僅かな隙間から暴かれる真実
クライドさん。それは、あの時山賊がしらの聞き取りを担当していた、優しい見た目のお兄さんである。
「クライドさんは、平民でありながら勉強家でその優秀さが買われて王城勤めになった、とっても努力家の人です」
平民、という言葉を聞いてシンディが反応した。
シンディはアンヌお母様とエドお父様の再婚によって貴族の籍を手に入れた人だけど、クライドさんは、自分の力だけでその地位を確立した人だ。
「凄いですね……勉強だけで王城勤めになるなんて、とても努力をなさったのですね」
「ふふっ、私にはエドワード様の心の支えになって店を切り盛りしていたシンディさんも同じぐらい素晴らしい存在なのですけどね」
どこまでもエドワード神絶対主義のジルらしい微笑ましいコメントである。
気が緩みそうになったところだけど、ジルはすぐに軌道修正を行う。
「それで、クライドさんに関してなのですが……どうにもエドワード様襲撃の犯人を担当してから、顔色が悪くなっている様子でした」
「顔色?」
「ええ。健康的な肌の色から、明らかに血の気が引いてきたような土気色に変化していました。エドワード様襲撃犯のことはずっと気がかりでしたので、再々クライド様にお会いしておりました」
ジルの熱心さに周囲は少し呆れ気味な様子ではあったけど、私はなんとなくその感覚も分かる。
要するにアレだ、まだ更新されないだろうと分かっていても、明日になれば更新されるだろうと分かっていても、何度もサイトにアクセスしたり、アカウントの新情報を待ってしまう現象。
「それで、顔色が悪いことを他の方にも訴えたのですが、皆手が離せないのか彼の業務を引き継いでくれることはなかったのです」
そっか、皆忙しいから仕方ないとはいえ、死ぬまで代わってもらうことが出来なかったというのは部外者ながらつらいな。
「原因は、分かったの?」
「具体的には分かりませんでしたが、おおよその見当は付いています」
マジすか、本当に凄いですね……。
私はそんな感じで淡々と教えられる情報を聞きながら頭の中でまとめていた。
だから……次にジルが出した情報に一瞬頭が真っ白になった。
「体調不良となる前後なのですが、フードを被った臨時スタッフの方がいらっしゃったのですね。その方はすぐにいなくなったのですが……雰囲気と匂いから、エルフだったと思います恐らくその方が——」
エルフ、という単語を聞いた瞬間に私はガタリと立ち上がり、皆の視線がこちらに一斉に向く。
しかし、その視線に反応している余裕すらない。
忘れもしない、転生後一番ヤバかった事件。
そして……シンディからの信頼と絆を感じた、私にとって悪いことばかりではなかった事件。
私は、シンディの方へ視線を向けた。
彼女も、もちろん当事者だから分かっていた。
「……フィー姉様……やっぱり、そう、ですよね」
「うん。偶然ではないと思う」
私達のやり取りに、反応を示したのがメリウェザーさん。
宮廷魔道士団団長様は、国家の危機に関して情報を得る権利を持っている。
だから、当然この事件のことも他の人よりも詳細に知っていた。
「ルビー誘拐事件、だね」
貴族の間では記憶に新しい、明確に貴族を狙って起きた事件。
しかしその詳細は、王家が私達に伏せるように指示を出したものだ。
「フィーネも、シンディも、王家の指示をよく守ってくれたね。しかし、少なくともここにいる面々には、知らせなくてはならない段階に来たと思う」
「そう、ですね……」
私は、メリウェザーさんに説明を促した。
この場で一番発言力があり、皆からの信頼が厚いのは間違いなく彼だろう。
それに、秘密をカミングアウトする権限も、間違いなくメリウェザーさんが一番だ。彼の判断なら、誰も文句は言うまい。
「レイチェル、それにアンヌも聞いてほしい。ゼイヴィアやティナには聞かせるつもりはなかったが……無関係ではいられなくなった。ルビー誘拐事件の現場にはフィーネとシンディがいたことは知っていると思う」
「ええ、そう聞いています」
アンヌお母様が頷く。
メリウェザーさんは、ここで情報を出した。
「その時に、誘拐犯は見つからなかったと周知されているが……実は違う」
「えっ?」
「まことに、アンヌの娘は優秀で口が硬い。今の今まで、誘拐犯がエルフであったことを王国と帝国の軋轢のことに配慮して、隠してくれていたのだからね」
メリウェザーさんが、その爆弾を投下する。
その内容に真っ先に反応したのが、ジルだ。
「じゃ、じゃあルビーさんの誘拐事件って、エドワード様の襲撃事件と繋がりがあったのですか!?」
「恐らくそうだろうね。だから、消された。帝国のエルフによって……ではない。エルフに指示を出す、何者かによってね。……そして」
言葉を繋げながら、メリウェザーさんはジルの頭を撫でた。
「君の働きのお陰で、どう対応したらいいか分からなかった事件への糸口が見えてきたよ。ありがとう」
ジルは、一瞬呆然した表情をして……じわりと涙をにじませた。
「……わっ、私……クライド様とは、解決のために親しくしていて……でも、突然いなくなってしまって……! 一人で、心細かったのですが……成果は、あったのですね」
「ああ、一番の成果だよ」
いくら職員の突然の死といえども、原因が分からなければただの病死。犯人捜しなど始まるはずもない。
きっとジルは、一人きりでモヤモヤした感情を抱えていたのだろう。
でも、その孤独な戦いは成果を生んだ。相手の僅かな影を捉えていたのだ。
「密偵を送ろう。すぐに結果は出ないと思うが、このことは陛下にも報告しておく。フィーネやシンディも、今まで秘密にしてくれてありがとう」
「いえ、むしろシンディを面倒事から遠ざけてくれて感謝しています」
「ははは、その答え方が既にただの娘ではないね。アンヌはすごい子を育てたものだ、……やれやれ、少しジェイラスに嫉妬してしまうな」
「あら、ジェイラスお父様の優秀さを分かってくれるなんてなかなかやるじゃない」
最後の最後で、ティナ姉が実父である故ジェイラスさんを褒められたことで何故か自分が自慢げになる。団長に向かっての、ものすごい上から目線なコメントだ。
そんなティナ姉の反応にメリウェザーさんは一瞬きょとんとすると、すぐにおおらかな心で笑いながら肯定してくれた。
やっぱ仲良しだったんだろうなあ。
「……ああ、そうだな。もしかしたら、全部が繋がっているのだとしたら……」
最後に皆が和やかに笑う中……メリウェザーさんが小さく呟いた言葉が、私には妙に大きく聞こえた。