第63話『護衛たちの素顔』【魔族姫編③】
模擬戦から数日が経った。
クロス組の一年生二十名はすっかり学園の生活に溶け込み……いや、溶け込みすぎていた。
「先生ー! 屋台、最高でした!」
「見てください、この串焼き! 香辛料が効いてて……!」
「ほれほれ先生も一口!」
昼休み、校庭の隅でわいわい騒ぐ一年生たち。
手に持っているのは、揃いの串焼き。香りが校庭に広がり、通りすがる生徒まで鼻をひくつかせている。
「お前ら……授業の合間に買い食いすんな言うたやろ。」
「だって! あの屋台のおばさん、先生の名前出したら“まけといたるわ”って!」
「ワイの名前、勝手に値切りに使うなや!」
「でも先生、値切り交渉の達人って有名ですよ?」
「有名になっても得するんワイやなくてお前らやろが!」
カイが頭を抱える横で、二年生たちはくすくす笑っていた。
◆◇◆
次の日は料理実習だった。
「今日はスープを作ってもらうで。材料はシンプルや。焦がすなよ。」
そう言って材料を配ったカイだったが、五分後には教室の窓を全開にしていた。
「先生ー! こっち、すごい色になりました!」
「これ、飲めるんですか!?」
「お前ら……なんでスープが虹色になんねん!」
「香辛料を全部入れたら美味しくなるかと思って!」
「ちゃう! 足し算と料理は違う!」
鍋から立ち上る怪しい湯気に、隣のクラスの教師が飛び込んでくる。
「カイ先生!? 爆発音がしたが!?」
「気にせんでええ! ちょっと派手な調理や!」
「派手にもほどがあるだろう!」
大騒ぎの末、食べられるスープが完成したのは結局カイの班だけだった。
それでも一年生たちは楽しそうに笑っている。
◆◇◆
週末。
自由時間に一年生たちは街へ繰り出した。
「先生ー! 劇場って最高ですね!」
「涙が止まらん……!」
「これが“悲恋の舞台”かぁ……。」
演目が終わった後、彼らは目を真っ赤にして帰ってきた。
その夜の食堂は、感想会で大盛り上がりだった。
「……お前らリリシアの護衛ちゃうんか?」
カイが呆れて尋ねると、にやりと笑って答える。
「護衛もしますよ! でも学園生活を楽しまないと!」
「楽しむ方が本業になっとるやないか!」
けれど彼らの底力は隠せなかった。
翌週の体術の授業では、教師たちが一瞬で降参した。
「ちょ、ちょっと待て! その跳躍、見たことないぞ!」
「筋力の数値がおかしい……!」
「カイ先生! 彼ら、一体何者ですか!?」
「……元気な新入生や。それ以上は詮索無用。」
カイは涼しい顔で返したが、内心では首をひねっていた。
(……どう見ても普通やない。せやけど本人らは気付いてへん。ほんまに不思議やな。)
◆◇◆
放課後。
掃除の時間になると、一年生たちはやけに張り切っていた。
「先生ー! 廊下、磨き上げました!」
「床、ぴかぴかです!」
「見てください! 鏡みたいでしょ!」
カイが歩くと靴底がきゅっきゅっと鳴るほどだ。
通りかかった二年生が滑って転びそうになる。
「……磨きすぎや。ほどほどにせぇ。」
「だって、楽しいんですもん!」
「お前ら……ほんま、何しに来たんやろな……。」
だが、そんな彼らの態度に少しずつ変化が出始めていた。
模擬戦を見て以来、リリシアだけでなく護衛の生徒たちも、カイを見る目が変わっていたのだ。
「先生、質問いいですか?」
「この式、どうしてこう簡単に解けるんです?」
「先生って、本気出したらどこまで強いんです?」
問いの一つひとつに、かすかな敬意が混じる。
もともと自由気ままな彼らが、自分より強いと悟った相手に自然と従うように。
カイは頭をかきながら、飴玉を一つ差し出した。
「ほれ、質問の答えはアメちゃんや。甘いもん食ってから考えぇ。」
「は、はい!」
にこにこと飴を受け取る一年生たちを見て、ルーティアが呆れ顔で囁いた。
「旦那様、完全に懐かれてますわね。」
「いや、犬ちゃうねんから……。」
けれど確かに、その瞳には忠犬のような光が宿り始めていた。




