── 第八章・嵐、始動 ──**
舞台の幕がゆっくりと開く。
照明はまだ落とされ、体育館の空気には微かな緊張と、期待の熱が満ちている。
暗がりの中、詩織がゆっくりと舞台中央に進み出る。
両手には、淡い桜模様が描かれた一枚の和布――
書道部の象徴とも言える布だ。
その後ろを、美琴と楓が支えるように続く。
太鼓を抱えた大地はステージ上手の隅に位置を取り、
静かにバチを構える。
詩織は一度、観客席に深く礼をする。
体育館はしんと静まり返り、誰もがその小さな所作を見つめていた。
咲良は袖からそっと見守る。
右手を胸に添え、息を止めて仲間の一挙一動に集中する。
詩織が布の端を両手で持つと、
美琴と楓が同じタイミングで、反対側の端をそっと掴んだ。
そして――
「……いくよ。」
詩織の小さな合図。
三人が息を合わせて、一気に布を床に広げる。
ヒラ――……
薄い桜模様の布が、舞台の中央に優しく舞い降りる。
わずかな風に乗って、花びらのように揺れる。
同時に、大地の太鼓が一打だけ、深く響く。
ドン――……
その低い音が体育館の空気を震わせ、
観客の息を一斉に呑ませた。
布が完全に床に落ち着く頃、
ステージ上のスポットがゆっくりとその布を照らす。
淡い桜色の模様が、光を受けて床に咲き誇るように浮かび上がる。
詩織はその布の上に、静かに正座する。
背筋を伸ばし、手にはまだ筆は持たない。
代わりに彼女の瞳に、これから走らせる線のすべてが映っていた。
咲良が袖で小さく呟く。
「――咲いた。
ここから、嵐が吹く。」
客席はまだ誰一人、息をついていない。
ただ、この桜模様の布が示す“これから”を信じて
舞台の中央を凝視していた。