気が玄照の緊張を少しだけ和らげた。


やがて弥六が帳簿を閉じ、玄照の前に腰を下ろした。


「政宗公が松島に来るって話、本当か」


「耳が早いな」


「松島は狭い。舟を出しゃ、すぐに風が変わる」


弥六は湯飲みを手に取り、目を細めた。


「で、お前はその風を見に来たってわけだ」


玄照は否定しなかった。


昼を少し過ぎたころ、松島の入り江に政宗の舟がゆっくりと現れた。

白い帆が陽を受けてきらめき、海面には細い風の道が伸びている。

その中心に立つ政宗は、まるで風そのものだった。


玄照は弥六とともに岸辺の松の陰からその姿を見つめた。

政宗は笑っていた。家臣たちと軽口を交わし、舟の揺れを楽しむように身を預けている。だが、その目だけは違った。遠く、どこか別の場所を見ている。


――どこへ吹くつもりなのか。


政宗の視線は諸勢力の方角をなぞるように、海と陸の境を渡っていった。

その動きは読めそうで読めない。風が気まぐれに向きを変えるように、政宗の心もまた掴みどころがない。


「……あの人は、昔からああだ」


弥六が小さく笑った。


「笑ってるようで、ぜんぜん笑ってねぇ。何を考えてるか、誰にも読ませねぇ。風みてぇな人だよ」


玄照は頷いた。まさにその通りだった。


舟が島影に入ると、政宗は帆を下ろさせ、静かな水面をゆっくりと進ませた。

その姿は、風がひととき止まり、次に吹く方向を選んでいるようにも見えた。


玄照は胸の奥にひやりとしたものを感じた。――この風は、どこへ向かう。

袈裟の裾を改め、秋の光がやや翳りを帯びる空を見上げると、遠くに中秋の月が薄く顔を覗かせていた。

夜が来るころ、何かが動き出す予感が胸に残った。



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