第80話『友情?それとも火種?』
ペア戦が終わった校庭は、まだ熱気が残っていた。
勝利を収めたルーティアとリリシアは、互いに視線を合わせずに歩いていた。
観客の生徒たちが「すごかった!」「最強ペアじゃないか!」と口々に褒めるのを、どちらも素直に受け入れられない。
「……次は私が主導権を握るわ。」
リリシアが小声で言えば、すかさずルーティアが肩をそびやかす。
「それはこちらの台詞ですわ。」
横並びに歩く二人はまるで喧嘩しているように見える。
けれど頬はほんのり赤く、瞳の奥にはどこか誇らしい光が宿っていた。
「ほんま、お前らは仲ええんか悪いんか、どっちかに決めぇや。」
後ろからカイがぼやきながら追いついてきた。
黒板消しをまだ手に持ったまま、肩で笑いながら言う。
「仲良しではありません!」
「仲良しじゃない!」
二人が同時に叫び、ばちっと視線がぶつかる。
だが次の瞬間、互いに思わず笑い出した。
「ふふっ……」
「……くすっ。」
その笑いを見た生徒たちは「やっぱり仲いいんじゃないか」と囁き合い、クロス組は爆笑に包まれた。
教室に戻ると、さらに騒がしい。
ゴルムが机に立ち上がって「なんでやねん!」を連呼し、双子のキルとカルが「せやな」とハモっている。
メリルは机の下でアメちゃんをほおばりながら「アメちゃん最高!」と叫ぶ。
「授業進まんやんけ!」
カイは頭を抱えながらも、どこか嬉しそうだ。
(まあ、ええやん。これがクロス組らしさやしな……)
◆◇◆
夜。
リリシアは寮の部屋の窓辺で、魔伝書鳩に託す手紙をしたためていた。
『パパ。私は元気にやっています。クロス先生という面白い人に出会いました。彼の言葉は不思議で、私を惹きつけます。ルーティアという娘とも張り合っています。喧嘩もしますが、なぜか心地よいのです。』
そこまで書いて、ふとペンを止める。
「……これ以上は書けないわね。もし“旦那様が気になる”なんて書いたら、パパ、絶対怒るもの。」
小さな笑みを浮かべながら、羊皮紙を折りたたむ。
呼び出された魔伝書鳩が、静かな光を帯びて羽ばたいた。
夜空へ吸い込まれていくその背を、リリシアはじっと見送った。
◆◇◆
同じ頃――魔界。
黒曜の塔の最奥、永劫の闇に覆われた地下広間。
そこはかつて誰も立ち入ることを許されなかった封印の間だったが、今は幾つもの影が蠢いていた。
壁も床も黒く、灯りひとつない。
しかし、そこに集う者たちの瞳だけが、不気味に光っている。
「魔王は甘い。姫に自由を与えるとは、あれは弱さだ。」
一人の影が低く呟いた。
「力ある者が他者に隙を見せた時こそ、玉座を奪う好機。」
「姫を捕らえれば、魔王は必ず動く。」
別の影が続ける。
「奴は人界に現れ、人間どもと衝突せざるを得まい。王が外に出れば、魔界は空席となる。」
「そして……魔王と人間、両方が疲弊したその時こそ――」
影たちが一斉に囁き、声が重なる。
「我らがその双方を屠り、世界を掌握する。」
闇の奥からくぐもった笑い声が響いた。
ぞわりと空気が凍る。
「良い……実に良い。
魔王は力を持ちながら理に縛られ、人間は理を持ちながら力を欠いている。
その双方が争えば、勝者は疲れ果てる。――そして敗者は滅びる。」
その声の主は姿を見せない。
暗闇から声だけが木霊し、影たちの頭を垂れさせる。
「我らは漁夫の利を得るのだ。
魔王を人間界に誘い出し、奴を討ち、人間どもも討つ。
その先に立つのは……我らの新たなる王。」
「おお……!」
影たちが一斉に歓喜の声を上げる。
「準備を整えよ。姫は人間の姿でしか在れぬ。捕らえるのは容易いはずだ。
まずは足場を固め、時を待つのだ。」
笑い声が重なり合い、やがて闇に溶けて消えた。
◆◇◆
その一方で、学園の塔。
リリシアはまだ知らない。
自分がその陰謀の中心にいることも、暗闇の中で牙を研ぐ者たちの存在も。
月光が窓を照らし、彼女の横顔を静かに浮かび上がらせる。
彼女の胸にはまだ、今日の模擬戦でルーティアと共に戦った興奮と、カイを見つめるときの妙なざわめきだけがあった。
――そんなわけで、リリシアは魔界からやってきたのだった。




