番外編2-3
書くのが楽しくって長くなりました
レオンを追い出したミュゼットは最初のうち怒りで我を忘れていた。
淡々と制作に精を出し、延々と魔道具に使う金属を磨いた。磨き続けた。
何時間もそうした後、「なんか暗い?」とぽつりとつぶやいて正気に戻り周りを見渡すと夜。どっぷりと日が暮れていた。
日付はもうすぐ変わる。そうすればミュゼットは成人を迎える。
「……言い過ぎたかな」
レオンにプロポーズされた時は嬉しさでいっぱいだった。でも戸惑いのほうが大きかった。なにせ振られたと思っていたし。
自分のことを大事にしてくれているレオンは、自分とは違って兄妹の愛情を抱いているだけだとずっと思っていた。自分だけがその愛情を恋に、異性に向ける感情に発展させてしまった。
レオンが嘘をつく人間ではないことはよくわかっている。わかっていても信じられなかった。
三年後に話があると言ったレオンはとても厳しい顔をしていて、どう見ても喜ばしい話をするようには見えなかった。
だから、隠していた恋人がいて、その恋人と結婚するつもりなんだ、と勝手に解釈していた。
「でも、私も言ってないし、気になるなら聞けばよかったんだよね」
事実を知るのが怖くて、聞けなかった。でも、聞いたらよかったのだ、そしたらこんな勘違いは起こらなかった。
それにしても。
「婚約が殺到ねぇ……腹立つな」
ミュゼットは立ち上がり、父親のいる会長室へ向かった。
「父さん、お願いがあるんだけど」
「ああ、どうした?そういえばお前夕食は食べたか?」
「あー……まだ、だけど」
「もう夜中だぞ。早く食べて寝なさい」
「うん、わかった。そうするから先に聞いてもらいたいんだけど」
ミュゼットの父親であるベンジャミン男爵は、すでにマックスにより根回しが済んでいた。
と言っても全ての事情を知っているわけではなく『姉さんが籠っているのは拒絶したわけではなく考える時間が欲しいみたいだ』『レオン兄さんと話す時間が少なくてちょっと喧嘩しちゃっただけだと思うから少し待ってあげて』と一生懸命説明を受けただけだ。
子どもたちが小さいころに苦労を掛けてしまったと思っている男爵は、マックスが必死に説明する(必要以上に熱弁をふるって)のを見てだいぶ絆されている。
元々ミュゼットさえ頷けばレオンとの結婚を許すつもりではあった。
婚姻は三年後でも、婚約くらい先にしたい、とレオンが思っているのも知っていた。だがそれを一度止めた。娘が結婚すると言う現実を受け入れられず先延ばしにしただけなのだが……一度それに頷いたのに自分に許可を取らずにプロポーズしにいった(らしい)レオンに対して、男爵はそれなりに腹は立っていた。
だが、マックスによってまぁいいか、と絆されたところでミュゼットがやってきたのだ。
「あのね、あと二時間弱で私成人するでしょう?」
「ああ、おめでとう。明日は夜みんなでお祝いをしような」
「ありがとう。それでね、明日結婚したいの」
「ああ……は?結婚?婚約じゃないのか?」
「うん、結婚。さくっと籍入れたいの」
「さくっと……さくっと……そんな簡単にお前」
「だって私、取られたくないの。レオンを取られなくないから、婚約じゃなくてしっかり結婚しておきたいのよ」
ミュゼットは手のかからない子どもだった。実際にはそれなりに癇癪を起したことなどもあったが、それらは全部レオンが一人で面倒を見ていた。だから男爵は娘のワガママというのをあまり聞いてこなかった。何か頼まれるときは大体が魔道具関連で、それは結局商会にとって有益になることだったので、設備や素材を頼まれてもワガママとは思っていなかった。
ミュゼットの初めてのワガママが、結婚。さくっと結婚したいと言う。
思わず頭を抱えそうになった。
「……レオン君とはどういう話になっているんだ?」
男爵は冷静を取り戻そうと、返事をする前に状況を確認することにした。
「今日プロポーズを受けたの。びっくりして答えてられてないんだけど、受けようと思って」
「ああ、お互いに結婚するつもりなんだね」
「うん、そうよ」
レオンは結婚を申し込んだが明日すぐに!とまでは思っていなかったし、たぶんそうだろうなぁとミュゼットもわかってはいたが、父親をまず丸め込む方が先だと判断した。
「いやだって、お前、まだ子どもじゃないか」
「明日成人よ」
「だけどまだこれから学園に通うだろ?」
ミュゼットは成人後学園に通う予定だった。そこで人脈を、同年代の貴族との繋がりを作ることが必要だと言うことはミュゼットもよくわかっていた。
「うん、だからね。結婚しても三年間はこっちにいようと思って。ベンジャミン男爵の娘として学園に通う。もちろん魔道具師も続ける。学園は既婚者でも問題ないし、認められればベンジャミンに籍を置いたまま、レオンと結婚することも出来るでしょ?」
「そ、そのはずだが……」
ミュゼットは二年弱前、父親が男爵位を貰った時に貴族の婚姻に関する法律を調べに調べ尽くしていた
いつかレオンと結婚したいと思っていたのに、レオンと身分が違ってしまったことに焦ったからなのだが、結論として一代爵位として賜った男爵の娘は平民と何ら変わりがない。貴族同等の扱いを受けることは出来ても、婚姻相手が平民でも何一つ問題がなかったので安心したが、その時に既婚者でも学園に通えるし、婚姻後も認められる理由があれば籍を生家と嫁ぎ先の両方に置くことも可能だと言うことを知っていた。
「私がベンジャミン商会の魔道具師であること、そのことを公にしてないことを理由にしたら、ベンジャミン家の籍に学生の間入ったままでも問題ないでしょ」
「……」
男爵は黙った。元々レオンとの結婚をなんだかんだ延ばしたり条件を付けていたのは、娘と離れるのが寂しかったからだ。ようやく家族の時間がもてるようになったのに、すぐに嫁いでいくなんて寂しいというワガママだった。それについて妻から相当叱責を受けていたのも、息子から冷めた目で見られたのも、男爵の心に深く傷として残っていた。
「……わ、わかった。だが、レオン君と話し合って、二人で決意を報告しに来なさい」
「ありがとう父さん!!じゃあ明日の朝の会議の後、あけといてね!」
「え?」
「じゃあおやすみ!」
「おい、ちょっと……」
ミュゼットは笑顔で手を振り、会長室を後にした。
「ああ……明日か……」
今日の午後マックスに熱弁を振るわれてからあまり仕事が手につかず、まだ山盛りになっている未決書類に目をやると、男爵は「もう帰ろう」と帰路についた。娘はきっと作業室横の仮眠室で寝るだろうと、そう思って。
「レオン!」
「うわあああ!びっくりした」
レオンは本店の裏にある男性従業員寮の個室で寝ていた。そこが空き部屋であること、レオンだけでなく各支店から本店にきた従業員が宿泊する場所にあてがわれていることをミュゼットは知っていて、十中八九ここにいると思って突撃してきた。鍵はかかっていたが、マスターキーを持ち出して開けた。
「お、おま、男の部屋に」
「しー!声おっきい!」
むぎゅ、とミュゼットの手でレオンの口がふさがれた。
「レオン、静かに、出来る?」
コクコクとレオンが頭を縦に振ると、手がそっと離された。
「別に既成事実を作りに来たわけじゃないから、安心してよ」
「それ俺の台詞じゃない……?」
「で、あと十分で私成人するから、明日結婚しよっか」
「はぁ?」
「声でかい!とりあえず周りには以前から恋人だったって言ってね。婚約期間ナシだといろいろ面倒だからさ」
レオンは目を白黒させつつも、今目の前にいるミュゼットが何を言っているのかを把握しようと努めた。
しかしミュゼットはいつもと何ら変わりない様子で、なぜかベッドで寝ていた自分の腹の上に馬乗りし、得意げに話している。
「で、婚姻届は持ってる?」
「……いや」
「もう!準備が悪いなぁ。まぁいいか、朝イチでとりに行けば……」
「ミュゼット?」
言葉尻が小さくなり、何かぶつぶつ言っているのはわかっても聞き取れずレオンは体を起こした。
それによってミュゼットが後ろに倒れそうになる。
「おっと」
レオンがミュゼットを抱きとめると、さっきまで何かぶつぶつ言っていたはずのミュゼットはぴたりと口を動かすのをやめ、レオンの顔をじーっと見つめて動かない。
「どした?」
「……あー、やっぱり部屋に来たのは良くなかったかなって」
「おお、珍しい。常識的なことを言っているなぁ。これは夢かな」
「私はいつも常識的よ!」
「声がでかい」
今度はレオンの手がミュゼットの口を抑えた。
「で、結婚するって明日?俺まだ親父さんにちゃんと許可とってないんだ」
「ふがふが」
「それにミュゼットは学園に通う準備もしてるだろ?だから婚約しようと思ってたんだけど」
「ふがふが……もう!じゃま!」
べしっと手を払い、ミュゼットはレオンを睨むように見上げた。
「全部解決してきたから、レオンは私に従っていればいーの!」
「はぁ……まぁ、うん。いい、お前に勝てないことくらいわかってるし」
「じゃあ明日日の出とともに私の作業室に集合!」
「はいはい、よし寝るか」
「ちょっと!」
レオンは器用に二人の間に挟まれていた毛布を抜き取った。そしてミュゼットを腕の中に抱え込んだまま横になり、二人がすっぽり隠れるように毛布を掛けた。
「まって、さすがに一緒には」
「今更だろ。俺疲れてて……おやすみ」
ミュゼットは連日作業室にこもっていたことによる寝不足で、レオンもここに来るための時間を捻出させるために二日ほど徹夜で仕事していたせいで寝不足だった。加えてレオンは寝ぼけていた。さすがに普段だったらミュゼットを作業室横の仮眠室に送っていくくらいはしたはずだが、横になってすぐレオンは眠ってしまい、あったかさとトクトクという心地よい音によって寝不足だったミュゼットもすぐに眠ってしまった。
朝、何とか日の出前に二人は起き、寮の人間にバレないように抜け出したのだが、作業室の前にすでにマックスが立っていた。
眠たそうに眼をこする昨日と同じ服の姉と、同じく眠たそうにしながらミュゼットと手を繋いで歩いてきたレオンを見て、マックスははぁ~っとわざとらしくため息をついた。
「……既成事実で押し切ろうとしたの?」
「「違う!」」
うっかり一緒に寝てしまったことを口止めするために、二人は長い間マックスのワガママに振り回されることになった。
最終話は23時に上がります




