フィーネをちゃんと見ていたアンヌお母様
アンヌお母様が帰ってきてから、のんびりと昼寝から起きた。
……いけないいけない、いい子のフィーネに生まれ変わるんだから、ちゃんと出迎えしないとね。
まだふらふらっとしながらも、玄関まで降りる。
「お帰りなさい、お母様……」
「ただいま、フィーネ……フィーネ!?」
急にお母様は、焦ったような声色になって私のところへ飛んできた。
……な、なんでしょうか……!
「あなた、魔力枯渇してるじゃないの!?」
「え……私、枯渇してる……?」
「ああ、自覚がないのね……。まだ、ティナは帰ってきてないわね」
お母様は腰のポーチから小さな瓶を取り出すと、私に飲ませた。
その瞬間、ふらっときていた眠気が一気に吹っ飛ぶ。
そしてようやく、小さな瓶がゲームにあった回復アイテムのマナポーションであることに気付いて、私が本当に『魔力枯渇』という状態異常でふらふらになっていたことに後から気付いた。
あんなに眠気でふらつくんだ……。
アンヌお母様は、なんと私をお姫様抱っこして二階に連れて行く。
わわ、すっごい力持ち……。アンヌお母様の背、高いもんね。
結局再び自分の部屋に戻ってきて、ふんわりベッドに寝かされた。
アンヌお母様の目が、私を見ている。……ううっ、ちょっと怖い。
「一体寝る前に何をやったの?」
「えっと……」
「言い方を変えるわ。……マナチャージ、使ったの?」
うっ……魔法を使ったこと、完全にばれている……。
やっぱこういうところ、ちゃんとフィーネのこと見ているんだなあ。
「……何でちょっと嬉しそうなのよ。怒っているのよ?」
「あっ、その、ごめんなさい。フィーネのこと、ちゃんと見てるんだなあって」
アンヌお母様は目を見開いて固まった。
……あ、そっかフィーネって私のことだ。何を他人事のように喋ってるんだって話だよね。
自分で自分の名前を喋っちゃったよ。
「それは、その……もちろん、フィーネも大切な娘よ。確かに最近、どうやって接したらいいか困ってて、ティナばかり構っていたけれど……気にしてたのね」
あ、そうなんだ。これも都合良く解釈してくれたようなので、乗っかる形にしよう。
「うん。やっぱりティナ姉みたいな元気な方がいいのかなって」
「もちろん元気な子は好きだけど、マナーも覚えてもらわないとって思ってたところ。それにフィーネも悪いのよ、何を食べさせたらいいか、もう分からなかったし」
「あ……それは……」
ま、まずいまずい、いい子フィーネちゃんの言い訳を考えなければ!
えーっと、えーっと。
……そ、そうだ!
「アンヌお母様は、料理の本はどれぐらい読みましたか?」
「料理の本、ね。基礎の本と、レシピ本だけで難しい本はまだ。……やっぱり読んでいたのよね」
「ご、ごめんなさい」
「気にしないで。私の部屋、読みたい本があるのなら今度から自由に入っていいわ」
やった、トライアンヌの部屋が公認で入れるようになりました!
本は、やはりそこまで沢山読んでなかったらしい。
「えっと、難しい本のところにあったんですけど。子供は苦いものや酸っぱいものを、大人より強く感じるみたいで」
「そんな、ことが……」
「だからピーマンは多分、アンヌお母様と私では違う味に感じるのかもしれません。動物が酸っぱいものを腐ったものと感じて避けるのも、子供がエールを苦みで飲めないのも、感覚が鋭いから、みたいな……」
……もちろん、そんなことは書いてない。書いてるかもしれないけど読んでない。
前世情報です。それっぽい理屈をつければ、納得はしやすいはず。
アンヌお母様は、「はー」と返事をして頷いていた。
……うまく切り抜けた、と思う。
「じゃあ、ティナが眉間に皺を寄せつつ食べていたのも」
「多分お母様だと、湿った木の皮を口に入れたような感じのを我慢してたんじゃないかな、と思います。ティナ姉、あれで結構我慢強いというか、負けず嫌いというか……ピーマンの苦みに負けたくないって思ったのかも」
アンヌお母様は、いつの間にか椅子に座って私の話を聞いていた。
「フィーネから見て、私の料理の改善方法って分かるかしら」
「そうですね……。ピーマンは、みじん切りにして肉と一緒に火を入れたらいいと思います。個数を減らして、その分は種と綿の部分を使いましょう。皮を使うより栄養価が高く、苦みも少ないはずです」
それからいくつか、前世の知識から引っ張り出して料理の話をした。
私から見たら女子大生の年下ママみたいなお母様は、まだまだいろんなことを勉強中って感じ。
真剣に聞いてくれて、私も話し甲斐があるね。
しばらく話して、私も少し疲れてきた。
「お疲れ、フィーネ。本当にたくさん読んでるのね……まるでフィーネの方が先生みたい。びっくりしたわ」
「あ、あはは……本を読むの、好きみたいで……」
「いいことだと思うわ。ところで」
アンヌお母様の真顔が、ずいっと目前に迫る。
待って怖い、今の年齢でも真顔はチョー怖い。
「結局、マナチャージは使ったの? 気絶するぐらい?」
うっ……さすがにお母様は誤魔化せませんでしたか……。
うーん、でもここまで喋っちゃったんだから、魔法の本も沢山読んでないと不自然かな。
どうしよっか……。な、なるべく簡単そうなの……。
「二回か、三回か……ちょっと数えてなかったので分かりません」
「——」
私がなんとか誤魔化すように答えると、お母様は何故か目を見開いていた。
……な、何かまずいことを……?
「嘘じゃないのよね?」
「多分、です……。一回使ってもすぐに安定するところまでは、覚えてるんですけど……」
お母様は、無表情の考える人ポーズになって固まる。
何か考えるような内容だったのかな……。
やがて考えがまとまったのか、私のおでこに手を伸ばした。
「とりあえず、今日は消耗が激しいから、もう朝までお休みなさい」
「あ、はい……」
ひんやりとした指先が気持ちいい。
そのまま、じんわりと眠気が襲ってきた。
わがままフィーネのこと、しっかり見てくれていたアンヌお母様。
中身はとっても健気で可愛い人。
ほんと青い口紅が悪役すぎて似合ってないと思う。
……ゲーム中は本当に『氷の夫人』って感じだったけど、やっぱりフィーネの影響なのかな。
私はゲーム中のアンヌとの戦いを思い出しながら、ゆっくりと目を閉じた。
——最後に。
「《マナチャージ》」
私はベッドの中で、結局魔法の基礎練をして眠りにつくことにした。
習慣化すると、やっていないことが不安になっちゃうんだよね。
それじゃ、今度こそおやすみなさい。