第64話『模擬戦、火花散る』【魔族姫編④】
秋の午後。校庭に立つと、陽射しは柔らかく、風は少し冷たい。
クロス組の一年と二年が向かい合って整列していた。
観客は三倍。模擬戦の噂を聞きつけて、他クラスの生徒や教師まで集まっている。
「なぁ、聞いたか? 一年のリリシアって子、ルーティア様に匹敵するらしいぞ。」
「二年クロス組と一年クロス組……まるで学園の代表決戦みたいだな。」
ざわめきが広がり、期待と不安が校庭を包んでいく。
◆◇◆
「今日のルールは単純や。」
カイが両陣の中央に立ち、手を叩く。
「刃を当てんこと。魔法は結界で守るから派手にやってもええけど、校舎まで飛ばしたらワイが減点や。減点は痛いで。」
ざわっと笑いが起きる。
「さぁ、誰からいく?」
「私が出ます。」
リリシアが一歩前に出る。
紫紺の瞳は真っ直ぐ、凛とした立ち姿は揺るぎがない。
「なら、私が受けて立ちますわ。」
ルーティアもすぐに前に進み、剣を肩に担いだ。
二人の姿が向かい合っただけで、観客が息を呑む。
「始め!」
カイの合図と同時に、砂が爆ぜた。
ルーティアの剣に炎が纏い、花弁のようにひらめく。
リリシアの剣には風が渦を巻き、その花弁を形のまま押し返した。
金属音は鳴らない。
剣と剣が触れる前に、互いの魔力の“面”が弾き合っている。
「すごい……」
「これが、先輩と新入生……?」
観客の生徒たちが呟き合う。
ルーティアは攻めを強めた。炎が薔薇から紅蓮へと変わる。
リリシアも微笑を崩さず、風をより鋭く纏わせて受け止める。
砂塵が舞い、空気が震え、校庭全体が熱と冷気で交錯した。
(……やっぱりや。)
カイは眉間に皺を刻み、戦況を見つめた。
(普通やったら、魔力に小さなざらつきが残るはずや。けどリリシアの式は滑りすぎてる。……水面に月が映っとるみたいやな。)
その違和感は、模擬戦が進むごとに強くなる。
リリシアの剣筋は確かに人の形をしている。けれど、その底にある魔力の“質”は、明らかにそれ以上のものだった。
「まだまだ!」
ルーティアが叫び、炎を大剣に凝縮させる。
観客から歓声が上がる。
しかしリリシアは怯まなかった。
風の剣で炎の大剣を受け止め、足を滑らかに踏み替える。
その動きがあまりにも無駄なく、完璧すぎる。
(――揺らがん。まるで本能で式を知っとるみたいに。)
◆◇◆
「止め!」
カイが声を張り上げた。
二人の剣が寸前で止まり、砂粒ひとつ乱れぬ終止符を打つ。
観客から大きな拍手が湧き起こった。
「やっぱり互角やな。」
カイは額の汗を拭う。
「よう頑張った。今日はここまでや。」
二人は互いを見合い、微笑を浮かべた。
「やっぱりあなた、強いわね。」
「あなたも相当ですわ。」
握手を交わしながら、言葉は短いが互いを認める光が瞳に宿っていた。
「よう頑張ったで、リリシア」
観客が解散していく中、ルーティアがカイに飛びつく。
「カイ! どうしてリリシアばかり褒めるの!」
「リリシアはお嬢の後輩やろが」
「それはそれでしょ!」
「あぁ、勿論ルーティアはいつも通り綺麗な炎で見事やったで。」
「…それだけ?」
「いやいや、ちゃんとルーティアも見事やった言うたやん!」
「見事“だけ”? 私は旦那様に満点もらわなきゃ納得しませんわ!」
「……はいはい、満点。百点満点の旦那様認定や。」
「最初からそう言いなさいってば!」
校庭のあちこちから笑いが漏れた。
その夕暮れ。
ひとり残ったカイは、模擬戦の跡を見渡していた。
足跡、砂の乱れ、残り香。
どれも見事で、しかし違和感を拭えない。
(……もしや。いや、まだ早いか。黒板の前で学び続ける限り、生徒は生徒や。
それ以上でも、それ以下でもない。)
ポケットから飴をひとつ取り出し、口に放り込む。
甘さが喉を通り抜け、胸のざわめきをほんの少し和らげた。




