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番外編2-2

「俺、隣で爵位を貰っちゃったんだ」

「ええ!?すごいね!!」

「しかも子爵」

「ええええええええ!父さんより上じゃん!!」

「そう!商会長より上!すごい辛い!」


 レオンは頭を抱えた。


「辛い?」

「国が違うけどお世話になった人より上の爵位を貰うなんていたたまれない……」

「レオンって結構そういうとこ気を使うよねぇ」

「お前が気を使わなさすぎなんだよ」


 ミュゼットの作業室の中はまるで昔に戻ったみたいだった。たくさんの魔道具やその素材、工具などが散らばった小さな部屋の中に、埋もれかかっている作業台に座るミュゼットがいて、その脇にある小さな椅子に無理やり座るレオンがいる。


 二人はここ二ケ月にあったことを話し合った。


「……へぇ~それで爵位を貰っちゃったんだ」

「おー、やるって言われてるのに断れなくて、渋々」

「爵位を渋々もらう人、あんまりいなくない?」


 隣国に渡ってすぐ、お忍びで街に来ていた王様が腹痛で(慣れないのに買い食いしたせいらしい)苦しんでいるところに、たまたま通りがかったレオンが腹痛の薬を渡した。始めは怪しまれたけれど、ベンジャミン商会と許可証などを見せて信用してもらったらしい。薬は即効性があって王様はすぐに元気になった。

 それ以来王様に何かと気に入られ、隣国に渡るたびに王宮に出向いて王様と雑談して仲良くなり、そして王都の一等地を紹介してもらい、気づいたら爵位までもらっていた、とレオンは説明した。


 たったそれだけで、とミュゼットは思ったけれど、そういえば隣国は薬があまり売られていないと聞いたことを思い出していた。薬草があまり採れないため、薬全般が高級品なのだと言う。ベンジャミン商会支店はまず薬を国内に販売できるルートを確保するところから始める、と計画しているのは聞いていた。そのために各種薬を持って向かっていたのが幸いして、結果として一等地に店を出せるし爵位ももらって商売がやりやすくなった、ということだとミュゼットは説明された。


「なんかすごくうまくいったんだね」

「そうだな、ここまでうまくいくとは思わなかった……」

「なに?何か気になることがあるの?」


 レオンの顔色が曇ったことをミュゼットは見逃さなかった。


「爵位ってすげーんだなって思って」

「すごい?」

「影響力がさ……俺、親父さんが男爵貰った時にこれで商売の幅が広がるなぁってみんな喜んでて、それくらいしか変わらないと思ってたんだ。ミュゼがマナーとか色々頑張ってるのは知ってたけど、変わらず魔道具作ってるし、それくらいなんだろうって」


 ミュゼットはそれなりにマナーや教養の授業を受けてなくてはいけなくなり、学園に通うための勉強もしたので大変ではあったが、要領が良く周りに大変だねと言われることは少なかった。ちょうどレオンも忙しくしていた頃だったので余計に気づかなかった。


「何か大変なの?」

「夜会とか茶会とかの誘いもすごいんだけど、婚約の申し込みが……止まらなくてさ」

「ええええええ!!!!」


 ガタン!!と大きな音を立ててミュゼットが立ち上がった。


「ヤダ!!!なんで!!」

「やだ?」

「ヤダよ!!嫌に決まってんじゃん!!レオンのバカ!なんでわざわざそんなこと教える前にプロポーズのフリなんてしたの!最悪!!」

「はぁ?お前フリってなんだよ!俺は真剣に」

「嘘つき!!三年経ったら隣国の女と結婚するつもりだったんでしょ!それが早まったって言いに来たんでしょ!」

「だああああから違うって。話を聞けよお前」


 ミュゼットは顔を真っ赤にして肩を震わせている。

 小さなころから怒ると喚いた後、一人でぎゅっと唇を噛んで堪えていた。今も同じようにぎゅっと唇を噛み、これ以上暴言を吐かないように、怒りを出さないように耐えている。


「あっちで店を切り盛りして三年経ったら、お前にプロポーズしてもいいって親父さんに許可をもらってたんだ」

「……聞いてない」

「言ってないからな。途中で投げ出す気はなかったけど、認められなかったら情けないだろ」


 ぽろっと大きな涙が一粒ミュゼットから流れたのが見えて、レオンは息をのんだ。


「……言って……くれてもよかったのに…………」

「ごめん」

「信用してないんだね、私の事」

「そんなことない」

「好きだって言われたこともない」

「あーー……言ったことなかった、恥ずかしくて」

「だから私だけが一人で片思いしてて、振られたと思ってた!」


 バチン!と乾いた音が鳴った。レオンの両頬がじんじんと熱を持っている。

 ミュゼットは両手でレオンの頬を勢いよく挟んで、さらにぐりぐりと潰すように渾身の力をこめて押した。


「いたい、いたいって」

「私だってねぇ……婚約の話来てる!!でも父さんが学園卒業したらでいいよって言うの、だけど私は嫌だった。三年後にはレオンがお嫁さん連れてくるのに、それを一人で待ってるの嫌だった!だから早く婚約相手を見つけたかったのに!」

「はぁ?!聞いてないぞ婚約なんて」

「言わないわよなんで言わなきゃいけないの!何にも言わないレオンに!」

「だって……」

「三年後話がある、だけしか言わないやつに……どうして私だけ待ってなきゃいけないの!最悪!こんな奴最悪!」

「いいすぎ、いいすぎだ」

「もうレオンなんか知らない!でてけ!」


 両手で頬を挟まれたままレオンは部屋の外にグイグイと押され、扉を足蹴にして開けたミュゼットはそのままレオンを押し出した。


「レオンなんて知らない!」


 バタン!!と勢いよく扉はしまった。

 その後にガチャと音がして、鍵をかけたこともわかった。


「……なんで」


 レオンの手には箱に入ったままの指輪がある。


「なんでもなにもないよ、レオン兄ちゃん」

「わああ!びっくりした……急に声をかけるなよマックス」


 ミュゼットの弟であり、ミュゼット同様赤ん坊のころからレオンが面倒を見てきたマックスがにや~っと笑って座り込むレオンを見下ろしていた。


「あはは、振られてやんの!」

「お前な……俺はまだ振られてないぞ!」

「姉ちゃん、ようやく立ち直ってきたところだったから、これでまた荒れるときっと父さんは怒るだろうなぁ……二か月前もぶち切れてたしなぁ。あ~大変そうだな~」

「……立ち直ったってなんだ?」

「レオン兄ちゃんが三年後に話があるって言っていなくなったから、振られたと思った姉ちゃんは毎日泣き腫らしてて、今みたいに作業室に鍵かけて篭っちゃってさぁ。最近ようやく、やっと、なんとか自主的にご飯食べたりベッドで眠ったりしてくれるようになったんだよ。ああ。困ったなぁ、また引きこもっちゃったら、父さん怒るだろうなぁ」


 こまったこまった、と言いながら悪魔のような笑みを浮かべているマックスに対して、レオンは何も言えなかった。わざとらしい口調にも何も言えず、ただ座り込んで床を見ていた。


「はぁ。情けないなぁ。勢いよくプロポーズ出来るくらい姉ちゃんのこと思ってるなら先にプロポーズしてから行けばよかったのに。どうして今なの」

「……隣国の王様に縁談を結ばされそうで」

「ああ、王命だと拒否も離婚も出来ないもんね。諦めるしかないんじゃない?」

「ミュゼットを諦められるわけないだろ」


 レオンにとってはミュゼットが全て、と言っても過言ではなかった。商会の中でひたすら働いていたのも勉強を怠らなかったのも全部ミュゼットが大好きなこのベンジャミン商会を一緒に守っていきたいだけだった。


「言葉が少なすぎたんじゃない?なんでもないことをいっぱい話すのも大事だけどさ、大事な事全然言わないよね、二人とも」


 マックスにとってはミュゼットもレオンもどっちもどっち、という意見だった。

 どっちも相手のことが大好き~~と全身でアピールしてるのに、言葉にはしない。だからすれ違うんだ。


「まぁ、閉め出されちゃったらどうにもできないね~~がんばれ~~~」


 声も出さずにレオンはコクンと頷いた。マックスはやれやれといった表情で離れていく。


(とりあえず父さんたちにうまく根回ししとかないと、まじで破談になりそう。これは貸しだからな~~レオン義兄(にい)ちゃん!)


 マックスは駆け足で自分とレオンの父親たちがいる会長室に向かった。






続きは20時

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