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ゲンジュウ!  作者: ポンタロー
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第九章

第九章


 午後一一時を過ぎているにも関わらず、大量に設置された照明は、カジノ特区を真昼のように明るく照らし出している。いつも戦闘で使う鬼の面を着けたライリンは、目の前に広がるアイアンメイデンズの軍勢五〇〇体を見渡して勝利を確信していた。

 相手はたったの二人。ルーンは何の戦闘力も持っていないから脅威もないし、もう一人の男についても、自分の調査したこの世界の男達から推測するに大したことはあるまい。どうせちょっと痛めつければ、泣いて命乞いをするに決まっている。

 これでようやく積年の恨みが晴らせる。ライリンはそう確信していた。

 後はどうやってルーンを始末するかだが……。

 一人で愉悦に浸るライリンを、コールクリスタルの発光が現実に引き戻した。

 クリスタルを見ると、そこにはルーンの名が表示されている。ライリンは、慣れた手つきでクリスタルを操作し、コールに応じた。

「お主の方からかけてくるとは思わなかったぞ。何用じゃ、ルーン? 言っておくが、命乞いならしても無駄じゃぞ」

 意気揚々と言い放つライリン。気分はすでに最高潮だ。

『生憎とルーンじゃないんだ。飼い主の方だよ』

 しかし、クリスタルから聞こえてきたのは、ルーンではなく男の声だった。

 ライリンが面の下で捕食者の顔を浮かべる。

「ほう、ソトミチか? よくかけてこられたの」

『いや、適当にいじくったらかかった。あんたらが、ルーンの居場所を突き止めた追跡装置の停止方法は分からなかったんだけどな』

「ルーンのコールクリスタルには、わらわの番号しか入っておらぬからの。そういうこともあるじゃろう。ちなみに追跡装置の停止は、そちらからでは無理じゃ」

『チッ、そうかよ』

「ところで、何用じゃ? 大人しくルーンを渡す気にでもなったか?」

『いや、その逆だ。今更なんだが、このまま大人しく帰って、これ以上ルーンに関わらないで

くれないか?』

その言葉を、ライリンは鼻で嗤い飛ばした。

「はっ、何を言うかと思えば。そんな提案にわらわが応じるとでも思っておるのか?」

『いやー、思ってはいないんだが、一応聞いておこうと思ってね。大人しく引いた方が身のためだぜ、お姫様』

 ライリンはピクリと片眉を上げた。

「ほう、まるでお主が、わらわより強いかのような口ぶりじゃな」

『いや、別にそうは言ってないが、まあ戦えば間違いなく俺が勝つだろうな』

 ピキッ。ライリンのおでこにでっかい青筋が浮き上がる。

「この七系統の魔法を意のままに操り、五〇〇体の鉄の戦士達を従える『殲滅王女』ことライリン=アスカを倒すことができると、お主はそう言っておるわけじゃな?」

『ああ』

 その短い返答に、ライリンが残忍な笑みで答えた。

「面白い。やってみろ」

 その言葉を発した直後、クリスタルを通して、向こう側の空気が一変したことにライリンは気が付いた。研ぎ澄まされた刃を喉元に押し当てられたかのような感覚がライリンを襲う。

『これが最後だ。引く気はないんだな?』

「くどい」

 内心の動揺を押し殺して、ライリンは言い放った。

『……そうか。では、死ね』

 僅かな間を置いて返ってきた短い返答。

 その直後、ライリンの目の前にいる五〇〇体のアイアンメイデンズ、ちょうどその中央辺りに突如爆発が起こった。轟音と共に立ち上る火柱。そこにいた数十体のアイアンメイデンズが、一瞬にしてただの鉄くずとなる。続いて二発、三発と轟音が響き、そこからも同様の火柱が立ち上った。ライリンは急いでアイアンメイデンズを動かそうとするが、その度に響く轟音に意識を集中させることができず、為す術がなかった。

 あまりにも無慈悲に、そしてあっさりと崩壊するアイアンメイデンズ。あるものは吹き飛び、あるものは黒こげとなる。魔法を詠唱したくても、いつこの爆発が自分に降り注ぐかと思うと、恐怖で意識を集中することなどとてもできない。

 ライリンが、戦場で恐怖を味わったのはこれが初めてだった。いつもは自分が恐怖を与える側なのだ。圧倒的な魔法の力と不敗のアイアンメイデンズをもって、常に敵を殲滅してきたはずの自分。しかし、ライリンは『殲滅王女』の異名とは裏腹に、今まで人を殺したことはなかった。殺してしまってはつまらないからだ。自分に歯向かった者達が、圧倒的な力の前にひれ伏し、その顔を恐怖に歪ませるのを見るのがライリンの楽しみだった。

 故に、ライリンは人を殺したことがない。敵を痛めつけて恐怖を植えつけ、生かして帰す。その恐怖を他者に知らしめるために。そんな絶対的な強者のはずの自分が、今は無慈悲に狩られていくアイアンメイデンズをただ呆然と見ていることしかできなかった。

 そして、最初の爆発から五分後、五〇〇体いたはずのアイアンメイデンズは、不敗を誇っていたライリン=アスカ自慢のアイアンメイデンズは、一体残らずただの鉄の塊となっていた。

 五分。たったの五分で、ライリン自慢のアイアンメイデンズはあっさりと壊滅したのだ。

 その光景を見たライリンは、当初自分が夢を見ているのだと思った。

 ライリンの国『アスカ』最強を誇る鉄の戦士達が、こうもあっさり全滅。突然の強襲を受けて、あっという間に全滅した。

 魔法のはずがない。もし魔法を使ったのであれば自分が気づくはずだ。もとより、こんな凄まじい魔法を立て続けに連発するのは、シルヴァリオン最高の魔法士と呼ばれる自分にも不可能。しかし、ならばどうやって……。

 一旦、体勢を立て直そうと、テレポートクリスタルに手を伸ばすライリン。

 しかしそのクリスタルは、突如飛来した何かによって撃ち抜かれ、草むらの中へと消えた。

 完全に戦意を失うライリンに、再びコールクリスタルが発光してコールを知らせる。

 ライリンは少し震えながらもコールに応じた。

『まだやるか?』

 それは短い質問だった。誰が発したのかは言うまでもない。

「ひ、卑怯者! 姿を見せて正々堂々と戦え!」

 ライリンは震える手足を内心で叱り飛ばし、搾り出すようにして叫んだ。

『卑怯者? 何言ってんだ、お前は? たかだが女一人殺るために、五〇〇も兵隊連れてくるような奴が寝言を言うな』

 しかし、返ってきたのは冷たい返答だった。

 それは、怒鳴り声でも、凄んだ声でもなかった。だが、その声には底知れぬ威圧感があった。その威圧感がライリンの恐怖をさらに増大させる。

『漫画やアニメだったらよ、ここから七系統の魔法を使えるアンタが散々その魔法を披露して、こっちが大苦戦ってのがお決まりのパターンなんだが、あいにくとこれが現実だ』

 ライリンは何も言えなかった。歯が自分の意思とは無関係にガチガチと音を鳴らし、声を発することができなかった。

『そして現実のこの世界には、アンタご自慢の魔法や、その鉄の塊なんかより遥かに恐ろしい兵器が存在する』

 クリスタル越しに響く声は止まらない。

 その言葉の直後、何かがライリンの足元の地面に突き刺さる。

『どうした、殲滅王女さん。どうぞご自慢の魔法を披露してくれ。できるもんならな』

 すでにライリンの心は折れそうだった。しかし、『殲滅王女』の二つ名が、かろうじてライリンを踏みとどめる。

「貴様、何者だ!」

『何者って、ただの人間さ。こっちの世界のただの人間。少なくとも、伝説の勇者や選ばれた特別な存在ってオチはないな』

「嘘を吐くな! こちらの世界の男がこんなに強いはずがない。わらわは事前にこちらの世界のことを調べた。あのアキハバラとかいう街にいた男共は、小さな機械をいじくったり、女がピーされている本をニヤニヤ笑いながら見ていただけで、貴様のような力は持っておらんかったぞ!」

『そりゃそうだ。お前が見た光景は、この世界のほんの一部。この世界でトップクラスに安全な国の、トップクラスに治安の良い街の、最も戦闘技術の低い男達の日常を見たに過ぎない。だが、ただの人間といっても色んな奴がいる。例えば、幼い頃からずっと戦場で戦ってきたガキとかな』

 ライリンがギリギリと歯を鳴らした。

「そうか。知っているぞ。貴様、さばげーまにあとかいう、この世界の戦争愛好家だな!」

 その直後、ライリンの顔のすぐ横を、何かが高速で通過する。

 その何かは、風になびいていたライリンの髪を数本撃ち抜き、宙に舞わせた。

 ライリンの体に戦慄が走る。「あんなものが頭を直撃したら……」そう思うと、とても立ってはいられず、ライリンは尻餅をついた。

『はは、中々よく勉強してるじゃないか。だが、残念ながら俺はサバゲーマニアじゃない。ずっと戦場で戦い続けてきた兵士。殺しが日常化した世界にずっと身を置いてきた者。そいつがこの日本に来てオタクになった、いわばオタクアーミーなのさ』



▲▲▲

「何やっとんの?」

 ミモタローを抱きしめ玄関のドアの前に座り込んでいたルーンに、毎度の如くベランダから進入したらしい天夏が声をかけた。

「ソトミチを待ってる」

 ルーンがドアを見つめたまま答える。

 ミモタローに加え、コケちゃんとパックンも、ルーンを心配そうに見上げていた。

「そっか」

 天夏はそう答えてルーンの隣に腰を下ろした。

「何があったか聞いてもええ?」

 天夏が優しい瞳でルーンに話しかける。

「…………」

 しかし、ルーンはミモタローに顔を埋めたまま何も言わなかった。

「……そっか」

 天夏が、少し寂しそうな声で呟く。

「アマカはどうしてここに来たの?」

「んー、アンタのお守り。兄ちゃんに頼まれてな」

「お守り?」

「そっ、アンタが勝手に出て行ったりせんようにお守りしとけって」

「う!」

 前科があるだけにルーンは何も言えなかった。

 しかし、不意に何かを思い出したかのように叫ぶ。

「あっ、どうしよう! 私、ソトミチのとこに行かなきゃ!」

 突然、外に出ようとしたルーンを、天夏が慌てて制した。

「ちょ、ちょっと落ち着き。どういうことや?」

「私、ソトミチと約束した。ソトミチがやられそうになったら、私が身代わりになるって。どうしよう。よく考えたら、ソトミチの近くにいなきゃ身代わりになれない。だから私、ソトミチのところに行かなきゃ」

「何や、そんなことか」

 天夏が心配して損したとでも言いたげな声で言った。

「えっ? えっ?」

「いいから。大人しくここで待っとき。兄ちゃんならすぐに帰ってくるから」

「えっ? でも……」

「ふう。あのな、兄ちゃんは最初っからアンタに身代わりを頼もうなんて思てへんよ」

「えっ? でも……」

「大丈夫や。兄ちゃん、ほんまはめっちゃ強いから」

 心配そうに呟くルーンに、天夏があっけらかんと答えた。ルーンが驚いた表情で尋ねる。

「ソトミチ、強いの?」

「うん、めっちゃな。兄ちゃんが本気になったら、ウチじゃ逆立ちしたって敵わへんよ」

「でもアマカ、いつもソトミチをボコボコにしてる」

「ああ、あれはじゃれてるようなもんやから。遊びや遊び」

 遊び。ルーンの脳裏に、パンツ一枚でボロボロになった亀甲縛り状態の外道の姿が思い浮かんだ。あれが、この世界の遊びとは。ちょっとこの世界が怖いと思い始めたルーンであった。

 そんな考えを頭の片隅へと押しやり、ルーンが天夏に尋ねる。

「じゃあ、ソトミチ、死なない?」

「死なへん死なへん。兄ちゃんが死ぬとこなんて想像できへんわ」

 笑いながら話す天夏に、ルーンがあわあわしながら口を開く。

「で、でも、ライリンとっても強い」

 そんなルーンに、天夏はニッコリと笑顔で一言。

「言うたやろ、兄ちゃんも強いって。多分、同年代の男の中じゃ、この世界最強や♡」

▲▲▲


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