第一〇章
第一〇章
ライリンから離れること五〇〇メートル。二〇階建てのビルの屋上から、尻餅をついたまま震えているライリンをスコープ越しに確認して、外道は持っていたスナイパーライフルを下ろした。ここは、ライリンのいる新号グループの超高層マンション建設予定地を一望できる、狙撃にはうってつけの場所だった。
最初に使ったロケットランチャーと一緒にスナイパーライフルをしまい、せっせとビルを下りる準備を整える外道。そして、ほどなく準備完了。
「さてと……」
いつ撃ってくるか、何が飛んでくるかさえ分からないこの状況なら逃げることはあるまい。そう確信しながら外道はビルを下りていった。
外道の予想通り、ライリンは尻餅をついたまま震えていた。
そんなライリンの背後から、静かにゆっくりと近づき声をかける。
「立て。ゆっくりとな」
突然の背後からの声に、大きく肩を飛び上がらせたライリンは、多少もたつきながらも立ち上がった。
「こちらを向け」
外道の声に反応して、ライリンがゆっくりと体の向きを変える。
外道は拳銃を構えたまま、ライリンを静かに見据えて口を開いた。
「答えろ。お前達は何故ルーンを狙う? ルーンがシルヴァリオンを滅ぼす存在とはどういうことだ?」
「…………」
外道の問いに、ライリンは何も答えず押し黙っている。
イラついた外道が、拳銃を一発発砲。その銃弾は、正確にライリンの面だけを弾き飛ばした。
「だんまりは結構だが、頭に風穴開けられてまで黙り通すようなことか……な?」
面の下から現れた素顔を見て、外道は思わず拳銃を落としそうになった。
そこから現れたのは、パッチリした大きな瑠璃色の瞳に、スッと通った鼻筋。思わず目が釘付けになるほど魅惑的な唇をした、ルーンに勝るとも劣らぬ美少女だった。
思わず拳銃を落としそうになった外道だが、何とか頭を振って平静を取り戻す。
「これが最後だ。何故お前達はルーンを狙う?」
外道の指が引き金に掛かる。ライリンの体が一瞬だけ大きく震えた。
僅かな間を置いて、ライリンが呟くように口を開く。
「……いから」
「あっ? 何だって?」
「わらわよりも可愛いからじゃ!」
「……はっ?」
目に涙を浮かべて叫ぶライリンに、外道は思わずこけそうになった。
「ルーンの容姿を見たじゃろ! あやつは、シルヴァリオンの男共の視線を、皆掻っ攫っていきおった。少し前までは、わらわが一番シルヴァリオンで可愛いと言われておったのに。ルーンが表に出た瞬間、皆が皆、ルーンの方が可愛いと言いよる。おまけに、わらわにはできなかったファンクラブまでできる始末。一度ルーンと並んだ時など、全員がルーンばかり見つめて、わらわのことなど無視じゃ。この屈辱が貴様に分かるか! おかげで他人から見られるのが怖くなったわらわは、人前では面を取ることができぬようになってしもうた。だから、わらわはルーンを殺すことにしたのじゃ」
「…………」
外道が、思わず眉間を指で押さえた。あまりにもアホくさい理由すぎて。真面目に戦っていた自分が馬鹿みたいに思えてくる。
「殺すならさっさと殺せ。良かったな。これでルーンの気を引けるぞ。お主もルーンに好意を寄せておるのじゃろう」
投げやりに言い放つライリンに、外道はプルプルと震え、ついには叫んだ。
「バ・カ・ヤ・ローーー!」
突然の外道の叫びに、ライリンが硬直する。
しかし、外道はそんなことなど御構い無しに叫んだ。
「テメーは自分の顔を鏡で見たことがねーのか! お前だってあいつに負けないくらいの美少女だろうが!」
「……はっ?」
「いいか、美少女というのは素晴らしいものなんだ。それだけで価値があるんだ。確かにルーンは可愛い。それは間違いない。ルーンを可愛くないとのたまう馬鹿は、俺がアサルトライフルで蜂の巣にしてやる」
「…………」
ライリンがあっけに取られて固まっているが、とりあえず無視して続ける外道。
「いいか、とりあえずこれを見ろ!」
そう言って、外道が差し出したのは鏡。そう、いつでもイケてる自分を美少女に見せ付けるための(しかし、使ったことはない)コンパクトサイズの鏡だった。
鏡を差し出されたライリンは、戸惑う素振りを見せながらもそれを受け取る。
「こ、これでどうしろと?」
「それで自分の顔をよく見てみろ」
外道に言われて、ライリンが鏡を見る。
「見たか?」
「あ、ああ、見ているが……」
「どうだ? 可愛いだろう?」
「…………」
ライリンが困ったような顔になった。
「なんだ、お前は恥ずかしがりやさんか。なら、俺が代わりに言ってやろう。お前は間違いなく美少女だ!」
外道がそう言った瞬間、ライリンの顔が、ボッと火が点いたように真っ赤になった。
「で、でも、シルヴァリオンの男達は、皆ルーンばかりを追いかけて、わらわのことなど……」
「それはそいつらの目が節穴なだけだ。いいか、確かにルーンは可愛い。それは間違いない。しかし、お前もルーンに負けないくらい可愛いんだ。いちいちルーンと自分を見比べて、嫉妬する必要はない」
「で、でも……」
「でももへったくれもない!」
なおも抗弁しようとするライリンに向かって、外道が一喝。
「はっきり言おう。お前の取るべき選択肢は二つしかない。このまま大人しく俺の女になるか、それとも俺の恋人になるかだ」
「はい?」
外道の提案した選択肢に、ライリンが目を丸くする。
「えっと……、お主がわらわを殺すという選択肢は……」
「そんなものはもうない。お前が美少女だと分かった時点で、俺にはお前を殺すという選択肢はなくなった。美少女を殺すような奴はクソだ。神が許しても俺が許さん」
胸を張って言い切る外道。
ライリンは、胸を張って言い切る外道の迫力に若干戸惑いの様子を見せていたものの、やがて、顔を上げてはっきりと言った。
「わ、分かった。わらわはお主の女になる」
ライリンに勝利した外道は、ライリンを連れてマンションへと戻ってきた。
「ただいまー。ちゃんと帰ったぞー」
外道が大声で玄関のドアを開けると、そこではルーンが友達のミモタロー、コケちゃん、パックンの残念幻獣トリオと共に、玄関先に座っていた。
表情を曇らせて俯いていたルーンが、外道を入ってきた瞬間に花の咲いたような笑みを浮かべる。
「お帰り、ソトミチ」
ルーンの言葉に、外道は小さく笑ってその頭を撫でた。
「ただいま。天夏は?」
「んっ、さっきまでここにいたけど、取ってくるものがあるとか言ってロープ登っていった」
心地よさそうに目を細めながらルーンが答える。
「あの馬鹿、それじゃお守りの意味ないだろうが」
「……ソトミチ」
若干呆れ気味な外道だったが、後ろから聞こえた声で我に返った。
「おおっ、そうだ。ルーン、お客さんいるんだ」
「お客さん? ……えっ! 何で、ライリンがここにいるの?」
満面の笑みを浮かべていたルーンが、自分を殺そうとしているはずのライリンを見て、強張った顔で外道に尋ねる。
「ルーン、紹介しよう。今日から俺の女になったライリンだ!」
外道の言葉に、ライリンは恥ずかしそうに頬を染め、外道の服の裾を掴んだ。
その様子を見たルーンが、露骨に顔をしかめる。
「えっ? ソトミチ、ライリンと一緒に私を殺すの?」
どうやらルーンは、外道がライリン側に寝返って、自分を殺すと思ったらしい。
怯えるルーンに、外道は笑顔で首を振った。
「違う違う。ライリンは降参して、俺の女になったんだ」
「ふえ?」
外道の言葉の意味が分からず、ルーンが首を捻る。
「よし、証拠を見せよう。ほらライリン、謝れ!」
そう言って、ライリンを促す外道。そして、ライリンはおずおずとルーンの前に立った。
「ル、ルーン。今までゴメンなのじゃ。もう二度と、わらわはお前を狙ったりせぬ。本当にスマンかった」
ルーンに深く頭を下げるライリン。
「えっ、あっ、うん。分かった」
まだ状況がよく分からないのか、ルーンは言葉に詰まりながらもそう答える。
若干いい雰囲気が漂う中、それを打ち破ったのは他ならぬ外道だった。
「ライリン、お前は何をしている?」
「へっ? な、何って、ルーンに謝って……」
「お前が謝るのはルーンじゃない。俺に謝るんだ」
「「はっ?」」
これにはルーンとライリン二人の声が見事にハモった。
「な、何故じゃ?」
「何故だと? 決まっているだろう。もしお前がルーンを殺していたら、俺は美少女との生活を失っていたんだぞ」
「えっ? えっ?」
鼻息を荒くして熱く語る外道に、ライリンが慌てふためく。
「いいか、お前は全世界共通の、というか主に俺の財産である美少女を殺そうとしたんだぞ。これは大罪だ。お前が可愛くなかったら、俺はお前の皮を剥いで丸焼きにして、近くにある動物園のライオンの餌にする」
完全にマジな目で言い放つ外道に、ライリンは体を強張らせて後ずさった。
「だから、お前は誠心誠意俺に謝れ。『外道様、あなたの財産である美少女を殺そうとしてゴメンなさい。これから何でも言うことを聞きますから許してください。とりあえず、今からメイド服に着替えて精一杯ご奉仕させていただきますニャン☆』と、地に頭を擦りつけて……ポコ!」
「ソトミチ、落ち着いて。ライリンが怖がってる」
完全にイッちまった系の目でライリンに詰め寄る外道に、ルーンが自前のポコポコハンマー(略してポコハン)で、外道の頭をポコポコ叩いた。
「ライリン気にしないで。外道、ちょっと頭がおかしい」
「う、うむ。それはよく分かったが……」
「お前ら本人を目の前にして、随分な言い草だな」
さすがにちょっと怒りたくなる外道。
「おっかえりー!」
抗議しようとする外道を遮ったのは、両手にいっぱいのスナック菓子とオレンジジュースのペットボトルを持った天夏だった。
「天夏お前、何してんだ?」
「何って、ちょっと小腹が空いたからお菓子取ってきた。ほら、ルーン元気ないから、お菓子食べればちょっとは元気出る思て」
「き、緊張感なさすぎだろ……」
思わず頭を抱える外道。まあ、天夏にはそれほど詳しく事情を説明していなかったので無理もない。
「あれ? そちらさんは?」
そんな天夏が、外道の服を掴んでいたライリンに気づき、視線を向けた。
「ああ、彼女は……」
そこで外道の口が止まる。
ここで正直に「彼女はライリン=アスカ。俺の女だ」と言った場合の状況を予測してみる。
まず、天夏火山が噴火(おそらく過去最大)。続いて自分は天夏神拳の餌食になり(おそらく全奥義を喰らった後に、究極奥義『天夏億裂拳』を喰らう)。そして、生死の境を彷徨う(それで済めば御の字)。
つまり、結論としてはライリンを自分の女だとは言えない。
そこまで考えて、外道は言葉を続けた。
「彼女はライリン=アスカといって、ルーンのいた世界から来たんだ」
「ふーん。でも、何でわざわざ?」
「いやー、それがさ。どうやらずっとルーンと仲違いしてたみたいで、最近ルーンが元気なかったのもそのせいなんだよ。それを何とかしようと思って、こうして連れてきたわけだ」
「ふーん」
明らかに不審そうな視線を向ける天夏。外道の頬を一筋の汗が伝い落ちる。
こういう時は、話題を逸らすのが一番だった。
「ところでライリン、前から疑問に思ってたんだが」
「何じゃ、ソトミチ?」
「お前は普通に日本語を発音できてるのに、どうしてルーンは言葉と口の動きが微妙に合ってないんだ?」
それはルーンと出会ってから、ずっと外道が疑問に思っていたことだった。ルーンに聞いてみたところ、「幻獣だから」という曖昧な解答しか得られなかったため、こうして同じ世界から来たライリンに尋ねてみたわけだ。
「ふむ、もっともな質問じゃ。しかし、実は簡単なことなのじゃよ。ルーンは口こそ動かしておるが声を発しておるわけではない」
「何?」
「ルーンは、声を出してお主と意思疎通を行っておるわけではない。ルーンの意思が直接、お主の頭の中に響いておるのじゃ」
「それはつまり……テレパシーみたいなものか?」
「うむ、そう思ってもらって差し支えない。考えてみよ、ルーンは人間と同じ見た目じゃから想像しにくいが、本来、体の構造が全く違う幻獣が、人の言語を、人に伝わるように正しく発音できると思うか?」
「それはまあ……無理だよな」
「じゃろ? にも関わらず、誓約という概念は存在する。誓約を行う時、幻獣達は人間と意思の疎通を行うために、直接人間の頭に自分の意思を送り込むのじゃよ。こちらの世界の動物も、人間の言うことをある程度理解はしても、人間の言葉で自分の意思を伝えることはないじゃろ。それと同じじゃ」
「でも、それだと口を動かす必要なくないか?」
「ああ、あれはただの口パクじゃ」
「く、口パクって……マジで?」
外道がルーンに向けて尋ねると、ルーンはコックリ。
「気分でやってみた」
「そ、そうですか……。あれっ? でも、ルーンが自分の意思をテレパシーで伝えてくるのは分かったけど、何で俺達の言葉を理解できるんだ?」
「それも簡単な話じゃ。幻獣はの、その人間が発した言葉を、自分達に理解できる言葉に変換して聞き取ることのできる能力を持っておるのじゃよ。シルヴァリオンで使われておる言葉も一つではないからの。当然、誓約の際にはこういった能力が必要なのじゃ。しかし、上手く言葉が伝わらん場合もある。例えばお主が『ぶぶ漬けでもどないどす?』と言ったする。無論この場合にルーンに伝わる言葉は、ルーンの理解できる言葉で『ぶぶ漬けでも食べませんか?』じゃ。こちらの人間ならば、これを『とっとと帰れ。このドアホウ』と正しく理解することができるじゃろう。しかし、ルーンはこれを、この言葉のままに解釈する。つまり、普通に『いただきます』と答えて、ぶぶ漬けが来るのをひたすら待つ。要は、お主の意思を正しく把握することができん場合があるということじゃ。まあ、こちらの世界の人間でもそういったことはあるじゃろうが、言葉をそのまま受け取ることしかできん分、ルーンの場合は、そのケースが多々あるということじゃな。ルーンと暮らしておったのなら、そういった経験が少なからずあるのではないか?」
「おお! そういえば確かに」
外道の脳裏に、「風呂に入って来い」と言った時の光景が蘇る。何故、例にぶぶ漬けが出てきたのかは非常に気になったが、意外に分かりやすかったのでスルーすることにした。
「ルーンのことは分かったが、ライリンは何でそんなに日本語ペラペラなんだ?」
外道の問いに、ライリンは大きく胸を張って答える。
「わらわは、ルーンがこの日本にいると知ってから猛勉強したからの。とりあえず、我が国から日本に行ったことのある者を片っ端から招いて猛勉強じゃ。漢字もカタカナも完璧じゃぞ」
「な、なるほど」
そんな短期間で違う世界の言語をマスターできるとは到底思えなかった外道だが、現にペラペラなのでそれ以上何も言えなかった。
「そうだ! もう一つ聞きたいんだが、ルーンがシルヴァリオンを滅ぼす存在ってのはどういうことだ?」
「ああ、それは……」
ドゴオーーン!
ライリンが口を開こうとした矢先、突然の爆発音が外道達に襲い掛かった。
それは思わず耳を覆ってしまうほどの轟音だった。四人はすぐさま、何事かとベランダに出る。
そこで四人が見たものは、先ほどまで外道とライリンが戦っていた新号グループの超高層マンション建設予定地が大炎上している光景だった。
「あれは……」
その紅蓮に包まれた炎の中から姿を現したものを見た瞬間、四人の顔が驚愕に染まる。
そこから現れたのは、体長五メートル。鋭い牙と尖った角。そして、赤黒い皮膚をした異形の怪物だった。
「しまった。忘れておった」
そう言ったのはライリンだった。顔を蒼白にして、恐怖と驚愕の入り混じった顔で呻く。
「あれを知っているのか?」
外道の問いに、ライリンは震えながらも頷いた。
「新KKRが寄こすと行っておった増援じゃ。どんな奴かと思っておったが……」
「何やの? あれ、何やの?」
信じられないといった顔の天夏が、ライリンに詰め寄る。
「……ドラゴン」
そう呟いたのは、しばらく黙っていたルーンだった。
「えっ?」
「そう。お主らも名前くらいは聞いたことがあるはずじゃ。あれはドラゴン。シルヴァリオン最強クラスの幻獣じゃよ」
天夏に胸倉を摑まれたまま、ライリンは重々しくそう言った。




