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悪役令嬢が攻略対象ではないオレに夢中なのだが?!  作者: naomikoryo


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第82話『忍び寄る視線』【陰謀と真実の序曲編②】

 朝の光が差し込む学園の廊下。

 石畳に映る窓の影は整然としているのに、その空気には微かなざわつきがあった。


「先生、今日も……視線を感じます。」

 リリシアが眉をひそめて呟いた。


「やっぱりか。」

 カイは片手に抱えた教科書を軽く振りながら、何気ない調子で答える。

「ワイも今朝から背中がむず痒いねん。数学で言うたら、計算は合っとるのに答えがスッキリせぇへん……そんな違和感や。」


 ルーティアが即座に振り返り、周囲を鋭い目で見回す。

「旦那様に妙な真似をする者がいるなら、この私が成敗いたしますわ!」


「いや、成敗する前にまず話し合いやで。いきなり剣抜くんやない。」

「……話し合いで済むなら苦労しませんわ。」

 ルーティアは鼻を鳴らしつつも、剣の柄から手を離した。


◆◇◆


 その日の授業は学園外での実地演習。

 クロス組の生徒たちは護衛団と共に街へ降りていた。

 市場は活気にあふれ、果物や布を売る声が飛び交う。


「先生! 見てください! これ“アメちゃん”に似てます!」

 メリルが鮮やかな糖菓子を掲げる。


「ほんまやな。でもそれは“正式商品”や。ワイのアメちゃんは非公式支給品やで。」

「非公式支給品……!」

 護衛団全員が神妙に頷き、なぜか手帳にメモを取っていた。


 ゴルムは大きな樽を抱えながら街並みを見渡す。

「人が多い! 建物高い! 空せまい! なんでやねん!」

「実況やめろ言うたやろ!」

 カイのツッコミに周囲の買い物客が振り返り、思わず笑っていた。


 しかし、和やかな時間は長く続かない。


 リリシアがふと足を止めた。

 背筋に冷たいものが走る。

 屋根の上、露店の影、通りすがりの客――どこかからじっと見られている。


(……まただ。)


「どうした?」

 カイが声を潜める。

「視線が……動いてる。さっきは屋根、今は……路地。」


「ルーティア。」

「はい。」

 呼ばれる前から剣に手をかけていたルーティアは、きりっと顎を上げる。

「旦那様に触れる不届き者など、百人でも千人でも斬り伏せてみせます!」


「いやいや……せめて人数減らしてから言えや。」

 カイは片手で制止しながら、護衛団へ合図を送った。


 ツェイルが影のように走り、カサが幻膜を薄く張る。

 双子は互いに目配せし、メリルは袖に隠した小瓶を握りしめる。

 ゴルムは両腕を広げて立ち塞がり、低い声で言った。

「アカン、通行止め。」


 周囲の人々は何も気づかずに買い物を続けている。

 だがクロス組の周囲だけ、まるで張り詰めた弦のように緊張が漂った。


◆◇◆


 その時――。

 市場の片隅で、一人の仮面の男が通行人を装っていた。

 目は細く笑っているのに、瞳孔は開いていない。

 背に隠した小さな符札から、かすかな黒い靄が立ち上る。


「捕獲は急がぬ。まずは試す。力と、守りを。」


 男が符札をひらりと投げると、黒い靄が蜘蛛のように四方へ走った。

 路地の奥から、屋根の影から、同じ仮面がぞろぞろと現れる。


「……先生。」

 リリシアが声を詰まらせる。

「来る。」


「分かっとる。」

 カイは片手を挙げ、いつもの調子で言った。

「おーしクロス組、今日の宿題は“無理数の群れを割る”や。……ええか、角を撫でて面をつくれ!」


「はい、先生!」

 生徒と護衛団の声が重なる。

 まるで授業の延長のように、しかし誰もが本気で。


 仮面の男たちが一斉に襲いかかる。

 剣閃、火球、毒針。

 それらをルーティアの紅剣が弾き、リリシアの風が散らし、ゴルムの盾が受け止める。


 カイはただ一言。

「アカン。」

 指先で式を撫でると、敵の魔法陣がばらばらに崩れ落ちた。


「……やっぱり。」

 リリシアは心臓の奥で確信する。

(この人は、ただの教師じゃない。)


 やがて、仮面の男たちは形勢不利を悟り、煙幕を張って撤退した。

 残ったのは、焦げた石畳と、息を弾ませながら立つクロス組の面々。


「逃げおったか。」

 ルーティアが舌打ちする。

「旦那様、すぐ追いますか?」


「いや、ええ。」

 カイは頭を振る。

「まだ本気やない。あいつらは探っとる。次はもっと大きい波が来るで。」


 リリシアはその言葉に強く頷いた。

「……備えます。」


◆◇◆


 その頃、遠い闇の底。

 またあの「声」が低く響いた。


「なるほど……。娘の周囲には、想定以上の守りがあるようだ。」


 影たちがひざまずく。

「はい。特に“教師”と“紅剣の令嬢”。彼らが壁になっています。」


「面白い。ならば次は壁を削れ。人界の街に火をつけろ。民が悲鳴をあげれば、守りも揺らぐ。」


 声は冷たく笑う。

「王は必ず娘を追う。人は必ず王を恐れる。双方が争い、疲れ果てた時……我らが裁定する。」


 闇の間に、重く不気味な笑いが響き渡った。

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